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    Orr_Ebi

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    Orr_Ebi

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    俳優パロ沢深。憑依型の深津を書きたかっただけ。バスケもしなければ特に恋愛もしない。時代考証その他雑です許してください。本当に好き勝手やってるので許せる方のみ読んでください。すみませんでした。

    #SD腐
    #沢深
    depthsOfAMountainStream

     男は生粋の軍人だった。父は軍部総督、母は医務局で働く看護軍人。いつも国とはなにか、戦うとはなにかを聞かされ、育ってきた。
    15の時、士官学校に入った。幼い時から父自ら手解きを受けていたので、学校の平凡な訓練は退屈でしょうがなかった。17になった夏、士官学校の同級生と街に出かけた。士官学校は全寮制で、関東の田舎から出てきていた男にとって、東京という街で遊ぶのは刺激的だった。同級生は、東京出身だったから危ない遊びや男1人だけでは入れない場所まで精通していて、男を連れ出した。
    ある時、言われた。「女を抱いたことはあるか?」ない。まだ純粋で、生粋の童貞だ。口付けを交わしたことすら無かった。女子の手を握るなどもってのほか。男にとって、女とは未知の生物だった。「それなら、練習しておいた方がいい」練習?「お前は士官学校でも1番の成績だ。おそらく首席で卒業するだろう。出世の道に、女と酒はつきものだから、今から練習しておけ」まさかこれから、遊郭にでも行くのか。女を抱きに?「そんなわけない、まだ士官学生のうちから女を抱いて、軍人になってからその女に子供が出来たなんて言われたらどうする。後の祭りだ。抱くのは女じゃない」じゃあなんだ。「男だよ男」
    暗転。
    行った場所は上野だった。江戸の終わりから、男娼の店──陰間茶屋が多く立ち並ぶ。遊郭と違うのは、着飾って微笑むのがすべて男だということ。平均年齢の低さに男は驚いた。「小さいうちから攫ってきて、仕込んでから店に出すのさ。女より妊娠の心配もなくて安全だ。病気にさえ気をつければなんてことはない。」日本には昔からある風習。男が男を買うなど造作もない。あの織田信長さえ男色だったという。
    「ここだよ」ついた店は、この辺りでも1番大きな店構えをしていた。「好きなのを選べ、金は自分で出せよ」その代わり、遊郭に行くよりずっと安い。友人はさっさと店先に入って、馴染みの男娼を指名し奥に消えてしまった。男は悩む。男なんて抱いたことはない。好みさえも分からない。自分のブツがうまく働いてくれるかも分からない。そうやって突っ立っていると、店主らしき年嵩の男が声をかけてきた。「初めてかい?」そうだ。「なら、1番クセのないのをやろう。1番人気は今日は機嫌が悪い」クセのないの…。「腕はいいぞ。初めてのお前さんにはちょうどいい。」紹介されたのは、太い眉にぽってりした唇が特徴的な黒髪の男だった。年は男とほぼ同じように見えた。それ以外の陰間はみんな幼いか、男より年上の妖艶な者ばかりだったから、こんな人に相手をしてもらうのは、と少し怖気付いていた。男は、これでいいと頷いた。「じゃあ先に前金だ。」男は手巾から銭を出した。「あいよ。部屋は2階だ、お茶を運ばせよう」一応風俗とはいえ、お茶屋の体を崩さないらしい。「こっち」その陰間は、そう言って男の手を握った。色白でふっくらした指先が、柔らかく男の無骨な指を包む。名前は?「瀞(きよい)」そう。瀞さん、よろしく。言うと、瀞はクスッと笑った。「さん付けしなくてもいい」でも、初対面だ。「そうだね、じゃあ俺もあなたをさん付けで呼ぶ」
    あっという間に2階についた。間仕切りの障子を締め切った4畳ほどの空間には、一組の敷布団と、体裁を保つための茶器が置かれている。店主の男は、先ほど言った通りすぐにお茶を運んできた。ごゆっくり、と言うのを忘れずに。瀞は慣れた手つきでお茶を注ぐ。「初めてですか?」うん。友人に連れられて。「軍人さん?」うん。「素敵。俺もそうなりたかった」そんないいものじゃないよ。瀞は微笑む。「それでも、ここよりはずっと良い」その横顔が悲しい影を負っている。スッと伸びた鼻筋に、部屋で唯一灯された時代錯誤な行灯の影が落ちる。綺麗な人だ。「あちっ」瀞が声を上げて、茶器から手を離した。大丈夫?思わず手を取ると、瀞がじっと見つめてくる。その真っ黒な、何もかも見透かすような瞳に吸い込まれて、男は瀞に口付けた。彼の吐息が漏れる。男にとっては初めての口付けだが、瀞の唇は柔らかくあたたかく男をつつんだ。静かに目を伏せた瀞に、男はたまらない気持ちになって肩を抱き寄せる。女ではないから想像よりがっしりしている。それでも肩周りは、男が知るような男(訓練で肩を組む時に触れる筋肉質な太い腕)のものではなくて、どこか頼りない。「いいですよ」その瀞の言葉に、男はハッとして、だけど確かに情欲が湧き起こるのを感じて、気持ちのまま布団の上に倒れ込んだ。
    暗転。


