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    @unnatural34

    ご閲覧ありがとうございます!お楽しみいただけましたら、是非スタンプでリアクションいただけると嬉しいです☺️

    「蕩桃」シリーズはpixivにあります。↓
    https://www.pixiv.net/novel/series/10284758

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    あばざんまいC新作展示③です。『蕩桃』シリーズの続編4話のうちの3話目となります。
    CP色は薄いですが、イチャラブしていると言い張っています。最後チューはします。
    最終話4話目まで書きたかったのですが、間に合わないので後日投稿したいと思います…🙇‍♀️

    ##ハドアバ

    ひなどりの宿———



    「……昨日まで半死半生の風情だったろうに。日を延ばせんのか」
    「ノンノン、こういうのはパパッとやっちゃった方がいいんです。それに半死半生はせいぜい三日目くらいまでだったでしょう?大袈裟なんだから」

    そう言いながらアバンは、手袋の袖口を引っ張り直して、地面に描かれた巨大な魔法陣の中へと入った。そしてその中央でしゃがみ込むと、手を魔法陣に突く。込める魔力に呼応して、魔法陣が眩く光った。

    「こんな不安定な状態をいつまでも放置できませんからね……それじゃあ…いきますよ…ッ」

    アバンの呑気な口調が真剣みを帯び、歯を噛み締めた勇ましい表情となる。空色の髪が、纏う紅紫色こうしいろのマントが、魔法陣の光に合わせてはためいた。
    そして勢いよく天空へ伸びる膨大な破邪のエネルギーが、人間界と魔界の隔たりに空いた大穴を包み込んだ。


    魔界に落ちたアバンを連れて瞬間移動呪文を唱えたハドラーは、精霊がかつて魔界での拠点としていた遺跡へアバンを匿った。神殿のような独特の建造物は精霊の守護の気配が色濃く、いまだ並の魔族や魔物は寄り付くことができない。例え強大な力を持つ魔族だったとしても、激しい不快感に苛まれることとなり、また、破壊しようにも攻撃の反射作用があり、厄介なばかりと放置され続けてきた。ハドラーとて長居したい場所ではなかったが、衰弱したアバンを匿うのには打って付けであった。

    外壁で囲まれた敷地内に入ってから、大魔宮では四六時中垂れ流しとなっていた"桃"の甘美な香りは、随分と落ち着いていた。敷地内からは雷雲が見えず、灰色の混じった白い空が広がっている。
    祈りの間へ続く中庭には花壇に囲まれた噴水があり、不毛の魔界でカランコエが花を咲かせている。中央の飾り台座の上にはポーズの異なる三人の精霊の石像があり、向かい合って頭上の石球を掲げるように腕を伸ばしていた。石は不思議な力を放ち、頂点からはいまだにサラサラと水が流れ続け、その清らかな水はハドラーにしてみれば特に近寄り難い。おそらくこれが遺跡内の邪気を払う装置であり、状態異常を緩和する効果もあるのだろう。想定していたわけではなかったが、好都合だった。

    地上の、死の大地はかろうじて地表を残してはいたが、地下の大魔宮が崩落してしまっては、いつ大穴が開くとも知れなかった。魔界に生息する魔物や魔族達は雷雲を穿つ大穴を警戒しているが、今に地上へと向かおうとする者が出てくるだろう。 
    もっとも、穴があるからといって口で言うほど容易い道のりではないが、逆に、死の大地を探索しようとした命知らずの人間が誤って落ちて来る恐れもある。それはハドラーにしてみればどうでもよい事ではあったが、アバンは随分と憂慮した。

    自らの破邪の結界で大穴を封印するとアバンが言い出したのは、ハドラーの腕の中で眠るように気を失い、精霊の遺跡の祭壇に敷き詰められた羽毛の上で目を覚ました直後のことであった。全体は無理でも、網目上に張り巡らせれば差し当たっての処置にはなるだろう。そう語る満身創痍の男の、どこまでも大義に生きようとする姿勢に鼻白むのが半分、それでいて彼らしい言動を、それでこそ、と思うのが半分と云ったところだった。
    起き上がれもしないくせに、大穴の見張りに行くと喚き出したアバン。今はいかんともし難いだろうが、じき魔法力も回復し始めよう。片道分の魔法力ですぐさま遺跡を飛び出してゆく、ミイラおとこのようなぐるぐる巻きが容易に想像できた。

