二人がまだ、各地のダンジョンに挑んでいた頃のことだ。
いつも通り、連れだって家を出て、地下に潜り、そこでヒュンケルが宝箱を発見して、ラーハルトが開けた。
入っていたのはヒュンケルにとっては思い出の深い品、魂の貝殻だった。
死にゆく者の魂の声を封じ込められるのだと教えると、早速ラーハルトが耳に当てたが、メッセージは入っていなかった。
新品の貝殻だ。
だったら、とヒュンケルは持ち帰ったそれを木箱に封入し、自分のベッドの下に仕舞った。そしてラーハルトに言って聞かせた。忘れないでくれ、自分が死んだら必ずここに音を宿すから、と。
季節ごとにそう念を押していたから、いい加減にラーハルトもうんざりしたのだろう。死ぬ話ばかりするなと怒られた。
それでも何度でも繰り返した。どんな風に命を落としてもオレはおまえへ届けたい思いが必ず胸にあるだろうから、絶対に伝えたいのだと。
そのうちラーハルトも、分かった、聞いてやる、と苦笑しながら頷いてくれるようになった。安心した。
しかし意外にも先に命を落としたのはラーハルトだった。主君たるダイの供として魔界の治安維持に向かい、そして物言わぬ身となって帰ってきた。主を守って盾となる立派な最期だったらしい。
生前の本人の希望に因り人間式の葬儀は行われなかった。魔界からルーラで連れ帰られて、幾人かの仲間に花を手向けられるだけで、一日も経たず自宅に安置された。
魂も帰ってきていたはずだ。
知っているだろうラーハルト。あの貝殻が如何なる品かを、あれほど口酸っぱく教えたのだから。
最後のメッセージを吹き込んでくれたはずだ。あの日、彼はこれっぽっちも死ぬつもりで出かけては行かなかった。言い残したことなんて山とあるだろう。
ラーハルトの声はそこに入っている。そう確信しているからこそ、ヒュンケルはその貝殻を耳に当てることができなかった。仕舞った箱をベッドの下から取り出すことすら出来なかった。
声が抜けてしまうのを惜しんでいる訳ではない。父の貝殻が二度も聞けた事から考えて、おそらく何度でも聞き直せる。
内容を怖がっているのでもない。喋ってくれるだけで、なんでも嬉しい。
ただ。
ヒュンケルは、ラーハルトからのまだ聞いたことのない言葉がこの世にあるという事実を捨てられなかった。新しく知ることのできるラーハルトが、まだ残されている。
聞けば思い出になってしまう。
だが、聞かなければ未来なのだ。
2023.10.21. 19:50~20:40
SKR