     何か夢中になれるものが欲しい、と言ったのは沢北だった。マネージャーの松本は、その言葉に少し考え込んで「いい話がある」と切り出した。
    「お前に、舞台の話がきている」
    「舞台?オレ、やったことないっすよ」
    「知ってる。だから勉強になるかと思ったんだが、題材が題材でお前のイメージ的にどうかなと悩んでいた」
    題材?
    「台本とかないの?」
    あるぞ、と松本が取り出したのはA4サイズでホチキス止めされた数枚の紙だった。【罪(仮)】とだけ書かれた表紙を捲ると、簡単な文字で書かれた文章。本を読むのが苦手な沢北は、ウッと眉間に皺を寄せる。
    「難しい話?」
    明治や軍人などという単語が散らばっているから、現代物ではない事は分かる。
    「軍人と男娼が駆け落ちする話」
    「ダンショー?」
    「男の…まぁ、風俗嬢だ」
    「えっ男が男を?」
    「そう。だから、お前のイメージに合わないしと社長と悩んでいた。でも舞台の仕事はした事ないだろ?」
    ない。沢北のデビューは日本の現代ドラマで、それがヒットして一躍名が売れた。一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、沢北自身が「演技の勉強がしたい」とアメリカの演劇学校への留学を決め、渡米した。
    その留学が昨年終わり、日本に戻ってまた芸能活動を始めたばかり。そこに舞い込んできたのがこの話だという。
    「軍人役って…オレの顔に合わなくない?松本さんならまだしも」
    マネージャーの松本は、昔は役者として活動していたそうで、整った顔立ちにキリッとした眉毛が印象的な青年だ。沢北とそう歳は変わらないが、今では役者の夢をあきらめて沢北が在籍する事務所に就職し、マネージャーとして沢北を支えてくれている。
    「俺はもう役者じゃないぞ」
    「もったいない」
    沢北は飲みかけのジュースに手を伸ばした。松本が取ってくれる。気の利く良い男だ。
    「この舞台は新進気鋭の演出家がやると話題だ。それに、他のキャストもすごい」
    へぇ〜、と相槌を打ちながら台本に印字された演出家やその他スタッフの名前を見る。確かに、最近なにかと話題になる作品でよく見る名前が多くあった。
    「男娼役は、深津一成だ」
    「フカツ?」
    「舞台の世界では有名な、良い役者だ」
    「その人と俺が恋愛するって事かあ」
    深津の名前は知らない。顔が浮かばない。もともとテレビや映画など、映像特化型の沢北にとって舞台の世界は未知だ。
    沢北は、顔の良さと体格に恵まれた上に芝居の巧さで知られているが、調子にムラがあるのが弱点だった。撮影でのってくると素晴らしいカットを連発するが、のってくるまで時間がかかる。たった2分を撮影するのに2時間以上費やしたこともある。その代わり素晴らしい画が撮れるから、監督や共演者には感謝されるのだが、自分でも掴めないこのクセをなんとかしたいと思っていた。
    「でも、社長がダメって言ってるんでしょ」
    「うーん、それがなぁ、沢北にはちょっと過激な女性ファンも多いし、変に初舞台で女性とのラブシーンがあるより良いんじゃないかと言いはじめて」
    「なるほど」
    デビュー作の印象が強いのか、沢北の元に届く手紙やプレゼントの多くは女性からだ。自分自身も嬉しく思っているのだが、もう少し幅広い世代に支持されないとこの世界では生き残れない事も分かっている。
    「相手役の深津は、長いこと舞台役者として活躍していて男性や年配からの支持者も多い。芝居も安定していて、勉強になる所はいっぱいあるぞ」
    「…松本さん、妙にそのフカツって人を褒めるじゃないですか」
    「昔の仲間だからな」
    「えっ、そうなの?劇団時代の?」
    松本は、小劇場の劇団に所属していた。その時の仲間ということか。
    「受けるか?この話」
    「………」
    今すぐ答えは出せないが、少し考えてみたい。沢北の中に、まだ見ぬ世界で待ち受けるのが一体なんなのか、見てみたいという好奇心が芽生えた。
    そして、松本が言う深津という人が、どんな人なのかも知ってみたいと思った。
    沢北のキャリアに良い影響があるのなら、悪くない話かもしれない。
    「台本貸して、読んでみるよ。考える」
    松本が微笑んだ。その顔は、もうすでに沢北の考えている事はお見通し、とでも言いたげだった。
    おそらくこの話を受けるだろう事は、見抜かれている。だが、最後に決断を下すのは沢北で、その判断を委ねてくれている。
    「先方への返答期限はまだ少し時間があるから、ゆっくり考えろ」
    うん、と台本を鞄にしまう。脚本のこと、役柄のこと、そして相手役の深津のことを調べてから、きちんと返答しようと決めた。