    『オレが見張る』そう言うと、アバンは目を丸くして驚いた。『ここでお前の見張りおもりをするより余程楽だ』そっぽを向いたまま付け加える。すると、ふふとアバンは笑って、『ありがとう』とはっきり言った。

    ハドラーにしてみればこの男の志しなど知ったことではないのだが、足並みを揃えてやること自体は悪い気分ではない。
    『いざというとき呼べ』と、小さなコンパクトミラーのペンダントを手渡し、自らの血液をインク瓶に貯めて祭壇に置く。月桂樹の葉が縁取り、中央に髑髏の意匠が凝らされた揃いのそれは、鏡通信のための道具であった。しかし受け取ったアバンはきょとんとして、『あなたってロマンチストですよね』と、訳の分からないことをほざいていた。

    見張りのかたわら時折様子を見に遺跡へ戻ると、勇者は首にコンパクトをぶら下げて、大人しく遺跡に留まり回復に専念していた。

    ハドラーの手を借りねば自らの手当てもままならなかったアバンも、魔法力が回復した頃には呪文を併用し、また、包帯や衣服など欲しいものは素直に求め、精霊の水を口にするうちに回復していった。ハドラーはよくアバンを助け、アバンもよくハドラーを頼った。その甲斐あってアバンは三日も経った頃には、一人で自由に歩き回るようになっていた。

    十日近く、大穴周辺の番をしていたハドラーのもとに瞬間移動呪文で現れたアバンは、労いの言葉をかけると早速魔法陣を描き始めた。身につける装備は、遺跡での療養用とは別に用意しておいた旅装束で、ハドラーはその姿に苦虫を嚙み潰したような顔になる。何気なく集めたつもりだったのだが、甲冑こそないものの白の長袖に青い衣を重ね、紅紫色のマントを着用した姿はかつての勇者を彷彿とさせる。違うところと言えば、すっかり大人びた顔立ちと二段カールのふざけた髪型、揃いのペンダント。そして、なければ落ち着かないと、熱心に求められて調達した伊達メガネであった。

    「これでっ…何とか…、当分は……ッ」

    天井の雷雲まで届く魔法陣の光が徐々に収束し、視認ができなくなると同時にアバンはガクリと膝を突いた。

    「……ふん。いいざまだな」
    「しょうがないでしょ!結構…大呪文なんですからねっ…」
    「オレにしてみれば小癪な鼠返しだ」
    「えーえー、どこぞの猫耳さんには物足りないことでしょうよ……でも、急場しのぎとしては、我ながら上々、…です…」


    四つん這いのひれ伏すような姿となったアバンを揶揄すると、何ともおちゃらけた反応が返ってくる。魔界に来てからよく見せるようになった、ハドラーのよく知らない勇者の一面。わざとらしい事この上なくて、実にしゃくに障る。
    達者な口のわりになかなか立ち上がらないアバンに、ハドラーはそら見たことかと嘆息する。

    「長居は無用だ。じき、野次馬が集まるぞ。せっかく回復した魔力を使い果たしては、いざ交戦となってもままならんだろう」

    無鉄砲な奴め。そう続けると、アバンは苦しげに顔を歪めながらも、笑みを浮かべてみせた。

    「あなたの…おもりの腕前を信用しているんですよ」
    「……減らず口も聞き飽きたわ」

    魔法陣は人間の侵入も防ぐが、破邪のエネルギーで満ちているゆえ、ハドラーもその中に入るのは難しい。
    魔法力の尽きたアバンが魔法陣から出たら、ハドラーの瞬間移動呪文で遺跡に戻る予定であった。けれどもアバンは、魔法陣の中央で一向に動こうとしない。

    「……どうした。グズグズするなよ」
    「……わ、分かってます……今、…っく…う…ぅ……」
    「——!」

    彼は地面についた手を握り締めながら息を切らし、とうとうその場にうずくまった。途端わき立ち上がるのは——"桃"の異香だ。魔法陣で力を使い果たしたことで、小康状態にあった"桃"の毒素を制御出来なくなくなったのであろう。
    いかん。ハドラーは地を蹴り、魔法陣の間際に立った。

