「幸せになってください」
廊下の曲がり角から、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
類が壁からひょっこりと顔を出すと、劇団のスタッフと司が談笑しているところだった。
「何を話していたんだい?」
類がスタッフの後ろから声を掛けると、面白いくらいに肩をびくりと跳ねさせた。
「かっ、神代さん!?」
「やぁ、楽しそうだったね」
わたわたと慌てるスタッフを横目に司の方を伺うと、何やらいつも以上にキラキラした笑顔で笑っている。
「類!今日の夜は楽しみにしているといいぞ!」
類が何事かと聞くより先に、司はスタッフを連れて行ってしまった。
その後ろ姿を見つめながら、類は司のことだ、と踵を返した。
「類、少し話があるのだが」
二人が家に帰ると、食事も待たずに司は類を引き留めた。
「何だい?」
「類に、渡したいものがある」
やけに神妙な面持ちで話すものだから、つい肩に力が入ってしまう。
そういえば、スタッフと何かしら談笑していたな、と仕事での出来事を思い出して「はい」と両手を差し出した。
司はゆっくりと息を吸って、それからゆっくりと吐く。
「…お前とは、出会ってから最高のショーしかしてこなかったな」
類の両手を上から包み込むように、司は「何か」を持って握り込む。
「ワンダーステージ、今の劇団…そして、オレはこれからも類と共に歩んでいくつもりだ」
幸せそうに笑みを浮かべながら、ゆっくりと手を開くと、そこに乗せられていたのは小さな箱だった。
まさか、そんな。
箱を大事そうに包みながら、類は司の顔を見る。
「類、オレと、結婚してくれませんか?」
ああ、なんて幸せなんだろう。
僕は、本当に嬉しいとき、言葉よりも涙が出るのだと知った。
目覚まし時計が起床時間を告げる。
司はアラームを消して、いつものようにカーテンを開けた。
まだ寝ている類の布団を少しだけよけて、寝顔を見つめる。
愛しい恋人の左手、銀色の指輪が朝日を反射して眩しかった。