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    「新生活」 ラーヒュン ワンライ 2024.07.22.

    #ラーヒュン
    rahun

     朝、起きると、相棒から刃物を突きつけられていた。
     宿の寝床から身を起こしたばかりのヒュンケルは、両手を上げて降参の意を示した。
    「何事なのか教えてくれ、ラーハルト」
     槍を構えている男のただならぬ殺気に、それほど彼の機嫌を損ねる事をしただろうかと反芻するが、見当が付かない。
     すると半人半魔の戦士は想定外の台詞を吐いた。
    「おまえは何者だ。なぜオレの名を知っている」
     何秒か絶句した。
     考えた末、ヒュンケルは鎌を掛けてみることにした。
    「……おまえもしかして、バランの所に戻る気でいるか?」
     ラーハルトは返事をしなかった。表情も変わらない。
     つまりこれは本当に記憶が無いとみえる。
     彼が喋ろうとしないのは、敵に己の情報を与えたくないからだと推測される。そういう用心深い男なのだ。
     だが一抹の希望がある。ラーハルトには記憶が無いという自覚があるようだ。その認識すらしていないならば人間であるヒュンケルはこの時点で始末されている可能性が高い。
     微動だにしないラーハルトの頭脳はいま猛烈な勢いで状況の分析をしているに違いない。彼は、見知らぬ部屋で目覚めた自分の立場を見極めるため、バランを呼び捨てた訳知り顔の男を、情報源として切り捨てられずにいるのだ。
    「……武器を下ろしてくれないか」
     ヒュンケルは槍の穂先をそっと押しやった。記憶がなくとも気性は変わるまい。彼は、非武装で無防備な者は例え人間でも簡単には刺さないはずだ。
    「命が惜しくはないのか」
     微塵の恐怖心すら抱かず武器に手を掛けたヒュンケルに、ラーハルトは低く問うた。
    「惜しくないが、殺しはしないでくれ」
    「なんだと? ふざけているのか?」
    「オレ自身はおまえに殺されるなら悪くはないと思っているんだがな。しかしもしも記憶が戻ったら、おまえはオレを殺してしまったことを嘆くから。そんな思いは絶対にさせたくないんだ。だから殺さないでくれ。頼む」
     ラーハルトは気味が悪そうに眉間に皺を寄せながらも槍を置いてくれた。
    「おまえは?」
    「元魔王軍、不死騎団長ヒュンケル。おまえの友であり、この旅の連れだ」
     ベッドが二つあるので、その間の、あちらとこちらで斜向かいに腰掛けての会話になった。
     元魔王軍を名乗ったのは、それで交流のあった信憑性を高めたい意図であったのだが。
    「ほう。ならば戦って証明してもらおうか友よ?」
     いきなり無理な難題がきて、ヒュンケルは寂しく笑った。
    「オレはもう戦えない。大きな戦があり、戦士としては再起不能の傷を負った」
    「それで魔王軍を追われたのか?」
    「いいや」
     彼の頭の中でバランが存命なのならば、もちろん魔王軍もまだ壊滅していないのだろう。
    「大きな戦、と言ったろう。世界は激変したのだ」
     ヒュンケルが彼の為にすべき事は失われた情報の提供である。勿体ぶって包み隠す気は毛頭ないが、話す順序を間違えたら殺される。なにしろ今のラーハルトにとって、ヒュンケルは憎い種族の男の一人に過ぎないのだから。
    「激変?」
    「……現在、おまえの主は、バランではない。その息子だ」
     ラーハルトが一瞬、息を飲んだ。
     命ある限り仕える、その相手が変わる理由。想像に難くないだろう。
     彼は固くこぶしを握ったが、その面は冷静を保っていた。
    「お会いしたことはおろか、その生死すらも知れぬご子息が、オレの新たなる主になったと?」
    「おまえはもう会っている」
     今度こそラーハルトは驚きの目を向けてきた。
    「その御方の名は?」
     真偽の検証をし始めているラーハルトに、だがヒュンケルは首を横に振った。
    「……ディーノとは呼ばれていないぞ」
     ヒュンケルは先の戦を余さずに語った。自分たちはバランの息子である勇者ダイに出会い、大魔王との戦では最終的に人間へ味方したこと。勇者は勝利したあと行方が知れぬこと。それを探していること。
     ラーハルトは静かに聞き終えた。
    「……貴様の話が真実だと証明する術はあるのか?」
    「そんなものはないさ。だから、オレたちはここで道を別とう。見ず知らずの、しかも人間などと居たところでおまえには苦痛しかあるまい」
     ベッドが二つ。荷物が二つ。男が二人。非常にシンプルだ。今日この部屋が分岐点となるのだ。
    「ラーハルト。あと三つだけ聞け。まず、このゴールドは先日おまえと片付けた案件の報酬だから半分持って行け」
     ヒュンケルは荷から取り出した革袋をラーハルトの顔へ投げた。差し出しても拒否されそうだったので反射的に受け止めさせた。ジャリッと重い金属音がした。
    「二つ目は、これだ。オレたちが勇者ダイの行方を追った旅の軌跡が記してある。オレは書きとめるときに覚えたから、おまえに渡す」
     冊子は彼のベッドの上に置いた。有用な物だからきっと読むだろう。
    「三つ目だが、もしも人間の助力が必要になったならパプニカのレオナ姫を訪ねろ」
    「オレに人間の城に忍び込めというのか」
    「現在では魔族が人間の町を歩いたとしても物珍しそうにされるだけで追われはせん。加えて、パプニカ城ならばおまえは何度か入っているので、堂々と表門で勇者ダイの竜騎衆ラーハルトだと名乗れば通れる」
     信じがたい話なのだろう。ラーハルトは険しい顔で黙り込んだ。
     ヒュンケルはベッドから立ち上がり、ひとつきりの自分の荷を背負った。
     これで終わりだ。
     いつかこんな日が来る気がしていたが、こんなに唐突だなんて思いもしなかった。
     ヒュンケルは扉の前で振り返った。
    「……すまん、やはり四つ目を、言っても?」
    「なんだ? 三つだけではなかったのか?」
     両膝に両肘を付いて腰掛けているラーハルトがこちらを鋭く見上げてきた。
     見慣れない目付きだ。まるで他人を見るような。
     けれど。
    「オレはおまえの友であり、そして、恋人であった。……オレはこれが今生の別れとなることを覚悟しているが、だが、しかし、この先も、他の者を愛することはない」
     ヒュンケルは踵を返して扉をくぐり、閉めた。
     これにて一人と一人になった。