    「アバン!ひとまずここまで這って来い!」
    「…っ…あ、…はぁ…ッ」
    「……ちっ!」

    結界に手を触れる。侵入を拒む破邪の力がバチバチと音を立て、感電のような痛みをもたらした。
    その抵抗を無視して自らを結界の中に無理矢理押し込む。病み上がりとはいえ流石にアバンの結界は精度が高く、激しい負荷が全身にかかった。

    「ぬうう…ッ!」

    足を踏ん張って、腕を結界の中に突き刺す。そして全力で、全身を結界の中に捻り込んだ。地面が激しく揺れ、地鳴りが起きた。襲い来る破邪のエネルギーに、険しく顔を歪め歯を食い縛る。
    やがて、結界の中へ無理矢理に侵入を果たすハドラー。途端に無くなる負荷に、つんのめって踏鞴たたらを踏んだ。

    「はぁ…はッ、…アバン!」

    息を切らしながら、ハドラーはアバンの元へ駆け寄った。

    「たわけがッ…貴様のカラ元気はうんざりだ…!」

    腕の中に抱き起こした男を叱責する。アバンは顔を歪め、忙しなく胸を上下させていた。
    強烈な“桃“の香り。淫靡な記憶がぞくりと背筋を撫でる。ハドラーは忌々しげに渋顔を浮かべると、瞬間移動呪文を唱えて遺跡へと帰還した。



    人間を愛玩の"桃"に仕立て上げるために常時摂らせる桃の媚薬。飲食をさせず桃の媚薬漬けにすることで、人間は汗のひと雫まで甘い淫蕩の果実と仕上がる。
    大魔宮から逃れて数日、当然アバンは桃の媚薬を摂取していなかった。彼は理性を保ち、全く影響のないように振る舞ってはいるが、蓄積した毒素が消え去ったわけではなく、本来ならば桃を欲して狂ったとしても仕方のない状態であった。愛玩の“桃“は水を求めるように桃の媚薬を欲しがり、房中の精気を糧とするものなのだから。
    魔界に来て十日は経過したが、アバンは精霊の水こそ口にすれ、人間らしく食物を求めるようなことは一度もない。それでいて、精気を欲する素振りを見せたこともなかった。だが本人の意思とは関係なく、体が飢えて精気を求めてもおかしくない頃合いだ。そんな時に結界を張るため無茶をしたのだから、体が暴走し全く制御が効かなくなってしまったとしても不思議ではなかった。

    「う…ッ………ぁ、ぁ……」

    精霊の遺跡の祈りの間の、荘厳な装飾の祭壇に羽毛を敷き詰めた仮の閨から、アバンの苦しげな声が漏れ聞こえる。
    ハドラーはアバンを祭壇に寝かせたあと、祈りの間を退室して、扉を背に噴水のある中庭へと出ていた。
    状態異常緩和の恩恵も効果が薄い。一度発作的に桃の毒素が暴れ出してしまっては、簡単にはおさまりはしないものらしかった。
    彼を抱き抱えることで残った“桃“の移り香。幾度も嗅いだ蠱惑の香りは、大魔宮での出来事を彷彿とさせる。
    しかしその香りの奥には——記憶とは違う、素朴な石鹸の匂い。真新しい布地の匂い。誰よりも賢く愚かな勇者の、ひざ小僧や小手や額の土の匂いがした。それは生きようとする人間の、あらゆる営みの匂いであった。

    ハドラーの視線は噴水へと向いていた。不思議と不快感を放たない三精霊の石像の、台座に刻まれている絵巻のように連なった、浮き彫りの精微なカメオ彫刻。
    草木生い茂る泉のほとり。蝶が水面に遊び、憩う若鹿は寄り添い、親鳥は雛鳥に糧を運ぶ。
    ハドラーはその淡い象牙色を遠く眺め——やがて身を翻すと、閉ざされた祈りの間の扉を再び開いた。


    祈りの間は、むせ返るような甘い果実の香りで満ち満ちている。
    祭壇の上に、うつ伏せで身を丸めるようにして伏すアバンは、扉の開かれる音に驚いたようであった。上下する肩を片側白い羽根の中に埋めながら、色づいた顔半分を覗かせている。
    ハドラーの足音が響く。荒く息をしながら、じっと動向を見守る裸眼の視線。散乱した白い羽根をハドラーが踏んだところで、一瞬の静寂が訪れ——。

