【トラップ&トラップ】(1)
──このセカイの果てはどこなんだろうね。
始まりは類の、そんな些細な疑問からだった。
言われてみれば確かめてみたことがない。ただここは、どうやらオレが思っている以上には広いらしい。来ていると話には聞いていたものの長く姿を見たことがなかったリンも、オレ達がまだ行ったことがない場所辺りで楽しくやっていたようなので、間違いないだろう。
しかし。
「いくら広いからといって、これは何なんだ……」
とある休日。セカイの舞台があるテントからはかなり歩いた地点でオレと類は足を止めた。二人で見上げた先には、アトラクションなのだろうこじんまりした建物があった。だが問題は──その建物のてっぺんに掲げられた大きな看板だ。
「《Eトラップダンジョン》……冒険物のアトラクションなのかな?」
「それにしては外観が地味すぎじゃないか?」
看板こそド派手なネオンになっているが、他には何も飾りはなく、ただの灰色の箱とでも言った方がしっくりくる建物だ。町の片隅ならともかく、このセカイにある賑やかでキラキラしたアトラクション達の中へ混じっている様には違和感しかない。
類は腕組みをして何やら思案する素振りを見せたが、すぐに腕を解いて建物を指さした。
「考えていても仕方ないね。少し入ってみようか──」
「まてまてまてまて! こんな怪しげな所にホイホイ入っていこうとするな!」
進んでいこうとする類の腕を慌てて引っぱる。が、意味が分からないと言わんばかりに見開かれた淡いシトリンの瞳がオレを映した。
「怪しげというけれど、ここは君の想いから出来たセカイだろう?」
「そうだが……そもそもここは、そのオレが理解できんものがわんさとあるんだぞ!? もし何か危険がある場所だったらどうする!」
わんさとあるというか、ほとんどがそうなわけだが。類はくすくすと肩を揺らした。
「心配性だなぁ」
「当たり前だっ! 類にもしもの事が……あったら、と、思ったら……嫌に決まっているだろう……っ」
言ってる内に恥ずかしくなってきて、どんどん声が尻すぼみになってしまう。目も合わせられない。すると、優しい手つきで頬をするりと撫でられた。
「わかったよ。君がそこまで言うなら諦めよう。……恋人に、悲しい顔はさせたくないしね」
「類──」
安堵してぱっと顔をあげて。オレはすぐに後悔し、自分の浅はかさを嘆いた。
なぜなら──そこにあったのは類のアレな表情だったからだ。しかもなんというか、恋人という贔屓目のフィルターをかけてもかなりぶっ飛んでいる系の。……嫌な予感しかしない。
「お、おい、類……?」
恐る恐る声をかけると、類はやたらと芝居がかった動きで天を仰いだ。
「愛しい君から言われてしまったら僕には抗う術がない……でも君が僕の為に『代わりに中へ入ってくれる』と言うなら、止めやしないよ。ああ、止めやしないとも!」
「おまっ……まさか最初からそのつもりで……っ!」
オレの言葉に、腕を伸ばして空を見上げたポーズのままぴたりと動きを止める、類。きょろりと眼球だけを動かしてこちらを見やり──目が合うとにんまり笑んだ。
「さぁどうするんだい、未来の大スターの司くん?」
はめられた。完全に罠だった。もしかしたら、ここにこんな建物がある事も知っていたんじゃないだろうかと、邪推すらしてしまう。
だが、例え罠だったとしても──そんな風に言われてしまったら、オレが選ぶべき選択肢はひとつだった。
腰に手をあてて、大きく胸を張る。
「ふっ……み、未来の大スター! この天馬司は、こんなアトラクションひとつに臆しはせん! 待っていろ類、すぐに踏破してきてやるからな!」
さすが司くん、という空々しいせりふと拍手を聞きながら。オレは内心、ひどく頭を抱えたのだった……。