キッチンは広い方がいい。水回りは綺麗で、収納もたっぷり。寝るのは一緒がいいけど個室も絶対必要。それと、駅から遠くなくて歩いて行けるくらいの場所がいい。
希望を教えてくれと言われたから思いつくままにそう伝えた俺は、ふーふーちゃんは?と質問を返した。
散歩に行きやすい自然の多い公園が近くにあってあまり交通量の多くない場所。彼らが歩き回れるように広々としたリビングと、日当たりのいい大きな窓も欲しい。
二人の希望がまとめて叶えられる家を探すのは難しいだろうと、まだひとつも物件を見ていないのに不安が胸に広がった。ふーふーちゃんはそんな俺の心の中が見えているみたいに、優しく力強い腕で俺の肩を抱き寄せて「きっと素晴らしい家が見つけられる」と頬をくっつけた。俺はうう〜と唸って、ふーふーちゃんの腰に手を回す。
「これ以上好きにさせないで……」
「まだまだ上があるなんて、浮奇の愛は底知れないな」
「ふーふーちゃんが溺れちゃうくらいの海みたいに大きい愛だよ」
「オーケー、そこで泳げるように俺は浮奇の愛とオトモダチになっておこう」
くすくす笑ってふーふーちゃんは俺の額にキスを落とした。顔を上げて目が合えば唇が重なる。本当に、俺の扱いがうまい人だ。彼を溺れさせてしまわないように、俺も自分の愛をうまくコントロールしてみせよう。
お互いの希望をお互いが譲らせずにちょうど良い家を探すのには苦労したけれどなんとか数件候補を見つけ、実際に見に行ってちょっとイメージと違うかもと悩んで、だいぶ疲れながら内見に行った三つ目の候補。
玄関の扉を開けた瞬間、あっと思ったのは俺だけじゃなかったようで、振り返ればふーふーちゃんも明らかに今までの家と反応が違った。リビングに進めばそこは大きな窓からたっぷり陽が入っていて明るく、キッチンも十分に広い。部屋の真ん中でくるりと身を翻し、リビングに入って来たふーふーちゃんを見て「おかえり」と小さく口を動かした。パッと目を見開いた彼は表情を緩めると「ただいま」と唇を動かし、腰に手を当てて下を向く。不動産屋のお兄さんにお風呂場や他の部屋も案内してもらって、もう一度リビングに戻って来た時にはすっかり心が決まっていた。
「ここにします。いいよな、浮奇」
「うん、ここがいい。素敵なお家を紹介してくれてありがとうございます」
「あ……いえ、こちらこそ、お力になれて良かったです! 僕もここすごく好きで、オススメだったんですよ!」
「なんだ、それなら一番最初に連れて来てくれて良かったのに」
「こら。それじゃあ契約を進めてもらっていいですか?」
「ふふ、はい! 最後まで責任持って担当させていただきますので、引き続きよろしくお願いします!」
きっとこのお兄さんは本当にこの家が好きだったんだろう。嬉しそうな笑顔で手を差し出され、俺たちも笑って彼と握手をした。
開けっぱなしの玄関から引越し業者が出たり入ったりしている。その隙間を縫って家に入り、自分の部屋は後回しにしてリビングに向かった。まだ段ボールがたくさんあって家具の配置だってなんにもできていないめちゃくちゃな空間だけど、それでも居心地は良い。
「この荷物はこの部屋でよかったですか?」
「っ、はい! ……って、もう、ふーふーちゃん……驚かせないでよ……」
「隙だらけの背中が見えて、つい。疲れてないか?」
「大丈夫、大変なのはこれからだよ。荷解き、一ヶ月くらいかけていい?」
「段ボールだらけの中で暮らしたいのなら」
「それはやだなぁ。……ふーふーちゃん、やり直し」
「うん?」
「もう一回、ちゃんとふーふーちゃんで入って来て」
「……オーケー」
俺のこと、なんでも分かっちゃうんだもんなぁ。俺のお願いに頷いたふーふーちゃんはすぐにリビングを出ていき、少ししてからもう一度入って来た。俺を見つめてその言葉を促すように首を傾げてみせる。
「……おかえり、ふーふーちゃん!」
「ああ、ただいま、浮奇」
ただいまとおかえりを何度も繰り返して、ここが俺たち二人の帰ってくる場所なんだって伝え合おう。何があっても俺はふーふーちゃんのところに帰ってくるから、あなたも同じだってちゃんと俺に教えて。