花火「ねぇ、KK、花火やろうよ」
「は?んなもん、どこでやるんだよ?」
生憎と都会のど真ん中では花火をやれるような場所はない。公園は火気厳禁がほとんどだし、住宅密集地では家の前でも難しい。ましてや集合住宅では。
「ベランダでやろ、これなら大丈夫でしょ」
手には線香花火。確かに、それならたいして煙も音も出ないし、火薬の匂いもエアコンをいれて閉めきっている近隣には影響しないだろう。
水をいれたバケツを用意し、ベランダにでる。外はベタベタと肌に纏わりつくような空気で、早くも室内のエアコンの効いた空間が恋しくなった。
暁人は嬉しそうに、線香花火をベランダの床に並べる。
「どっちが長く落とさずにいられるか、勝負しようよ」
線香花火の先端に赤く灯る玉、あれの耐久勝負だ。
「ほんと、ガキだな」
鼻で笑うと、
「KKって、すぐ落としそうだもんね?」
せっかちだからさぁ、と馬鹿にしたような笑顔で煽ってくる。
「いいぞ、勝負してやろう」
俺はあくまで大人として、子どもの遊びに付き合ってやることにした。
線香花火の先にライターで火を点けると、パチパチと微かな音をたてて、黄金色の火花が散る。その寿命は長くはない。数分で勢いを失い、消え入りそうになり、それでも時折、火勢を増しては咲いては散り、を繰り返す。やがて、先端に赤い火球を残すのみとなり、それもいつか落ちる。
自信満々に勝負を持ち掛けただけあって、暁人の花火はなかなか玉が落ちない。俺のは火花が散らなくなると早々に落下していくのに、暁人のはほとんど灯火という状態になっても、粘り強くしがみついている。
「くそっ、なんでだよ…」
「KK、お酒の飲み過ぎで手が震えてるんじゃないの?」
失礼な事を言いながら、機嫌良く残り少なくなった花火を手に取る。
「アル中じゃねぇよ」
俺が諦めて、持ってきていた缶ビールに手を伸ばすと、暁人は自分で花火に火をつけバケツの水面にかざす。花にも葉にも例えられる繊細な火花が、丸く切り取られた夜空に映る。
「夏にはね、よく家の前で花火をやったんだ。麻里は途中で色が変わる花火が好きで、これは私がやるからお兄ちゃんはやっちゃ駄目、って独り占めして、父さんに怒られたり、母さんがアイス持ってきてくれて、いつもは外で食べちゃいけないんだけど、その時だけは特別で」
水面に爆ぜる小さな火花を見つめながら、暁人が独り言のように言葉を紡ぐ。その瞳が見てるのはたぶん、花火じゃないんだろう。
「思い出しちゃうんだよね、見ると。色々とね」
「暁人……」
言葉はいくつも脳裏に浮かんでくる。けれど、そのどれもが相応しいとは思えず、何も言えなかった。
「でも、もう大丈夫」
顔を上げた暁人は俺の顔を見ると笑って、
「KKが一緒に花火やってくれたから」
「ゴミ片付けないとね」
言いながら、水に浸けて消火した線香花火をビニール袋にまとめていく。煙草を吸いながらその手元を眺めつつ、声をかけた。
「また、やろうな花火。今度はどっか外で、もっと派手なやつをな」
暁人は嬉しそうに笑って言う。
「約束、だよ」
俺は花火なんかより、こっちの方がずっと綺麗だと思った。