同細胞生物「駒はたいそう困っております」
　和装の少女はそう言い、ふうとちいさく肩を落とした。ちんまりとしたその風情はまさに東国一の美少女の名にふさわしい。
　食堂の一隅、テーブルを囲むひとびとはみな少女を心配そうにみつめている。
　本来ならマスターの勉強会の時間、どうやら飛び入りのお悩み相談がはじまったらしいと、孔明もまた吐息とともに席に着く。未熟な自分をどうにかしたいというマスターに請われ、週に1度勉強会を開いているのだけれども、近頃はこうして邪魔がはいることも多くなった。
　学問を蔑ろにする者どもめ、と内心悪態をつく孔明にはけれども気づかないように、駒姫はふたたび口を開いた。
「駒はみなさまと楽しく過ごしたいのですけれども、どうやら利休さまはお考えが違うようなのです。とりわけ石田三成さまにご執心のご様子、石田さまの怯えるお姿が見たいとあちこちに罠を仕掛けるものですから、最近では駒でいるときでさえ石田様に逃げられるようになってしまいました」
　そういえば先日カルデアの廊下に死にかけ人形が百体びっしり敷き詰められていましたね、とマシュが真顔で相槌を打つ。利休の最期と石田三成の生前の所業に照らし合わせてみればそれはたしかにいやがらせともなろうが、目の前の少女がそうした地味に迷惑な地獄絵図の下準備をせっせとしているのかと考えてみればふいと眉間に皺が寄ってしまう。時計塔の生徒たちの悪戯よりも派手さや実質的な被害はないが、精神的にはそれらを上回るものがなくもない。
　そうしたこちらの気を知ってか知らずか、駒はその可憐な唇をすこしばかりとがらせる。
「あまりにも熱心に三成さまへの嫌がらせをお続けになるものですから、駒ももう勘弁なりませんよと利休さまに申し上げたのです。そうしましたら利休さまは、これは嫌がらせではなくただの趣味であり美学なのだと抜け抜けとおっしゃる始末。そうしてあろうことか、たまたまその場に居合わせた方とその趣味とやらでたいへん意気投合なさったのです」
　は、とおもわず口から洩れた言葉に、マスターとマシュがこちらをふりむく。嫌がらせを趣味と言い切るような手合いがこのカルデアにどれほどいるものか。考えてみれば結構いるような気もするが、といったん逃避を試みるも、頭の隅でびーびーと鳴りはじめる警告音を止めることが孔明にはできなかった。
　駒はそのふっくらとした頬に片手を添え、マイペースに話し続ける。
「とてもお可愛らしくてお人形のような方ですのに利休さまのご趣味とやらに深く賛同なさり、おそろしいことばかりおっしゃるものですから駒はびっくりしてしまいました。果ては利休さまが抹茶オレが嫌いといいその方が日本人の好きなミルクティーはミルクティーにあらず紅茶牛乳だと主張され、そのあたりでもずいぶんとお気が合ったようで、これからはともに権謀と愉悦のかぎりを尽くそうではないかというお話となったのです」
　ひとの苦境を楽しむ趣味かつ紅茶に一家言を持つ人形のような美少女といえば心あたりはひとつしかない。それがいま同好の士を得てさらなる高みへのぼりつめようとしているのだと駒は言う。
　だらだらと冷や汗が背を流れてゆく。ふと見れば、食堂の反対側にあるテーブルでは石田三成が頬杖をついて虚空をみつめている。そのかたわらには獣頭の武人が気遣わしげに控えていた。
　利休の暴虐に疲れ果てた三成をクコチヒコが慰めている図と、気づくよりさき駒がゆっくりと口を開く。
「さて、よきものにございますな」
　さきほどまでとは違う声音に孔明がふりかえれば、駒、いや駒に似た少女は艶然と笑ってみせた。
「さすが我が朋友と見込んだ御方、げに良きご趣味をされておりますことよ。おかげさまでこの利休にも楽しみが増えようというもの」
　ころころと鈴を振るかのような笑み、そうして利休はいつのまにか手にしていた扇子のさきを孔明に向けた。
「さて、よろしゅうお頼み申します」
――その後、カルデアにおいて東西の知賢による暴虐美少女被害者友の会が発足したかどうかは、また別のお話。