ヒュンケルは面白みの無い男だ。
生計を一にしてみて、ラーハルトはそう感じた。真面目なのは結構だが修行僧のようなのだ。
性欲だけでなく、食欲も物欲も顕わにしない。
人間の街へ買い出しに行くのは、やはり人間の彼が行うとスムーズなので家の財布を預けて送り出すのだが、その際に買い物リスト以外の品を買ってくることが一度も無い。せっかく市場に行くのだからおまえの欲しいものも仕入れて良いのだぞと促したが、しかし一向に自主的な購入をしない。
ラーハルトは一計を案じた。
買い物リストと家の財布の他に、コインを入れた小さな袋を小遣いだと称して渡した。
「小遣いとは?」
「そうか、魔王軍の語彙には無かろうな。それは、おまえの好きなものに使えばよい金だ」
「なるほど。承知した」
出かけたヒュンケルが戻ってきたので、ラーハルトは小遣いをどう使ったのかを尋ねた。すると。
「それをいま聞くのか……? オレの好きなものに使えばよいと言ったくせに」
ヒュンケルは横顔で答えた。無表情にも見えるがこれは照れ隠しだ。もしや、おなごの如き甘味に舌鼓を打ったとか。はたまた、こっそり艶本でも買ったとか。
なにか言い辛いものに使ったに違いないとラーハルトはうむうむ頷いた。
「もちろん言わなくても構わん。おまえの自由だからな」
そうやって開放的に生きてくれればいいのだ。
家の財布と買い物リストを受け取ったあと、差し出されたコイン袋をポケットに詰めて家を出て行くヒュンケル。そんな光景が日常化した。なにやら頬袋にどんぐりを詰めて去って行くリスのようで、微笑ましく見守った。何を買っているのだろうかと思いを馳せながら。
しかし、買い出しの度に小さなコイン袋を渡すようになってから半年経った頃、ヒュンケルの小遣いの使い道が分かった。
貯金だった。
小さな袋を毎回用意するのも骨が折れて、これまでのを返してもらおうとしたら、では中身を抜いてくると言われて発覚した。
好きなものに使えばよいと言ったのに。本当にリスのどんぐりよろしく溜め込むばかりだったのか。
こいつは些細な喜びを味わうことすらしないのかと、ラーハルトはがっくり肩を落とした。
堅実なのは結構なのだが、やはり面白みの無い男だ。
一年が経った頃。
「ラーハルト! あったぞ!」
市場から帰ってきたヒュンケルが、麻袋の口を鷲掴みにして帰ってきた。
「おまえにやる」
手渡された袋には、藁で包まれた氷の塊が入っていた。藁を払うと、その透明に閉ざされた奥にひとつの果実が埋まっていた。これは。
「ドラゴンのなみだ……」
あまりにも珍しいので宝石の名が冠された、実れば三時間で腐り落ちてしまうという幻の果実だ。魔法使いの生産者が見張り続けて、熟れた瞬間に氷系呪文で凍結保存して運んでくる超高級フルーツ。天にも昇るような美味らしいが。
「……おまえの小遣いで買える値段ではないよな?」
手間暇を存分に掛けたその価格は、下手な鎧の一着分にも相当する。
「貯金を使った」
「もしや全部?」
「ああ」
ラーハルトは遣り切れなくなった。
「おまえの好きなものに使えと言ったろうが……」
彼に楽しみを見出して欲しいがゆえに渡していた金だったのに、どうしてこの男は献身ばかり考えるのだ。
しかしヒュンケルは心外とばかりに目を鋭くして抗議した。
「だからオレの好きなものに使ってるだろうが。おまえ、ずっと前にこれの値札を見た時、味は気になるが家計を取り崩してまで食うものではないと諦めたよな。だから家計以外から出したんだ。オレが好きなものに使うとしたら、これ以外に考えられない」
「この果物がそんなに好きなのか?」
「いや、知らんからおまえが食え」
「……? ではおまえの言うところの、好きなものとは?」
「おまえだ」
迷いなく断言され、ラーハルトは目を覆った。彼を面白みの無い男だと思っていた自分を心から恥じた。
好きなものに使えばよいと言われたから、ラーハルトに使ったのか。
最高に面白いし、最高に愛おしい。
「ありがとう。美味そうだ」
ラーハルトが礼を述べると、ヒュンケルの表情が常には無いほどパッと明るく華やいだ。これこそが彼の楽しみなのならば。
「ヒュンケル、半分ずつ食おう」
「それはおまえのだから」
「気が利かないな。味の感想くらい交換させろよ」
分かち合うことがラーハルトの楽しみだ。
2023.10.19. 20:30~21:55 +10分 =通算95分
SKR