    明転。
    場所は変わって士官学校。男と、あの日の友人が木刀を握っている。「どうだった昨日は、随分とお帰りが遅かったな」さぁ、帰り道が分からなくなって。「まさか、道は一本道だったはずだぞ。相当あれが良かったな」何を言ってる、俺はお前に付き合わされたから仕方なく。「ふん、でろでろの顔をしているな、締まりがないと教官に叱られるぞ」友人が男に向き合って攻めの姿勢を取る。男はなんなくそれをかわした。お前こそ、あの店にはよく行くのか?「まぁな、初めは兄に連れられて行ったんだ。お前も覚えておくといいと」なるほど。「瀞というのを付けたのか?見る目があるな、お前」店主に無理やり勧められたんだ。「俺が昨日買ったのは瀬(らい)といってな、店でも二番目に麗しいやつだ。その点、瀞は店でも特に人気でも不人気でもない。顔もそこそこで、技術はいいらしいが愛嬌がない。そうだっただろう。」さぁ、初めてだから分からない。「はは、まぁそうか。一定の客がつかないらしい。時々熱烈なのがいるが、瀞の方から拒否するらしく、店も困っていると言っていた。お前もそうなるなよ」まさか。俺はあの一度きりだ。「そうか、ならまた別の店を紹介してやろう。俺は詳しいんだ」また呑気なことを。それよりも、俺に一度でも成績で勝つ努力をしたらどうだ。「なにを言うか、次こそ俺が1番だ」木刀が打ち合う音が響く。
    暗転。


    「こんにちは、沢北栄治です。初めての舞台でワクワクしています。素敵な役を演じさせていただくこと、光栄に思います。よろしくお願いします。」
    挨拶は滞りなく進んだ。噂の深津一成は、沢北の隣の席に座っている。ダブル主演扱いだから、深津と沢北は真ん中で両隣だった。沢北が椅子に座ると、パチパチパチと拍手が起こる。座組のメンバーを見渡すと、若手からベテランの俳優までそれぞれで、その顔ぶれに言葉通りワクワクした。
    スッ、と隣に座る深津が音もなく席を立った。
    「深津一成です。演出家の丸山先生とは、2回目です。嬉しく思います。また勉強させていただきますので、よろしくお願いします。ピョン」
    ピョン?沢北は耳を疑った。パチパチパチ、と沢北の時と同じように拍手が起こる。いま、ピョンって言ったよな?え、オレだけ?と思って、他のキャストを見渡せば、なんでもない顔をしている俳優たちの中に、数名不思議な顔をして深津を見ている者がいた。
    やっぱり、空耳じゃなかった。
    スタッフの挨拶を聞き流しつつ、沢北は深津をちらと盗み見た。
    少し変な人なのかも、深津さんて。
    その視線に気付いたのか、深津と目が合う。
    「話聞けピョン」
    またピョンって言った。
    なんですかそれ、とか聞きたいのは山々だったが、今回のボスである演出家の挨拶が始まったので、沢北はグッと堪えて正面を向き直した。
    「では本読みから」
    きた。沢北は一瞬で、緊張が全身に走るのを感じた。
    台本を全員で読み合わせるだけだが、息が合うか、ニュアンスや雰囲気の擦り合わせができるかどうか、ここから始まるのだ。
    『まさかこれから遊郭にでも行くのか、女を抱きに?』
    自分でも分かるほど、沢北の声には緊張が乗っていた。これでは芝居ではない。ノってくるまで時間がかかりそうだ。自分なりに台本を読み込んで練習してきたのに、それが全く生かされておらず、今日はダメかもしれないと考えていた時だった。
    『こっち』
    隣の深津が第一声を上げた瞬間、沢北は目を見張った。先ほどまでの、不思議な雰囲気の深津ではなく、台本の中の瀞がそこにいた。
    慌てて沢北は、自分のセリフを追う。
    『名前は?』
    『きよい』
    二言目も見事だった。深津の言葉に、台本通りの会話であるはずが、続く沢北の言葉に自然な抑揚がつく。深津の演じる瀞によって、沢北の演じる男が呼吸し始めた感覚だ。
     
     顔合わせを兼ねていたので、本読みは一通り流しただけで終わった。帰りがけ、沢北は深津に声をかけようと近寄る。
    「深津さん!」
    重ためな二重瞼がぱちりと瞬きをして、沢北を見た。真っ黒な瞳が印象的だ。
    「今日、ありがとうございました」
    「何もしてないピョン」
    「いえ、なんか、凄かったです。初めての感覚というか…」
    「初めての舞台の稽古だから、そりゃそうなるピョン」
    「いやもう、なんて言ったらいいか分かんねーけど、深津さんとの掛け合いが気持ちよくて、いいパスもらった感じで…」
    フ、と深津が片方の口角だけ上げて笑った。少しニヒルな笑い方に、沢北はドキッとする。
    「沢北さんも、悪くなかったピョン」
    じゃあ、と頭を下げて稽古場を出て行こうとする深津に、待って!と引き留める。
    「沢北さんじゃなくて、沢北って呼んでください」
    「でも…」
    「深津さん、先輩だし年上だから」
    少し迷った顔をしたが、深津はそれもそうかと頷いた。
    「じゃあ、沢北。また明日、ピョン」
    「はい」
    沢北は嬉しくなった。初日からいい感じだ。深津とも仲良くなれた。迎えに来ているはずの松本に、今日のことを興奮気味に話す自分が容易く想像できる。