     ラーハルトは一人旅をしている。
     報酬の半分だと渡されたゴールドは、当面の生活に十分な量があった。
     ヒュンケルとやらの語った大魔王の居なくなった世界は、おそらく真実なのであろうと、町を歩くだけでも分かった。
     宿を出て行くときには主人も女将も挨拶をしてラーハルトを見送ったし、街路の人々は魔族の姿にさざめくものの石を投げはしなかった。精々コソコソと見世物のように指さしてくるくらいだ。商店主の呼び込みにあうこともあった。いずれも魔王軍の進行中には有り得なかったことだろう。
     手袋もせず、フードも下ろして人間の町を歩くことなどは、大人になってからはしたことが無かった。直にあたる風が頬を撫でていく。
     買い物が楽だ。いらっしゃいませと声を掛けられて、素顔で品を指さして、素手で金を渡して袋を受け取る。新しい体験は奇妙で、落ち着かない。
     もしかして勇者様のお仲間ですかと尋ねられたときには、どうだろうなと曖昧に答えた。それはラーハルト自身にも分からないことなのだ。
     ドラゴンの騎士である勇者ダイへの感謝はそれぞれの地で記念日となり、祭りとなり、歌曲や刺繍や置物になって人々の文化に根付こうとしている。以前はドラゴンの騎士などという言葉は、古き伝承を受け継いだ者達しか知らなかったのに、今では市井の人々がその名を口々に呼んで褒め称えている。
     世界は変わった。ラーハルトの暮らしも変わった。同時に、バランがもうこの世に居ない事を理解した。
     ならばダイを探さねばならない。ラーハルトはヒュンケルの残した冊子を元に、消えた勇者の行方を追った。
     しかしこの冊子には奇妙な点があった。勇者の目撃情報やドラゴンの騎士の民間伝承についての記述は良いとして、拠点となる町にはいちいち店と食べ物の名が書いてあるのだ。ヒュンケルは意外と食い意地が張っていたのだろうか。
     アップルパイ。珍しく砂糖を使っていない物。
     そう記してあった品を購入して口にし、美味さに満足した。彼はなかなかの食通だったようだ。
     あの朝。
     バランが大魔王バーンの傘下に入ると決め、いよいよ竜騎衆が三人揃う日も近かろうかと思っていた矢先に、見知らぬ宿で目を覚ましたら人間の男と二人部屋に泊まっていた、あの朝。
     ラーハルトのための情報と荷物だけを残して去って行った男、ヒュンケル。
     立ち去った彼は正解だったと思う。人間などと行動を共にするだけでも虫唾が走るというのに、男の分際で恋人だったなどとほざいたのだ。聞いて唖然としている間に出て行ったが、あのまま居たら殺していたかも知れない。
     あれは己には不要な男だった。元軍団長とは言え、もはや戦えぬ戦士など旅の連れにしても役立つ道理はないのだ。あの男には物事をあるべき形に戻すだけの聡明さはあったのだろう。
     彼の書いたという冊子は役に立ち、データの正確さはもちろん、記載の食べ物もすべて美味だった。
     だが、なぜ、悉く自分の口に合うのか。思えば、リンゴが好物なのも、砂糖が苦手なのもラーハルトだ。ならばこれは、おそらくは、ラーハルトの為のメモなのだろう。
     街道での小休止、柔い草の上に腰を下ろして水を一口煽り、空を見上げる。
     一人旅は話す相手が居ない。だから考え事が止まらない。
     おまえに殺されるなら悪くはないと言った男。本当に少しも槍を恐れなかった男。
     彼が語った世情は事実であった。ならば彼が恋人だというのも事実だったのだろうか。
     だとすれば、どうしてあっさりとラーハルトを手放した。その程度の情だったのか。
     いや、ラーハルトは人間を好まない。側に置けるわけがない。彼がそれをそうと熟知していたのならば、彼は確かにラーハルトを好きだったのかも知れない。
     彼と自分はどんな出会いだったのだろうか。戦ったことはあったのだろうか。
     どこまで深い仲の恋人だったのだろうか。あまり考えたくはないが、もしや自分は彼と肌を合わせたことがあったのだろうか。ならばどんな感触だったのだろうか。
     幾日が過ぎても、宿で別れた男の記憶が薄れることはなく、ラーハルトは毎日の大半を占める移動の時間を彼についての空想で埋め尽くした。
     二人の旅はどんなだったのだろう。
     酷い怪我をしたとのことだったから、こんなに速くは歩いていなかったのかも知れない。
     もっとゆっくりと話でもしながら。そら、そこに生っている赤い木の実、あれは甘そうに見えて悶えるほど酸っぱい。そんな事も言ってやりながら進んでいたのかも知れない。
     宿を取るとき、焚火に座るとき、道を歩くとき、ふと横を見てしまう。
     だがそこには誰も居ないのだ。



