昼ピークが終わり午後二時を過ぎるとランチセットの小さなデザートではなく単品のケーキやパフェの注文が増えてくる。バタバタしつつもこだわりを持って盛り付けていると、ホール担当のバイトの子達がきゃあきゃあと楽しそうに話をするのが聞こえた。出来上がったケーキを出すついでに「どうしたの?」と声をかけてみると、三人が「イケメンがいるの!」「一人でケーキ頼んでんの可愛くない?」「私が持ってっていい?」と同時に喋り出す。その全てを聞き取った上で「まとめて?」と笑えば一人が手を上げ「イケメンのお兄さんが一人でケーキ頼んでいて盛り上がってます!」と俺に向かって言った。次いで「それは私が持って行きます!」と言うと左右から二人が手を伸ばす。俺は笑いながらプレートを持ち上げ彼女たちの手を全て避けた。
「オーケー、じゃあ代表して俺が持ってく」
「「ええー!」」
「浮奇さん今注文溜まってるでしょ!」
「サッと置いて戻ってくるよ。キミたちも仕事しな」
「ずるーい」
「だって三人とももう見たんでしょ? 俺だって仕事中にイケメン見たーい」
「あはは! いいもん、私はイケメンさんの近くの人のドリンク作りまぁす」
「あっ、ずるい!」
鏡の前で制服に汚れがないことをチェックし、キッチンからホールへと出て行く。ホール担当は白シャツに茶色いエプロンだけれど、キッチンは白いコック服に茶色いギャルソンエプロンだ。彼女たちはいつもコック服の方が可愛いーと言っている。
テーブル番号を確認して、陽の光のたっぷり入る明るい店内へ目を向けた。入り口から遠い店の奥の方、二人席のソファー側ではなく椅子に座って、その人はこちらに背を向けていた。急に声をかけて驚かさないようにわざと少しだけ足音を立てて近づき「失礼します」と言った俺を振り返ったのは、昨日の夜に行ったレストランのバーテンダーさんだった。
「えっ」
「あっ」
驚かさないようにするつもりが俺の方が驚いてしまい、プレートの上に並べたラズベリーがコロンと転がった。なんであの人がここに、なんて、昨日おいしいワインでほろ酔いになった俺が自分でここのショップカードを渡したんだけど。
「い、いらっしゃいませ……」
「……キッチンだと聞いていたが」
「……たまたま、ホールの子が手が空いてなくて、……ええと、すみません、少し直してきても良いですか? ラズベリーが落ちてしまって」
「それ、あなたが作ったんですか?」
「そうです。ケーキも盛り付けも俺が」
「……なるほど。そのままでいいですよ、ありがとうございます」
「え、でも、せっかくなら完璧なものを見て、食べてほしい」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「すぐに持ってきます」
くるりと身を翻しキッチンまで早足で戻る。ホールの子達がケーキを持ったまま戻ってきた俺を見て首を傾げているが、今はそんなの構ってられない。ラズベリーを直すついでにソースでハートを書き足してすぐにホールへ。今度は崩してしまうことがないように、そっと彼の前へプレートを置いた。
「……可愛いな。うちの店のデザートが物足りなく感じるのも分かる」
「え、うわ、……聞こえてたんですか?」
「少しだけ」
「……ちゃんとおいしかったですよ。お料理もデザートもお酒も、全部」
「ありがとうございます。そう言っていただけて良かった。もしまた来ていただけるなら今度は俺がキッチンにいる時に」
「え? バーテンダーなのに料理もするんですか?」
「本業は中です。たまたま人員不足であそこに」
「……じゃあ、また行かないと。きっと昨日よりおいしいお料理が食べられますね」
「もしかしたら」
いたずらっ子のように笑みを浮かべた彼はバーカウンターの中にいる時より可愛らしく、胸がキュンとした俺は素早くあたりを見渡して誰もこちらを見ていないことを確かめてから彼の隣にしゃがみ込んだ。目を丸くした彼と視線を絡めて「浮奇です」と小さく囁く。
「俺の名前、浮奇ヴィオレタって言います。……昨日の今日で来てくれたってことは、ちょっとは期待していい?」
「……ファルガーオーヴィドです。ええと、……俺は」
「もしまた会ってくれるなら、電話してください。今日は五時に上がりです」
「え」
パッと立ち上がり、俺は丁寧に「ごゆっくりお召し上がりください」と伝えて接客用の笑みを浮かべた。呆気に取られたままの彼に背を向けてキッチンに戻ればすぐにホールの子達に「何話してたの!?」と囲まれる。
うーんとわざとらしく考える素振りを見せてから、俺はにっこり笑顔を見せた。
「ナイショ」
え〜!と重なった声に店長が少し笑いながら静かにするよう注意をする。三人ははぁいと声を揃えて返事をし、ホールの業務に戻っていった。
さぁて、俺も今日は絶対に残業しないで上がるために早く仕事を片付けないと。きっと彼は、電話をくれるでしょ?