    明転。
    陰間茶屋。2階。紙巻たばこを吸う瀞の後ろから、男が抱きしめている。「帰らなくていいの?」いい。今日は外泊届を出している。「でも、どこに泊まるか書くんでしょう。そこにいないと大変じゃないんですか」誰もいちいち確認なんてしない。そんなことより瀞、たばこなんて吸わないでこっちにおいで。「もう、せっかち。少し休ませて」久しぶりに会えたんだ、瀞は嬉しくないのか。「嬉しい。でもさっきから、なにか焦っているように見えて忙しない。何かあったの?」何もない。瀞が好きだから一緒にいたいだけ。「本当?」本当だよ。ほらおいで。男は瀞に口付けた。
    暗転。
    男にスポット。
    士官学校卒業式。首席代表挨拶は、男が務めた。「国のため、天皇陛下のため、力を尽くすと…────」
    本当にそうだろうか?男の頭に浮かぶのは、いつもたった1人、紙たばこの匂いをまとった彼だけだ。
    暗転。


    沢北は混乱していた。
    「聞いてないっす!」
    稽古場で、台本片手に涙目で叫ぶ沢北に、演出家は呆れた顔をした。
    「聞いてないって言われてもねえ、台本に書いてあるから」
    確かにそうだ。そうだけれど、てっきり最初の一回だけかと思っていたのだ。キスシーンが。
    「まさか本当にやるわけじゃないピョン。ちょっと顔近付けて、それっぽく見える角度で頭を傾げるだけだピョン」
    「分かりますけど!でも、最初の台本より増えてません?」
    「増やしたから」
    なんでー…。沢北の声もむなしく、はいじゃあ続きから、の声で稽古が再開される。
    『嬉しい。でもさっきから、なにか焦っているように見えて忙しない。何かあったの?』
    深津が演じる瀞のセリフからだ。もう次のセリフは頭に入っている。このシーンはまだ、男の心情や素振りが想像しやすくてやりやすい。
    『本当?』
    『本当だよ。ほらおいで』
    沢北は、深津の肩に手を置いて顔を寄せ、頭を傾げた。それに合わせて深津が逆方向に頭を傾げる。深津の、ぽってりした唇が間近に迫る。沢北は、その唇に釘付けになってしまい、深津の肩を掴む手に力がこもった。
    「あーダメダメ、全然ダメ。それまでの動きはいいのに、男が突然固くなっちゃうなー」
    演出家の声にハッとして深津から離れると、深津が小さい声で「キスしたことないピョン?」と囁いてきた。
    「あ、ありますよそれくらい!」
    映画で何回も。でも、実際に気持ちのこもったキスなんて、もう随分と前のこと。男なのに、深津の魅惑的な唇に釘付けになっていたのを思い出して、沢北は童貞に戻ったのかよと自分を殴りたくなった。


    明転。
    士官になってからの日々は退屈だった。頭にあるのは瀞のことばかり。早く1日を終えて瀞に会いにいきたい。いつか瀞と一緒になりたい。そればかり考えて、肝心の仕事の方はおろそかだった。給料が入ってもすぐに瀞に使い果たしてしまう。
    父に呼び出された男は、暗い面持ちで居間に座る。「最近のお前なんだ、気合いが入っとらん」そんなことはないです。「なにか気に食わない事があるのか?言ってみろ」退屈なこの日々に。「何を言っている。黙って上官の言うことを聞いて従っておけば出世間違いなしなのだ。お前の同期がどんなに羨ましがっているか」そんなのは俺の手柄じゃなくあなたが勝手に寄越したものだ。「必要ないと言うのか?お前の人生に必要なものだぞ」俺の人生に必要なのは瀞だけ。父が眉を顰める。「誰だそれは」恋人です。「どこのどいつだ」上野に。「まさか風俗街に通っていると言うのは本当なのか」風俗?そんなものじゃない。俺たちは愛し合っている。「馬鹿げたことを言うな。お前には良いところのお嬢さんと結婚してもらわなきゃいかん」女なんかくそくらえだ。「まさかお前」何か?「男か」そうです。父は激昂して立ち上がった。男は打たれると思って目を瞑り歯を食いしばる。しかし、振り上げた父の拳が振り下ろされることはなかった。「よく分かった。」あなたが俺を分かったことなど一度もない。男は小さな声でそう呟いたが、父の耳には届いていない。「その男にはもう会わないように」何故です。「私が許さないからだ。」父の威厳ある言葉に、男は頷きもせず否定もせず、ただ黙って握りしめた拳を黙って見ていた。父が無言で居間を出ていく。話はそこで終わった。
    暗転。
    上官に呼び出された男。高らかに、上官は告げる。「九州、小倉への転属を命ずる──」驚き、仰ぎ見る男。その表情は険しく、何度も頭を振って現実を受け入れようとしない。
    そんな、なにかの間違いだ!なぜ!叫ぶ声は届かない。冷ややかに見下ろす上官。そんな男の背後から、あの日の友人が盗み見ていた。
    暗転。