     ラーハルトは遂に、パプニカにやってきた。
     人間の助力が必要になったならパプニカのレオナ姫を訪ねろ。その言葉に従うとした。
    「ラーハルト! 今までどこに居たの!? ヒュンケルは!?」
     姫とやらは開口一番こちらの名を言い当てた。やはり面識はあったらしい。
    「なぜ、オレがヒュンケルと居たと?」
    「あなたたち一緒に姿をくらましたでしょ!」
     人間どもから見ても、自分はあの男と共に在るのが自然らしい。ラーハルトは観念した。
    「……オレはヒュンケルを探している。おまえなら居場所が分かるかと思った」
    「え? あなた逃げられたの?」
    「そうらしいな」
     あのとき、彼だってラーハルトの記憶が無いことに驚いたはずだ。なのになぜ急な場面で今生の別れなどできたのだろうか。それは日頃よりその心構えをしていたからではなかろうか。
     けれど予定にない四つ目を口にしたのは、本当は追いかけて欲しかったからではなかろうか。



     ラーハルトは放浪を始めた。
     おそらく自分の記憶は一生涯もどらない。そんな予感がする。
     ヒュンケルの愛した男はもう居ないとも言える。
     他の者を愛さないと宣言して消えた、あの男を捜している。
    「おまえを覚えていない男など、願い下げかも知れんが」
     それでもラーハルトはヒュンケルを求めて当て所なく旅をする。
     そしてもしも彼を見つけたなら、その時は。
     ヒュンケルが永遠の愛を誓った男、かつてのラーハルトに戦いを挑むのだ。
     まったく新しい未来のために。










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