浮奇は何をしたい?と聞かれ、俺は少しの間戸惑って言葉をなくした。だって、あなたがここにいる、それだけで俺は十二分に満足していたから。目の前で愛しい唇が俺の名前を発音するために動いているって、さっきからそんなことで感動してる。
「浮奇?」
「あ……、ああ、えっと……ふーふーちゃん、疲れてない?」
「全然。浮奇こそ、朝から落ち着かなかっただろ。我慢させてごめんな?」
「……まって、ね、ちょっとまた泣きそう」
「泣き虫だな。ハグが必要か?」
「そんなこと言うと本当にするよ……」
「本気で言ってるよ」
俺がその腕の中に飛び込むより先に、ふーふーちゃんが俺の手首をグッと引っ張り腕の中に閉じ込めた。俺を包む香水の香りに、初めてそれを嗅いだくせに「本物だ」なんて思った。
本物のふーふーちゃんだよ、嘘みたいだ、本物のふーふーちゃんが俺のことを抱きしめてる。通話でならなんでも言えたのに、実際二人きりになった途端一ミリも動けなくなる腰抜けだった。ふーふーちゃんも呆れてるかもしれない。
「浮奇、ゆっくりでいいよ。俺も本物のおまえにまだドキドキしてる。あんなにたくさん話してるのにな? 目の前にすると、なんだか、……うまく言えない。おまえもそうか?」
「……ふーふーちゃん」
「ふふ、うん?」
「……ふーふーちゃん」
うん、と優しく相槌を打ち、ふーふーちゃんは俺の頭を撫でた。それですこしだけ落ち着いて、俺はふーふーちゃんの心臓も激しく動いていることに気がついた。ドキドキしてるって、俺を落ち着かせるために言ったわけじゃなくて、本当にそうなんだ……。なんでもないみたいに抱きしめて頭を撫でるくせに、ふーふーちゃんも俺と会ってドキドキしてくれてる。まあ俺の方が心臓は壊れそうなくらい早く動いてるけどね?
「ふーふーちゃん、あのさ」
「ああ、なんだ? なんでも言ってみろ」
「すごくワガママかもしれないんだけど」
「知らなかったかもしれないけれど、俺はおまえのワガママが世界一好きだよ」
「う……、なんも言えなくなっちゃうから、ドキドキすること言わないで……」
「そんなこと言ったって、浮奇、おまえ俺が名前を呼ぶだけでドキドキしてるだろ」
「なんで分かるんだよ……」
「フハハ。ほら、それで? ワガママを教えて、お姫様」
「っ! バカ!」
反射的に動いた拳がふーふーちゃんの胸をトンと叩くと、彼は体を震わせて爆笑し、聞き慣れた笑い声に俺も肩の力を抜いてそっと笑った。ああもう、俺の扱いがうまいんだから。
「今日は二人だけでいたい。誰にも教えないで」
「ああ、俺もそうしたいと思ってた。ノクティクスのヤツらは知ってるけど、まあ、それはノーカウントで」
「うん……それで、ね、明日、当たり前みたいにコラボ配信して、みんなをビックリさせるのはどう?」
「オーウ、それは最高だ。オフコラボでしかできないゲームをやってみるか? それともいつものゲームをして、一緒にいるんじゃないかって匂わせる?」
「ああ、どっちも良いな……二回配信する? まずはいつものゲーム、その次はネットワーク通信じゃないゲーム。俺の枠とふーふーちゃんの枠で順番にやろうよ」
「決まりだ。それじゃあそれについては後で、今夜ゆっくり話し合おう。まずは今日、……浮奇にだけ、俺を全部あげるから、浮奇も俺にだけ、通話じゃ分からないところまで全部教えてくれ」
ふーふーちゃん、あんたがわざと低く囁くその声を俺がめちゃくちゃ好きだってことも知ってるんだろ。バカになった涙腺がまた涙を滲ませて、俺は睨むように彼のことを見つめた。からかう顔をしているかと思ったのにふーふーちゃんはビックリするくらい優しい瞳で俺のことを見ていて、言いたいことが全部吹っ飛ぶ。視線ひとつで俺のことを操れるのなんてふーふーちゃんだけだよ。
「……、ふーふーちゃん」
「うん」
「……キスの味は知りたい?」
「一番最初に知りたかった」
やり直しをするように、ふーふーちゃんが「ただいま」と微笑んで、俺は「おかえり」の言葉とキスを返した。