    初日は、まさしく「なんとかこなした」という感じだった。ゲネプロから緊張しまくりだった沢北だが、生の観客を入れての舞台の上に立つのは本当に初めてで、始まる前に板付きした時の記憶は、初日カーテンコールを終えた今、もう既にない。
    ただ、演出家からの評価はまずまずと言ったところで、もっと直せるところあるけれどまぁ及第点かな、と優しかった。終わった後の沢北の表情が、死にそうになっていたからだと思う。
    舞台それ自体の評判は良く、SNSやネットニュースでも話題になった。
    【沢北栄治が初主演舞台 深津一成演じる男娼との禁断の恋】
    そんなタイトルの記事がネットを駆け巡って、沢北の個人アカウントへも応援と激励のコメントが届いた。
    初日を見た沢北のファンは「女の子とのキスシーンじゃなくて安心したけど、深津くんとのキスはドキドキした」とメッセージをくれた。社長の思惑通りだ。話題性もある。
     深津はまさしく、憑依型だった。元々の芝居のうまさもあるが、ハマればハマるほど、その演技に深みが増してくる。初日を終えて何度か公演を重ねるにつれて、深津と瀞の境界線がなくなっていく感じだ。
    「深津さん」
    終演後、声をかけると、深津はぼんやりとした顔で沢北を見つめた。
    「大丈夫ですか?なんか今日、ポヤポヤしてますね」
    「ん、大丈夫。瀞が抜けないだけ」
    語尾のピョンが無くなり始めて、沢北は本当に深津と瀞が一体になろうとしているんだと気付いた。役者として素晴らしい。けれども、沢北自身もそれに引っ張られて、瀞が抜けない深津を前にすると、沢北も舞台の上の男になったままのような気がして、少し怖かった。
     ある日のマチネ公演で、ささやかな事故が起こった。事故といってもなんでもない、顔を寄せるだけのキスシーンで、過って沢北が位置を間違え、フカツと唇が触れてしまった。ふに、と柔らかい感覚に、やべ、と一瞬頭が引き戻される。
    暗転した舞台の上で立ち上がると、深津が沢北の袖を掴んできた。沢北は無言で手を取る。次のシーンのため、沢北は舞台上を移動するが深津は袖に下がらなければならない。
    深津の──、瀞の手を握って、次のシーンの位置まで移動した。瀞はスポットが当たる直前に、男の横を抜けて袖に下がった。きゅ、と握りしめられた手の感触のまま、沢北は次のセリフを言う。


    明転。
    瀞の膝枕で横になりながら呆然とする男。瀞が頭を撫でている。「それで、投げ出してきたんですか」頷く男。瀞は男の頭を撫でる手を止めない。「お父様がしたことなの?」もう一度頷く男。男の父が、瀞と東京から、男を離すためにしたことに違いなかった。「考えたんですけど」瀞のその言葉に男は体を起こす。「本当に、もう会わない方がいいと思う」何を言い出すんだ。瀞までそんなこと。「あなたの将来を思ったら」俺にあるのは瀞との将来だけだ。「俺のためにそこまでしなくてもいいんです」なぜだ。こんなに愛しているのに。瀞を抱きしめるが、瀞は男を抱き返さない。「俺も愛してます。だけど許されない。ここまでしてくれたことは嬉しいですから。」そう言って微笑む瀞。泣きそうな顔を堪える。「ね、だから、お父様に俺ともう会わないと言って、転属を取り消してもらえるように頼んで」そんなこと望んでない。俺は瀞と居たい。…待っていると言ってくれないのか。「…待てません」瀞が男のシャツを掴む。「他にもお客さんがいる。俺とあなたはなんでもない。もう来ないでほしい」瀞…。体を離して、男は瀞と向き合うが、瀞は男の顔を見ようとしない。愛していると言ってくれたじゃないか。「もう愛していない」顔を背けたまま、瀞が言った。男は表情を失い、スッと立ち上がって言った。俺は瀞を愛している。そのまま立ち去る男。残された瀞は、呆然と男の後ろ姿を見届け、そのまま突っ伏して泣き始めた。「愛している。こんなにも愛している。自分が憎い、男のこの体が憎い。いつか、こんな時代じゃなくあなたと会えていたらどんなにいいかと何度考えたか」泣きながら叫ぶ瀞。その声が届くことはない。
    暗転。


