宇宙が読み解かれ、この世の概念が崩壊した。
ここは人工の世界だったのだ。
「物語の中の登場人物だったのか、オレたちは」
この星に住まう全ての者達がそれを知った。ある者は悲嘆し、ある者は憤怒した。
大魔王は居なかった。魔界もなかった。大地もなかった。どれひとつとして真実ではなかった。
ラーハルトは自分の胸を手の平で押さえた。
「だがオレは居る」
ヒュンケルは頷いた。
「オレも居るな」
「居るが、作りものなのだろう?」
「らしいな」
人々は大騒ぎをしていたが、なにか環境が変わったわけではない。ただ己の運命が誰かの手の上にあると知っただけだ。
いつもの山小屋の中で、いつものカップに口を付けて二人はのんびりと語り合っていた。
「思えば、オレが焼け出されて魔王軍に拾われたのも、その後の復讐に失敗したのも誰かの思いつきだったんだな」
「それを言うならこちらも早くに父母を失っているのだ。今までは乗り越えるべき試練として捉えていたこれが、実は何者かの引いた糸だったというのならば腹立たしい」
「オレ達はずいぶんと冷遇されていないか?」
「馬鹿を言え。冷遇されていて魔槍が与えられるものか」
「そうだな。これがどのような物語として描かれているのかは知らないが、作者はきっとおまえの事を気に入っている」
「おまえの事もだろう?」
「ありえん。勘違いで大切な人を殺しかけたような人生だぞ?」
「しかし結果的に生き残った。ただの悪役ならばおそらくもう死んでいる」
「……なるほど」
茶飲み話の最中、ぐうと大きな音が鳴った。二人しか居ないので誰かの所為にして素知らぬ振りは出来ない。ヒュンケルは顔を赤らめた。
「空腹は感じるものなのだな、架空のオレでも」
「当たり前だ。誰に創造されたのだとしても、生物としてこの世界に生まれ落ちたのだからな」
「しかしこうなると、この生物としての感覚ですら作りものなのかと、疑念は際限なく湧いてくる」
「感覚か。腹が減った、暑い寒い痛い。オレの感じるすべてが作りものならば、では、オレがおまえを愛おしいと思うのも虚構か?」
「なに、作りもの同士ならば同じ次元に居るさ。だったらオレとおまえの関係性には更なる高次の影響など考える必要もあるまい」
席から立ち上がったヒュンケルは、空いた二つのカップを片付けだした。それはまったく普段の所作だった。
彼が動じていないのなら、ラーハルトが狼狽える必要も、また無かろう。下らない話を終えて椅子の上で伸びをした。戦後のとりとめも無いこの時間が、なぜまだ締めくくられずに物語として存続しているのかは知らないが。
「オレにとっての貴様が真実なのならば、他の、何処の誰にとってまやかしなのだろうが問題はない」
「そういうことだ。……なので、今後ともよろしくな」
ヒュンケルは、最後の一言を虚空に向けて呟いた。
そちらに何があるというのだ。いや、何が居るというのだ。手まで降っている。
ラーハルトの恋人は適応力が高すぎるようだ。こういうところも〝本当に〟大好きだ。
2023.08.08. 19:05~19:45 +10分 +10分 =通算60分 SKR