「信念に沿っての選択であれば、それに従うだけですが……」 久々の苦境だった。
新たに出陣許可が下りたエリアは精鋭部隊で進んでも数振りの重傷者が出ている。刀装もほとんど剥がされ、資材の在庫確認から見直す必要がありそうだった。
「きっついなー、青野原」
軽い口調で零しながら、加州は目をぎらつかせている。
「でも、あと少しって感じ」
「無理は禁物だ。半数が重傷ではな」
「分かってるって。長谷部に諭されるとはね。……堀川の腕が見つかり次第、引き上げる?」
「そうだな。一応主に連絡を取る」
目の前には加州と言葉を交わす前からずっと『進軍せよ』という電子メッセージが浮かんでチカチカと光っている。長谷部は部隊に背を向け、慣れた手順で本丸へと繋いだ。
「はい、何?」
平素と変わらない、低く落ち着いた声だ。周りに敵の気配がないとはいえ、本丸で聞くのと変わらない声に心が安らいだ。しかし、
「俺の指示、見た?」
そう続いた声には苛立っている風な響きもあり、長谷部は思ったままを述べた。
「……信念に沿って、ねえ」
少しの沈黙の後、今度は揶揄するように面白がる声が鼓膜を揺らす。
「信念も何もないって言ったら、どうする?」
「ふふ」
「何笑ってんだよ」
「いえ、別に。……どちらにせよ、主の思うままに、従うだけですから。俺は」
耳元で「チッ」と舌打ちされたのと、離れたところから「腕ありました~!」「ゲートも開いたよ~」と仲間の声がしたのはほとんど同時だった。
「……睦言は戻ってからにしろ」
早口でそう言われたかと思うと通信は途絶える。あとはいつもと同じようにすれば良いだけだった。重傷者の内、腕を切られた堀川を優先して手入れ部屋へ運び、手伝い札を使う。それでも待ち時間があったが、後は任せろという加州、大和守に託して報告へ向かうことにする。とはいえ、戦況は全て審神者側から把握出来るので、普段通りであれば情報の擦り合わせと今後の部隊編成等の簡単な確認で終わるはずだった。もちろん、そう簡単に終わらないことも、多々あるが。
「主、報告です」
執務室の前で声をかけると、すぐに「どうぞ~」と間延びした声が返ってくる。
「失礼します」
「……おかえり」
審神者は部屋の奥でいつものように待っていた。窓辺に寄りかかり、書類に目を通している。
「堀川はちょっと無茶しすぎだな。腕を切られるなんて珍しい」
「そうですね。本人も反省していました」
「刀装は?」
「軽歩兵はほとんど破壊されました。投石兵も残りは少ないです」
「破壊された分は補充しておいて。って言っても……、おい」
「はい」
戻ってから、初めて目が合った。いつものように灯りがついていない部屋でも、傍らに並べば当然のことだ。
「近い」
窓と長谷部との間に挟まれる形になった審神者は不機嫌そうに肩を押した。と、思えばその手がすぐに長谷部の顎先を掬い取る。顎を固定されて、交わった視線は外せなくなった。
「……お前、可愛くなくなったなあ」
「そうですか?」
唇をへの字に曲げた審神者とは対極に、長谷部の頬は緩まっていく。
「そうだよ。前は俺の一挙一動に狼狽えて、可愛かったのに」
「……今も、ですよ」
顎に触れた手に顔を摺り寄せた。確かに、以前と比べれば、心境に変化はあっただろう。けれど、審神者の表情の僅かな変化や、声色が長谷部を惑わすことに変わりはない。以前は審神者の機嫌を損ねてないか、自分に至らない部分があったのではないかと気が気でないこともあったが、今はどちらかというと、自分の変化で審神者が表情や態度を変えることが堪らなく嬉しいのだ。自分がそうさせているという事実に高揚感すら覚える。
「……はあ、もういい」
呆れたような声と共に審神者の手が離れていくので、今度はその手を長谷部が捉えた。びく、と審神者の肩が揺れる。その肩ごと抱き寄せれば、抵抗もなく長谷部の腕に収まったので益々口元が緩んだ。
「あるじ……」
「お前な、んっ」
恐らく何かしらの文句を言いかけた唇を塞ぐ。やはり、抵抗はなかった。合わせた唇を食み、吸うように貪ると応えるように唇が薄く開く。合間から舌を差し込んで絡めると、唇の間で濡れた音が立った。
「っ、あーあ、ほんと、かわいくない、な……」
顔が離れた瞬間そう零した審神者の声は拗ねたような、むずがる子供のような甘えが混じっているので長谷部の笑みは益々深くなる。「ええ」と答えながら、また唇を寄せた。言葉とは裏腹に、腰に回された腕が長谷部を離さず、僅かに硬くなった股間を押し付けている。
「貴方の、刀ですから」
返事はなく、ただ熱い吐息だけが交わった。
終