    「——ッ!」

    不意に動いたのはアバンであった。祭壇の底を掻くようにして腕を振り上げ、敷き詰められた羽根を舞い上がらせる。
    それを煙幕に、祭壇の裏へ転げ落ちて距離を取ろうとするアバン。魔力が祭壇の陰でか細く光り出した。ハドラーは祭壇を飛び越える。

    「…くっ!!」
    「何処へ行くつもりだ…」
    「な…何を…ッ」

    迷宮脱出呪文リレミトでも唱えるつもりだったのだろう。十分な魔力を張り巡らせるのに手間取っているうちに、ハドラーがアバンの腕と後ろ首を掴んで、着地と同時に床に押さえつける。うつ伏せに制圧した状態で、ハドラーは身を屈めた。

    「……“絶食“は辛かろう?」
    「…ッ!よせ…!」

    ハドラーが体を返そうと腕を引くと、それに抵抗するアバン。無理矢理体を仰向けに返すため、僅かに力を込める。

    「——ぬッ!!」

    突然、抵抗を止め勢いよく体を翻したアバンが、手に隠し持っていた瓶の液体をハドラーの顔面めがけてまき散らした。鏡通信用にと預けていた青い血液だ。咄嗟に目を閉ざすハドラー。押さえつける力が緩んだ隙にアバンは身を捻ってハドラーの下から抜け出す。そして這って距離を取り、立ち上がろうと膝を立て——しかし目眩に襲われたアバンは、再びしゃがみ込んだ。

    「……うっ…ぐ…!」
    「抗うな…ッ」

    袖で血を拭ったハドラーが後ろ襟を掴んで引っ張り、祭壇に引き戻した。力が余って背中から祭壇に衝突し、息を詰めるアバン。衝撃でペンダントの蓋が開き、迫る男の顔が映る。ハッとして拒もうとする両腕をハドラーは掴んで、祭壇の側面に押さえ込む。震える腕、跳ねた青い血で頬を汚したアバンが、顔を背けて叫んだ。

    「やめてくださいハドラーッ!こんな、こんな事はもう…!私は…ッ…もうしたくないッ!!」

    ハドラーの動きが——ピタリと止まった。舞い上がった白い羽根は床に落ち、ゼエゼエと、アバンの荒い呼吸だけが続く。

    「……」
    「……」

    祈りの間には、“桃“の淫靡な臭気が漂っている。アバンは自らの放つその臭いが、催淫効果を持つことを嫌というほど理解している。
    ハドラーもそれを知るからこそ、介助しながらも、なるべく同じ空間に居まいとしてくれていた。アバンはハドラーの配慮に、当然気づいていた。
    だが、制御を失ってだだ漏れる自身の媚薬の匂いが、ハドラーの正気を奪ったとアバンは予想した。だからこそ迷宮脱出呪文リレミトで距離を取ろうとしたのだが、アバンの予想に反し、いとも簡単に手を離したハドラー。アバンは状況を飲み込めず、見開いた目で間近の顔を見た。
    ハドラーはと云うと、自らの血液で血まみれの顔面を再度拭いながら、それはそれはバツの悪そうな顔をして、口を波のように歪めて視線を逸らした。

    「……お前は、」
    「……?」
    「お前は、弟子に口移しで飯を食わせたことはあるか」
    「……は…?」

    唐突な話題にアバンは虚をつかれる。
    本当に訳が分からず聞き返すと、ハドラーは過去を思い返すように遠くを見た。

    「お前が、地底魔城から連れ出して弟子とした…ヒュンケルは、赤子の頃は自力では飯も食えぬ脆弱さだった。それで、ヤツの育ての親、…地獄門の番人バルトスが…干し肉やら果実やらを口で噛み砕いて、それをよく与えておったわ」

    ハドラーの口調は、妙に訥々としていた。思いがけぬ相手から語られる一番弟子の過去に、アバンは目を見開いたままだった。

    「お前も知っておろう、我が側近の…ガンガディアは、…読書家でな。書物から得た人間の育児の知識をバルトスに教え、バルトスはそれを真剣に実践しておった。“歯の生え揃わぬ人間の赤子は、親が噛み砕いた食物を直接口移しで与えられることがある。母乳がなくば、それしか方法もなかろう"とな。……もっともバルトスは骸ゆえ、噛み砕くことしかできなんだが」

