友達が主催のちょっとしたパーティーは地下にあるバーを貸し切って行われた。雰囲気が良くて店員さんもカッコイイ素敵なバーなのに、友達はどんなメンバーを集めたのか、騒がし過ぎて呆れてしまう。すこしだけ付き合って輪の中にいたけれどタイプじゃない男に絡まれて面倒だったから顔見知りの女の子を一人捕まえてバーカウンターへ逃げた。
「浮奇、あからさまに嫌そうな顔すんのアイツが可哀想過ぎるって」
「相手の顔色も伺えなさそうな人だったんだもん、しょうがないでしょ。俺今回知り合い少ないや……俺のタイプの人いた?」
「どうかな。私のタイプはいた」
「……あー、いってらっしゃい。素敵な夜を」
「浮奇も素敵な人と出会えますように」
ニコッと笑い、彼女は角のソファー席で穏やかに楽しんでいるグループへ声をかけに行った。残念ながらそこにも俺のタイプの人はいなさそう。あんまりジロジロ見るのも品定めしてるみたいで嫌らしいし控えないと。
グラスに残っていたお酒を飲み干して次を頼もうと顔を上げれば、まるで俺がそうすることを予期していたみたいにバーテンダーのお兄さんが俺のほうを振り返った。バチッと目が合い、彼がわずかに目を見開く。え、なに? 瞬きの間に元通りになってしまったから今の表情の理由を聞く機会は奪われた。
「何になさいますか」
「……オススメは?」
「良いジンを仕入れたばかりらしい。何か好みがあればそれを作りますよ」
「ううん、あなたの好きなものを作ってください。ちょっと甘いと嬉しいかも」
「……かしこまりました」
唇が横にスッと伸びるような微笑みは注意深く見ていないと見逃してしまいそうなものだった。グラスやシェーカーを扱う丁寧な仕草も、無駄に話しかけてこないところも素敵。あーあ、せっかくのパーティーなのにそっち側に惹かれちゃうなんて。バーテンダーさんなんて客の扱いに慣れてて当然、好きになったって仕方ない人には手を出さないのが吉だ。
「どうぞ」
「ありが、わぁ……綺麗……」
「アヴィエーションです。口に合えば良いのですが」
「ありがとう……」
薄紫色の美しいカクテルをサーブして、彼はすぐに他の仕事に戻って行った。味の感想くらい言わせてよ。
「浮奇〜聞いてよ〜、って、わ、なにこれ素敵。おいしい? 一口ちょうだい」
「だめ。話聞いてあげるから絶対手出さないで」
「そんなおいしいの? 私も頼もうかな」
「それもだめ。あー、最悪」
「なにが? 顔赤いけど私がいない間にどんだけ飲んだの?」
「飲んでないよ……」
こんなことくらいで酔ったりしない。でも、ちょっとだけ、キュンとする感覚を楽しんだっていいでしょ。
パーティーの翌週、一人で訪れたバーにあの人はいなくて俺は肩を落とした。連絡先を交換したいとかじゃなくて、ただもう一回会いたかっただけだ。できればまた何かカクテルを作ってほしい。彼の作るお酒に酔いたかった。
「あれ、キミは先週来てた……」
「こんばんは。先週は騒がしくってすみません」
「いいや、若者はアレくらい元気な方がいいよ。今日は一人? 待ち合わせ?」
「一人です。ええと、お兄さんもバーテンダーさんなんですか?」
「シュウでいいよ。うん、僕もバーテンダー。……あ、ふーちゃんのこと?」
「ふーちゃん?」
「先週いたもう一人の店員。ほら、髪の毛が白っぽくて、ちょっと無愛想な感じの」
「ふ、ふふ、素敵な人でしたよ。今日はふーちゃんさんは?」
「ふーちゃんはここの店員じゃないんだ。先週は人数が多かったからヘルプに来てもらってただけ。いつもは自分の店をやってるからここにはいないよ」
「ああ……そうなんですね……」
なんだ、残念……。ここにくれば会えると思ってたけどそうもいかないらしい。でもそれならそれで、これ以上詮索せずに済む。わざわざ一週間空けてお店に来ておいて、俺はまだ逃げ道を探してた。
「お店、教えようか?」
「え。……あの、でも、……迷惑じゃないですか?」
「お客様が増えて迷惑だなんてことないと思うよ? もしあれなら今ふーちゃんに聞いてみるけど」
「え! いや、いい、いいです! 俺が気にしてたことも言わないでほしい……!」
「そうなの?」
「だって……わざわざお店を聞いて行くなんて、好きみたいでしょ」
「……そう? 好きじゃだめなの?」
「……だめ」
「うーん? まあ、いいや。お店の場所と名前だけ教えとくね。行くか行かないかは好きにして。キミがふーちゃんのこと探してたことは内緒にしておいてあげる」
「……ありがとうございます」
「うん。じゃあ今日はウチでいっぱい飲んでいってね。友達を呼んでもいいよ」
「……シュウさん、変な人」
「褒め言葉だと思っておくね」
他のお客さんが入ってきて、シュウさんはそちらへ行ってしまった。手元に残ったメモ用紙には彼のお店の名前とアドレスが書かれている。ああ、きっと来週にはそこに行っちゃうんだろうな。シュウさんの作るカクテルもすごくおいしいのに、先週飲んだたった一杯が忘れられなかった。