     その日の深津はすごかったとネットでも大絶賛の嵐だった。男を見送り、泣きながら叫ぶ瀞のシーン。迫真の演技に、その場の観客たちは圧倒され、沢北自身も興奮がおさまらなかった。
    【深津くんやばい】
    【最後まで号泣してた】
    【何かあったのかな】
    【キスシーン、あんなに距離近かったっけと思ったの私だけ?】
    【沢北がどんどん良くなってる】
    【明日も見たいのにチケットない〜】
    様々な声が寄せられている。何かあったかって?あった。
    事故とはいえ本当にキスをしてしまって、沢北もその後の芝居に熱が入ったし、深津のその後のシーンは袖で見ていた沢北も涙を堪えるほどだった。舞台化粧が落ちるから袖では泣くな、と教えられたのに。
    そりゃあ、あれだけの芝居を見せられて興奮しないわけにはいかないだろう。
     終演後、深津と話したい、と楽屋口で待っていても、なかなか深津が出てこない。心配になった沢北が、深津の楽屋を覗くと、深津はティッシュをたくさん費やして涙を拭いていた。
    「深津さん大丈夫?」
    ん、と振り向いた目が可哀想なくらい赤い。たまらなくなって、沢北は駆け寄った。
    「抜けないんだね」
    うん、と頷く深津は、ほぼ瀞と言ってもいい雰囲気だった。手を握って、体を寄せて抱きしめた。沢北は沢北としてではなく、瀞のための、あの男として抱きしめた。
    「生きよう、最後まで」
    舞台の上で。
    深津が頷いた。
    しばらくして落ち着いた深津は、鼻をずびずび言わせながら残り少ないティッシュで鼻をかんだ。
    「すまん、迷惑かけたピョン。ちょっと戻れた」
    その言葉を聞いて、沢北は安心すると同時に、残念な気持ちになる。もう少し瀞のままでいてほしいような、でも本当の深津に会いたいような、不思議な感覚。
    それからの間、終演後に、瀞に引っ張られて戻れない深津を抱きしめ、落ち着かせるのが2人の間での秘密の約束となった。


    明転。
    小倉への転属のため、大荷物を持った男が玄関で家族に別れを告げている。敬礼する姿は士官らしい。軍帽をきゅっと直して、男は振り向き、歩き出した。その時、強い揺れと轟音。地面が揺れ、白煙が上がる。次に目を開けた時、男は倒壊した家屋と倒れ込む家族を見た。大地震が東京を襲ったのだ。家族を助け起こし、なんとか無事な者を探す。そしてすぐに、火災を知らせる甲高い音が響き渡った。驚きと動揺の中、男は何よりも先に彼を思った。瀞…!走り出す男。
    暗転。
    炎が町中を駆け巡っている。上野も大混乱の中にいた。煙と炎に巻かれながら、男はからがら上野の瀞の店までやってきていた。
    瀞!叫ぶと、店先から逃げ出してくる瀞の姿。草履を履く暇もなく、裸足である。
    良かった無事で。「その姿は…もう出発したとばかり」ここは危ない。安全な場所へ逃げよう。「安全な場所って」ふたりでここじゃないどこかへ。今なら逃げ出せる。「そんな場所はないんです」瀞の煤けた着物が肩から落ちる。「俺にはここしかない」瀞の足が止まる。男は瀞の腕を引っ張るが、瀞の足は止まったままだった。「どうか置いていって」瀞が男の腕を離した。何を言っているんだ。2人で、この混乱に乗じて東京を離れるんだ。今しかない。お願いだ。男の言葉に瀞は首を振る。「あなたと俺は、別の世界の住人だから」やめてくれ聞きたくない。「来世があるなら、そこで会おう」やめてくれ!
    パアン、と鋭い銃声。振り返って見ると、そこにいたのはあの日、男をこの場所へ連れてきた友人だった。
    「その通りだな」なにをする。やめろ。銃弾は瀞の太ももスレスレをすり抜けた。瀞は衝撃に驚いて尻餅をつく。「お前みたいに士官を誑かすやつがいるから、こうやって始末してやろうとしているのさ」男が友人を睨む。なんだって?「本当は、お前が小倉へ旅立ってからと頼まれていたんだがな。まだ東京にいたのか」こんな時に何を言っている。「俺は仕事をこなしにきただけだ。思いがけず大地震に見舞われちまったがな」仕事だと。男の頭に、父の言葉が蘇る。「その男にはもう会わないように」これが父のやり方だ。おおかた、瀞を秘密裏に殺せば出世させてやるとでも言われていたんだろう。「お優しいよなあ、お前の見てないところでやれと言うんだから」そうして銃を構える。瀞は虚ろな目で、標的にでもなるように両腕を広げた。やめろ!男が言うのと同時に、瀞の体を銃弾が貫いた。男は瀞に駆け寄り、溢れ出る血液を抑えようと瀞の腹部を手で圧迫する。瀞が、息も絶え絶えになりながら言う。「俺は…」やめろ、喋るんじゃない。「俺は、あなたに」言わないでくれ瀞。やめてくれ。「お返しがしたかった」瀞。「いつかまた会えたら」いつかなんて言わないでくれ。咳き込んだ瀞の口からも、血が溢れ出す。「退屈な、世界で、俺を救ってくれた、人、」呼吸が荒くなっている。瀞が男の頬に手を添えた。瀞を殺した男は、瀞の息がもう長くないと分かると、その場を立ち去った。「来世は」泣きじゃくる男に、瀞が微笑んだ。「俺が、あなたを、退屈から、救ってあげる」
    瀞は最後の力を振り絞って、男の後頭部を引き寄せ、口付けた。驚きながら、涙を流し続ける男。やがて、瀞の手がぼとりと力無く落ちた。男の慟哭が響く。瀞、なんてことを。ああ、瀞。俺が馬鹿だった。もっとちゃんと、お前とのことを考えてあげられたら良かったのに。亡骸を抱きしめ、謝罪し続ける男。ごめん、ごめんな瀞。許してくれ、すぐに、そっちにいくから。男は、懐から短刀を出すと、自分の喉に向かって突き立てた。愛している。それだけを言い残して。
    終幕。


