「わあっ!」
「…っ!」
角を曲がって出合い頭に正面衝突、そのまま尻餅をついた二人がそれから恋に落ちる。そんな使い古された少女漫画のような事を今まさに引き起こしてしまった九門と莇だったが、既に二人は恋仲である。故に恋に落ちる展開はとうに済ませてある筈なのに、お互い口元を手のひらで覆わせて真っ赤になって固まっていた。
ぶつかった瞬間、何か柔らかいものが触れて、それから固いものが当たって、今はジンジンと響く痛みのみが残る唇がこれは現実だと教えてくれている。上唇、もっと言えば前歯の辺りが鈍く痺れているような気もする。
「………」
「………」
お互いが同じような体勢で固まっているのを目の当たりにして、まさかとの思いが二人の顔を更に火照らせていく。
「い、今のって……」
「ちっ…違う!これは事故だ!だから違う!」
赤い顔で吠える莇に間違いないと九門は手のひらの中で唇を引き結んだ。あの柔らかさを思い返そうとするが、じんわり滲む痺れにそれもままならない。
「莇、こっち来て」
細っこい手首を掴むと九門は近くにある自室へと踵を返した。三角は既に外出している。あの部屋なら誰にも邪魔はされない。
「お、おい…!」
「あんなのが初めてのちゅーなんてオレはやだ」
今度は事故だなんて言わせない。
ばたん、と大きな音を立てて203号室の扉が閉まった。