    ハドラーは目を閉じ、瞼の裏にかつての配下を見る。アバンは語る内容に驚いたような顔をしているが、語って聞かせるハドラー自身も、その一連を覚えていたことが意外であった。
    過去を顧みることで、併せて想起される彼らとの顛末。かつての魔王は、握り締めた自らの拳へ視線を落とした。

    「人間を育てるなど、そんな酔狂……続くまいと、オレは思ったが。他の魔物までもが随分目をかけて、…キギロのあつらえた揺かごに置き、四六時中見張りがつき、いっとき目を離せば勝手に死んでしまうような芋虫を……ヤツらは人間の形にまで、育ててみせおったわ」

    オレに物申すまでの生意気な小僧にな。憎たらしい顔を思い返し、辟易とした面持ちになるハドラー。問わず語りを続けながら、次第に眼差しを自嘲に沈めた。

    「あれは…おのが呪法で生み出した存在だが……オレにはあれの考える事が、全く分からんかった。だが、今ならば——少なくとも、ヤツは確かにオレが生み出したのだと、……認めざるを得まい」

    ふと、視線を上げたハドラー。アバンの頬に触れようと、そっと血濡れの手を伸ばした。ビクリと揺れた肩、しかしアバンが拒まずにいると、白い頬についた魔族の血を、翡翠の指先が拭った。

    「人間に限らず、獣や、鳥も……多くの生物がそうやって子を育て、命を繋いできたはずだ。生きるため、生かすために、飯の食えぬ者の介助をする。何も特別な話ではあるまい?」

    呆気に取られているアバンは、ぽかりと口を開けたままハドラーを見返していた。
    目の前に居る男が、いったい誰なのか。アバンは、分からなくなりそうだった。今だけのことではない。魔界に落ちてからというもの、一心にアバンを励まし気遣うこの男は、いったい誰なのだろうか。
    火照った肌に、大きな掌が触れる。ちょうど弟子達を慈しむアバンの掌と同じように、血の通うぬくもりが頬を包んだ。アバンの声が、少し掠れた。

    「……給餌…行為と、同じだと思えと…?」
    「まあ、そういうことだな」
    「いくらなんでも無理があるでしょ…」
    「……ふん。俺からしてみれば、お前も尻の青い小僧と変わらぬわ」
    「…親鳥の真似事なら、雛を襲わないでくださいよ」
    「襲ってなどおらん。逃げおったから追いかけたまでだ」

    白い羽根の散乱する床。アバンは今度こそヘナヘナと脱力した。
    あんな蛇の目をした親鳥がいるかとなじってやりたかったが、早合点したのは己なのだから分が悪い。けれども目の前にいるのは打倒に命をかけた宿敵、魔王ハドラーだ。信じろと云う方が、無理というもの。

    (あの爆発から私を守ったのも……やはり、お前なのか、…ハドラー…)

    かつて弱きを“ゴミ“と言い捨てたこの男が、今、これほどまでに私を助けようと心を砕いているなんて。
    目の前に居るのは親鳥ではない、紛れもなく蛇のはずだ。だがこの蛇は、巣から落ちた雛鳥を喰らうどころか、生かそうとしている。慈しみの愛を語ってまでして。
    すっかり力の抜けた勇者は、やがて、視線を落としてクスクスと笑い出した。

    「あなたは……本当に誘い方が下手ですねぇ…」
    「もとより誘っておらん。必要ならば、力づくでも与えるまでよ」
    「……その魔王マインド、どうにかしてくださいよ」
    「オレの情けがわからんとはな」
    「いいえ。……十分、伝わりました」

    かつての魔王の頬に、そっと触れる勇者の手のひら。

    「…なりきってみるとします。あなたの雛鳥の…気持ちに、ね?」

    アバンの片目がパチリと瞬いた。
    驚いたハドラーは一瞬目を見張ったが、すぐにいつもの仏頂面になり、淡々と付け加える。

    「……口を重ねるだけでも、精気は分け与えられよう。欲しいだけくれてやる」
    「はい。…それにしても……」
    「…何だ」

    視線を落とし、それきり沈黙したアバン。焦れたハドラーが微かに覗き込む仕草をする。

    「早く言え」
    「…あなたに説き伏せられるとは…全く想定外でした」

    心外だとばかり、への字に曲がるハドラーの口。

    「……不服か?」
    「とんでもない。心強く思いますよ……」

    見守る眼差しを見詰め返して、アバンは穏やかに微笑んだ。

    「共に生きる相手として」

    祈りの間の、充満した“桃“の香り。それは魔族すら惑わす淫蕩の媚薬だが、惑う者はこの部屋にはいなかった。祭壇の裏で寄り添って、互いの頬を手のひらで包んで、慈しみの口付けを二人は交わす。
    雛鳥が求めるほどに、蛇が与えようとするほどに、口付けは深まる。
    けれども瑞々しい芳香は澄み切ったまま、妖しく移ろうことはなかった。