     沢北の課題であった芝居のムラも、日に日に改善されていき、千秋楽が近付くにつれて集中力が高まっているのを感じた。この感じはわかる、心地いい。
    今までも何度かあった、けれどもあまり多くはなくて自分でも掴めなかった感覚。この感じを逃したくない。自分の五感が全て冴え渡っている。
    そして千秋楽。あぁ、今日は本当にキスしてしまうかも、と思っていた。ラストシーンの、瀞が男に口付けるシーンは、最後まで実際にすることはなかった。あの日の事故でキスしてしまった日に、2人と役は一層密接になった。
    きっと、口付けたら終わってしまうと沢北も深津も分かっていた。
     気持ちが昂ってしょうがない。楽屋で深津の顔を見た時、まるで本物の瀞に会えたかのような気持ちになって、胸が切なくなった。
    「深津さん、よろしくお願いします」
    深津が頷く。初めての稽古で会った日にはあんなにつらつらと話す深津が、千秋楽間近になると本当にほぼ話さなくなってしまった。
    「最後まで」
    深津がそれだけ言って、化粧台に向き直った。沢北はその言葉を受けて嬉しくなる。最後まで、俺の瀞になってくれる深津のことが誇らしい。


     ラストはスタンディングオベーションで迎えられた。最後に暗転して、沢北は深津を抱きしめる。本当に死んだように力を抜いている深津に、小さな声で囁いた。
    「ありがとうございました」
    涙が溢れて止まらなかった。
    ラストシーンの口付けは、お互いに、引力に引かれるみたいに口を寄せた。観客からは見えない角度だ。それでも、一度触れたことのある深津の唇に、沢北はもう一度触れたいと思っていたから嬉しかった。そしてこれが最後になると、役として、自分として分かっていたから、もっと辛かった。
    ぎゅっ、と深津が沢北を抱きしめ返した。
    「瀞がいなくなるまで、こうしていて欲しい」
    深津のその声音は、舞台上の瀞のままで、なのに言ってる事は深津だったから、ちぐはぐな感じがする。
    「俺のなかの男はいなくなったよ、キスできたから」
    深津がふんわりと笑った。いや、瀞か。分からない。分からないが、もう少しこのままでいたいと思った。割れるような拍手の中、この時だけの恋人を腕に抱いていたい。


     千秋楽から少し経ったある日、沢北は、交換したばかりの深津の連絡先に電話をかけた。
    「もしもし、深津さん?」
    「なんだピョン」
    もうすっかり、深津は深津に戻っている。役が抜けるまで時間がかかったようで、沢北に会うとまた戻ってしまうから、しばらく連絡してくるなと言われたのをしっかり守った。
    「戻れました?」
    「戻れたピョン。もう次の仕事してるピョン」
    「良かった。」
    沢北は胸を撫で下ろした。深津の声が聞きたいと思っていたからだ。
    「オレは明日からアメリカです。写真集の撮影」
    「ふーん。頑張って行ってこい。お土産頼むピョン」
    「はい、分かりました」
    「えっ、うそだピョン要らないピョン」
    「絶対買ってきます、お土産。だから、戻ったら飯行きませんか」
    深津は冗談で言ったつもりでも、沢北は本気だった。もう一度、ゆっくり会って話したい。あの舞台の間、たくさんの時間を過ごしてきたが、深津自身のことを聞ける時間はあまり無かった。
    聞きたいことがたくさんある。どうしてあんなに芝居が上手いのか。なぜこの世界に入ったのか。好きな本は?尊敬している人は?考えれば考えるほど溢れてきて、人として深津に惹かれているのだと自覚するのにそう時間はかからなかった。
    「わかったピョン」
    少し考える間があって、深津がそう言った。
    「嬉しいです。また連絡します」
    深津が電話の奥で、フっと笑った気配がする。初対面の時の、片側だけ口角を上げて笑っている顔が目に浮かんだ。
    電話を切ってすぐに、深津からメッセージが届いていた。
    『今度は待ってるピョン』
    瀞と男の、待っていてくれないのかのやり取りを思い出した。くすぐったくなって、嬉しくなる。
    かけがえのない作品に出会えた。
    『小倉より遠いところに行っちゃうけど、絶対戻ってきます』
    言葉遊びにも近い返事を送信して、沢北は目を閉じた。
    今でもあの日の歓声と、拍手と、眩しいライトが目に浮かぶ。
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    Replies from the creator

