スイカ山王工業高校の校門を出て15分ほど走ったところに、その直売所はひっそりと立っていた。
秋はぶどうや梨の直売所、夏はスイカの直売所になるそこは、近所の農家さんがその時季の旬の野菜や果物などを販売する場所だ。
田舎あるある。
その直売所の前を通り過ぎれば、高校のジャージを着ているだけで採れたての果物を一切れもらえたりする。
直売所は、沢北の自主的な外ランの時の折り返し地点の目印にしていたから、運が良ければスイカがもらえるこの時期は、このルートが沢北のお気に入りになっていた。
その日もいつものように、ジリジリと照りつける太陽の下、目印の直売所まで走る。
夕方16時を過ぎても、暑さはまだ衰えない。
セミがまだまだ大きな声で鳴いてるのをBGMにして、沢北はぼんやりと今日のことを考えながら脚を動かす。
今日の練習は楽しかった。
ただでさえ暑い体育館。
夏のインターハイへ向けて、最終仕上げとばかりに加速する部員たちの熱。
ここでやりすぎてバテてはいけないと先輩たちに言い聞かせられたものの、やはり楽しくなってしまい、いつにも増して動きまくってまた先輩に怒られてしまった。
午後の練習は夕方まで。
そこから自由時間で夕飯後にまた夜練、風呂に入ったらミーティングして翌日からの練習メニュー確認。すぐ寝て起きたら朝練、練習開始は9時から。
バスケ漬けの毎日だ。夏休みはこれができるから最高だ。
せっかくの夏休みなのに休みないの?ヤベェな、とはクラスメイトの言葉。
別に全然やばくない、バスケをしにこの高校に来ているのだから。
それにオレは世界に行く、この練習量でも足りないくらいなのに、とは思ったが言えなかった。
まだ家族と先生以外に誰にも言っていない、アメリカに行く事を。
秘密は誰にでもあるものだが、沢北自身は秘密を抱え続けるのは向いてない。誰かにすぐ言いたくなってしまってダメだ。
直売所に着いた。
いつも夕方の時間帯は、一番近くの農家の高橋さんちのばあちゃんと、その近所の人たちが井戸端会議をしているのだが、今日は人が少ない。
高橋のばあちゃんいるかな、と上がる息を抑えながら覗き込むと、蒸し暑いその直売所には、予期せぬ人物が座っていた。
「あれっ、深津さん!」
「ピョン」
はいともいいえともつかない返事をしたのは、我が山王バスケ部の主将、深津だった。
「なんでこんなとこに」
「ほどほどにしとけって言ったくせに、どうせ走りに来るだろと思ってたらやっぱり来たピョン」
先ほどの練習の時に、セーブしながら要点押さえて頭使って練習しろ、と沢北に言ってきたのは深津だった。
結局頭よりも体の方が動いてしまって、やりすぎだと叱ったのも深津だった。
そして、不完全燃焼の体を持て余して走りに出るだろうというのも見抜かれている。
「こんな暑いのに外走って熱中症なったら、夜練参加できないピョン。」
「いや、でもオレ、なんか体動かしたくて…」
「体が動いてしょうがないのはわかるピョン、でも落ち着かせないと保たない。そういう時に限ってコケて怪我するピョン」
う、と沢北は言い返せない。
深津は、落ち着け、と目で訴えかけてきているようだった。
深津の冷たい静かな目は、初めて見たときは怖いくらいだったのに、付き合いも長くなると逆に安心するような、昂ってしょうがない気持ちを洗い流してくれるようそんな不思議な力を持っていた。
沢北は時々どうしようもなく、この目に安心させられる。
今朝から熱ってしょうがない気持ちが、やっと静かになってくるような気がする。
「まあ座れ、高橋さんがスイカ分けてくれるピョン」
ふと見ると、深津は本来であれば店主が座るだろうビール瓶ケースに座っていた。
片手には、食べかけのスイカが一切れ。
「ばあちゃんは?どこ行ったんすか」
「近くの村井さんちまで行ってるピョン。その間の店番として、こちらを頂いたピョン」
深津が示す先には、紙皿に載ったスイカが3切れほどあった。
「えー、オレにはいつも一切れだけなのに」
「お前、やっぱり毎回ここでスイカ分けてもらってたピョン?」
深津の眉間に皺が寄って、沢北はまた言わなくていいことを言ってしまったと反省する。
「まあいいピョン、今日はこの暑さでお客さんも少ないから、味見用だけど全部食べていいって言ってたピョン」
「マジですか!やったー」
しゃく、と音を立ててスイカにかぶりつくと、やはり走って喉が渇いていたのか、体が潤っていくのがわかる。
「うめー」