年末年始 この時期の忙しさには何年経っても慣れない。
ただでさえやることの多い年末、それに加えて俺は大晦日よりも前に現世の実家に帰るつもりでいたのでてんてこまいだった。本丸内の大掃除、食事、審神者不在時の出陣についてはあらかじめほとんど取りまとめていたものの、実際に年末を迎えると思いがけないトラブルが起きたりして、想像以上の忙しさを迎えていた。いっそ実家に帰るのをやめた方が本丸でゆっくりできるのでは? と考えないでもなかったが、先輩審神者達は口をそろえて「不仲じゃないのなら、実家がある内は帰った方がいい」と神妙な顔で言うし、確かに両親は健在であったが帰る度に老けたなあとしみじみ感じたりもするから、せめて年に一度くらいは親孝行するか、という気持ちだった。そもそも、どうしようかな、と悩む頃には既に必要書類を全部出した後である。
「えーと、お土産は」
「主の到着と同時に届くよう手配済です」
「部屋の掃除、もう残ってるとこないよね?」
「はい。水回りも全て終わっています」
「現世滞在手続き終わってる、ゲート通過許可証もインストールした、充電器持った……あっ、現金! 引き出すの忘れた!」
「お年玉用ですね? 用意しておきました。こちらはポチ袋です。多めに入っているので足りるかと」
「……長谷部」
喉からは感嘆と感謝と少しの畏怖の念が籠った溜息が漏れた。
「お前ってほんと……よく出来た近侍だなあ……すっごく助かる……」
「光栄です」
目を細めて微笑んだ長谷部も、確か朝から掃除やら倉庫の整理やらで俺と同じかそれ以上に忙しかったはずだが、本丸を出る十分前になってもバタバタしている俺を前に落ち着いてあれこれ手を回してくれている。長谷部が近侍で良かった、と思うし、もう長谷部がいなかったら俺は何もうまく出来ないんじゃないか、と不安にもなる。公私ともに。
手荷物をまとめ、現世へ繋がるゲートを設定した玄関に向かうと見送りに数振りが並んでいた。狭くはないが、本丸の刀全員が並ぶにはさすがに窮屈なので気遣ってくれたのだろう。
「皆、良いお年を」
「あるじさまも、よいおとしを!」
「お土産よろしくね!」
「気を付けて」
各々に言葉を返し、最後に振り向いて、すぐそこにいた長谷部と、後ろの皆に手を振った。
「じゃあ、後は頼んだよ」
そう言って荷物を持ち直し、ゲート通過許可証を翳せば、あとはもう玄関の戸を開け、敷居をまたぐだけで、実家の、正確には実家から何駅か離れた街に到着する。実家直通、というわけにはいかないのが若干不便ではあるが、セキュリティ対策らしいので文句は言えない。電車で数駅の距離だし、昔を思い出してのんびり移動するのもたまには、
「主」
荷物もほとんど送ったし、寄り道してから行こうかな、と思案していた俺に、後ろから聞きなれた声がする。聞きなれたというか、ついさっきまで一緒にいて、俺を見送ったはずの長谷部の声が。
「……えっ!?」
ここは現世で、普通に通行人もいるというのに思わずでかめの声が出た。
俺と一緒にコンクリートの大地に足をつけた長谷部が不思議そうに顔を傾け、「忘れ物ですよ」と手提げ袋を一つ俺の前に差し出す。郵送だと痛みそうだから、と分けておいたお土産の内の一つだ。
「俺が持っていましょうか?」
「あ、ありがと、じゃなくて!」
声のトーンは落としたものの、当然のような顔でそこにいる長谷部に俺は混乱した。
「なんでいるの? ついてきちゃった? え、なんで??」
「なんで、と言われましても」
長谷部は、どうしてそんなことを訊かれているのか不思議だ、という顔をしている。前にも、こんなことがあった気がする。
「貴方の刀ですから」
「そ、」
そうだけど、そうじゃなくて!
軽装にとあつらえた着流しに羽織を着ていたから、長谷部もどこか出かけるのかなと思っていたけど。まさか一緒に現世にくるために?
「え、っていうか俺、男士携帯許可証持ってきてないけど」
「ご安心下さい。こちらに」
「……ゲート通過許可証も、一人分しか手配してなかったけど」
「俺が追加で手配しておきましたので問題ありません」
「……」
「主?」
絶句していると、長谷部はふと顔を翳らせて、そっと俺の顔を覗きこむ。
「勝手をしたこと、怒っていますか?」
あ、当然みたいな顔でいたけど、一応勝手にした自覚はあったのか。
「いや、怒ってないけど……もしかして、知らなかったの俺だけ?」
「ええ、まあ……」
「……普通に、言ってくれたらよかったのに。びっくりするじゃん」
「それは、」
美しい藤色が、面白いくらいに視線を泳がせた。
「断られたら、と思うと、こわくて。……ついてきてしまえば、追い返せないでしょう?」
「……」
断られたらどうしよう、から黙ってついていこう、に思考が飛ぶのは何でだ。確かに、本丸と現世を繋ぐゲートは開く時間を厳密に決めて通過許可証を貰わないといけないので、こちらへ来てしまった以上、俺と一緒に滞在して予定通り年が明けてから二人揃って戻るしかなくなるけど。
「断ったり、しないよ。本当にびっくりしただけで。え、ていうか本当にびっくりした。準備してたの全然気付かなかったし」
「ふふ」
俺がちっとも怒ってないと知って、長谷部ははにかむように微笑んでいる。あまり見ることのない恰好をしているから、新鮮で、なんだかドキドキした。毎日出陣や演練や買い出しで、長谷部は大抵戦闘服か内番服だし、軽装にと用意した着流しを見たのは、一、二度じゃなかっただろうか。二人揃って何の用もなく出かけられる機会は、そのくらいしかなかった。
「……せっかくだから、少し寄り道して向かおうか。俺も久しぶりだから、このあたりゆっくり見たいし」
「! ええ、もちろん」
「あと、向かいながら両親になんて言うか一緒に悩んでもらうからな」
「? 護衛、と伝えればいいのでは……?」
「そうだけど、そうじゃなくて」
長谷部はまた怪訝に首を傾げる。俺は長谷部の手を掴まえて、そのまま歩き出した。
「護衛、兼部下、兼恋人だろ。分かりやすく、かつ混乱のないようにどう話せばいいのか、ちゃんと考えてからじゃないと帰れないよ」
「!」
少し振り返れば、長谷部は驚いたようにぱちぱちと瞬きを繰り返している。けれど、掴んだ手はしっかり握り返されたので、きっと、異論はないのだろう。
おしまい