    Orr_Ebi

    DOODLE3/1のうちにあげておきたかった沢深。
    沢への感情を自覚する深の話。※沢はほぼ出てきません
    ・深津の誕生日
    ・深津の名前の由来
    ・寮母、深津の母など
    以上全て捏造です!
    私の幻覚について来れる方のみ読ましょう。振り落とされるなよ。

    ※沢深ワンドロライのお題と被っていますがそれとは別で個人的に書いたお話です
    シオンの花束 同じ朝は二度と来ない。
     頭では分かっていても、慣れた体はいつもの時間に目覚め、慣れ親しんだ寮の部屋でいつも通りに動き出す。
     深津は体を起こして、いつものように大きく伸びをすると、カーテンを開け窓の外を見た。まだ少し寒い朝の光が、深津の目に沁みた。雪の残る風景は、昨日の朝見た時とほぼ同じ。
     同じ朝だ。けれど、確実に今日だけは違うのだと深津は分かっている。少し開けた窓から、鋭い冷たさの中にほんの少し春の甘さが混ざった風を吸い込む。
     3月1日。今日、深津は山王工業高校を卒業する。そして、奇しくもこの日は、深津の18歳の誕生日であった。

     一成、という名前は、長い人生の中で何か一つを成せるよう、という両親からの願いが込められている。深津自身、この名前を気に入っていた。苗字が珍しいので、どうしても下の名前で呼ばれる事は少なかったが、親しい友人の中には下の名前で呼び合う者も多く、その度に嬉しいようなむず痒いような気持ちになっていたのは、深津自身しか知らないことだ。
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    Orr_Ebi

    TRAINING沢深ワンライお題「横顔」で書いたんですが、また両片思いさせてるしまた深は叶わない恋だと思っている。そして沢がバカっぽい。
    全然シリアスな話にならなくて、技量が足りないと思いました。いつもこんなんでごめんなさい。
    横顔横顔

     沢北栄治の顔は整っている。普段、真正面からじっくりと見ることがなくても、遠目からでもその端正な顔立ちは一目瞭然だった。綺麗なのは顔のパーツだけではなくて、骨格も。男らしく張った顎と、控えめだが綺麗なエラからスッと伸びる輪郭が美しい。
     彫刻みたいだ、と深津は、美術の授業を受けながら沢北の輪郭を思い出した。沢北の顔は、全て綺麗なラインで形作られている。まつ毛も瞼も美しく、まっすぐな鼻筋が作り出す陰影まで、沢北を彩って形作っている。
     もともと綺麗な顔立ちの人が好きだった。簡単に言えば面食いだ。それは、自分が自分の顔をあまり好きじゃないからだと思う。平行に伸びた眉、重たい二重瞼、眠そうな目と荒れた肌に、カサカサの主張の激しすぎる唇。両親に文句があるわけではないが、鏡を見るたびに変な顔だなと思うし、だからこそ自分とは真逆の、細い眉と切長の目、薄い唇の顔が好きだと思った。それは女性でも男性でも同じで、一度目を奪われるとじっと見つめてしまうのが悪い癖。だからなるべく、深津は本人に知られないように、そっと斜め後ろからその横顔を眺めるのが好きだった。松本の横顔も、河田男らしい顔も悪くないが、1番はやっぱり沢北の顔だった。
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    Orr_Ebi

    TRAINING喧嘩する沢深。でも仲良し。
    なんだかんだ沢が深に惚れ直す話。
    とあるラブソングを元に書きました!

    大学生深津22歳、留学中沢北21歳くらいをイメージしてます。2月のお話。
    期間限定チョコ味 足先が冷たくなっていく。廊下のフローリングを見つめて、何度目か分からないため息をついた。
    「ちょっと頭冷やしてきます」
     深津さんにそう告げて部屋を出てから、15分は経っている。もうとっくに頭は冷えていた。爪先も指先も冷たくなっていて、暖かい部屋の中に入りたいと思うのに、凍りついたようにその場から動けなかった。
     なんて事ない一言がオレたちに火をつけて、すぐに終わる話だと思ったのに、想定よりずっと長くなって、結局喧嘩になった。オレが投げかけた小さな火種は、やがて深津さんの「俺のこと信用してないのか?」によって燃え広がり、結局最初の話からは全然違う言い合いへと発展し、止まらなくなった。
     いつにも増して深津さんが投げやりだったのは、連日の厳しい練習にオレの帰国が重なって疲れているから。そんな時に、トレーニング方法について何も知らないくせに、オレが一丁前に口出ししたから。それは分かってるけど、でも、オレがやりすぎなトレーニングは体を壊すって知ってるから、心配して言ったのに。
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