    〈to be continued〉
    ———
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    おず🙇‍♀️

    DONE『蕩桃』シリーズ最終話の後編です。
    前編はこちら(https://poipiku.com/5628792/9929146.html)
    ハドアバR18、ラブイチャを頑張って目指しました。思うようなラブイチャでなかったら申し訳ございませんっ🙇‍♀️
    先生は大魔宮で"桃"の媚薬漬けにされて濡れ濡れえっちな体にされ、魔界に逃れたもののエッチなことして精気を分けて貰わねばならないエロエロ体質はそのままなので、光のハド様に毎日チューしてもらって何とか暮らしてます(酷いあらすじ)
    あばざんまい!Sで展示したシリーズをあばカム後夜祭で展示することが出来て感無量でございます!
    ちなみに一部、某賭博漫画のパロ台詞があります…すみませんっ!
    もものあまま(後編)-----



    「ん…っふ、…うう…ッ」

    熟れた匂いの充満する祈りの間。塞ぐ唇の隙間から漏れ出る吐息は甘く、余裕のない響きが混じっている。
    足元のふらつくアバンを祭壇に腰かけさせて、掌にすっかりと収まる頬を掴んで口づける。もつれそうな舌を、ひりつくような粘膜を絡め合うたびに、クチュクチュと濡れた音が響いた。
    とろりとした唾液が止めどなく湧き出る、蜜壺のような口内。このまま頬を握りしめて、蜜のしたたる果肉にむしゃぶりつきたい欲求が芽生えるほどに、彼はいかにも“桃“らしく、ひたすらに蕩けていた。

    弟子たちが訪れるまで日を置かず繰り返していた、口づけの給餌行為。一度受け入れていたそれを十日も避けていたうえ、この男はカラ元気のために、今や"異物"にしかならない食物を、体内に留め置く愚挙に出たのだ。
    7492

    おず🙇‍♀️

    PROGRESS蕩桃シリーズ「ひなどりの宿」の続きです。
    "桃"の媚薬で大魔宮で性奴隷にされていた先生(31歳)が食事の代わりにハド様のチューで精気を分けてもらいながら魔界で過ごしていたら、弟子達が会いに来たお話。
    これはR指定ありませんが、嘔吐シーンありますのでお気をつけください。
    大量の捏造設定があります!登場人物の口調おかしかったらすみません…🙇‍♀️

    後編(ぬるいR18)は後夜祭開催中に展示してしまいたい…とは思っています。
    前編もあとで大幅に直したい…広い心で見てくれたら嬉しいですっ!
    でも良かったらスタンプポチポチ押してやってください。後半頑張る気力になるのでっ!
    もものあまま(前編)-----



    「うーっ、びっしょ濡れだぜっ!」
    「外はずっと土砂降りだもんね」
    「ピピィ…ックピュン!」
    「わっ!ゴメちゃん大丈夫?」
    「先生ぇー!服さぁ、中庭で干していいー?」

    灰色まじりの雲を天井にした精霊の遺跡に、突如賑やかに訪れた来訪者。アバンは髪を拭くための布を持って、バタバタと中庭へ飛び出した。

    「魔界の雨は酸度が強いですから、地上の線維はすぐ傷んじゃいますよ〜!さぁ、野菜のついでにお洗濯しちゃいますから、早く脱いで脱いで!」

    担いだ作物の束をドサドサと中庭に降ろし、素直にその場で脱ぎ出す竜の騎士の子と大魔道士の弟子。誇らしげに作物の上を飛び回る、ゴールデンメタルスライム。
    簡素な布地に細い帯を縫い付け、エプロンとして腰に巻いていたアバンは「豊作ですねぇ」と満足げに呟き、その柔和な声色のまま、その後方に立っている元不死騎団長へと視線を向ける。
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