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    nino_0904

    ニノマエのぽいぽいする場所

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    nino_0904

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    はなさんのフリー素材から妄想してたんですが、長くなりそうな上に全く始まらない曦澄にとりあえず、進捗だけあげておきます。

    #曦澄

    タイトル未定1観音堂において、義兄弟を手に掛けた。その瞬間、世界はひび割れた。

    なぜ
    どうして
    いつ
    どうすれば
    どこで
    私は
    私が
    私を
    私の
    ……




    世界が途端に鮮やかさを失い、音は小さくなった。
    膜が張った外側から、辛うじて家族の声が言葉を成していた。対応をしなくては……そう思うのに、自分が何かをすることで起こる弊害が恐ろしく、身動きが取れず、考えることが出来ず、言葉を音にすることも出来なくなった。

    弟が仙督となり、宗主としての仕事は叔父上が行ってくれていることは理解していた。迷惑を掛けていることを、心苦しいとは思うことが出来た。しかし、宗主として戻るべきと、寒室から出ようとしたら、扉に掛けた手が赤く染まって見えた。ぎくりと固まり、背けるように目を閉じ、恐る恐る開ければ扉が見えていたはずが、自分以外何も無い闇の中に居た。手が震え、喉がひりついた。

    -阿瑤……!

    視界が滲み、息苦しい。このような苦しみがあるのなら、いっそ……あの時あの子と共に逝っていればよかった。


    がばりと起き上がり、木牀の上で荒い息を整える。いつの間に寝たのか。どこからが夢だったのか……。あれから、どれぐらいの時が流れたのか…。全ての感覚が鈍くなり、暑さも寒さも暖かさも肌寒さも、鳥の声も風の音も、全てが膜の外の出来事で、感覚を動かすこともなくなった。

    寝ているのかも、起きているのかも、わからない。ぼんやりと視線を動かすと、闇に包まれていないことで、辛うじて薄皮の張った膜の向こうで時が移ろっていることを認識した。

    けれど、それだけだ。

    全てが朧気で、全てのことに向き合うことにも、疲れ果てた。修位の高さ故に今も生きてはいるが、普通の人だと既に死んでいてもおかしくない。なぜ、修位など高めてしまったのか。高くなければ、そも、宗主の器でなければ、……確かに成せないこともあった。しかし、それも、あそこに繋がっていて……。

    堂々巡りを繰り返し、やはり疲れ果てた思考では、自分はどうするべきという前向きな答えは得られない。やはり、あの子と……。

    そこまで考えた時、扉の外から人の気配があった。忘機だろうか。常なら「忘機かい?」と尋ねるのだが、声は音になることもなく扉から目を逸らした。やはり、駄目なのだ。関わることこそが、事象を起こし、そこに起因した自分は責任を負うことが恐ろしい。ならば、目を背け、私はもう消えてしまえばよいのだ。


    そう思うと、薄膜は厚くなり、色も音もなくなった。




    -------


    「じゃんちょーん!話聞いてくれよー!!」
    「断る!そもそも俺は宗主としてやるべきことをするために、藍先生を訪ねたにすぎない。なぜお前がここにいる!」
    「そりゃ、藍先生に許可を貰ったからだよ!」

    なぜ、と思う。なぜ、許可など出したのかと。いや、もしかするとそもそも許可なんて貰っていないのかもしれない。

    「……本当か。」
    「何がだ?」
    「藍先生に許可を貰っているかだ。」
    「疑り深いなぁ」

    誰のせいでこうなった、と思いつつも、出された茶に口をつける。話を聞いてやる、という合図だ。それがわかったのか、魏無羨の口角が上がった。

    「頼み事があるんだ。沢蕪君のこと…沢蕪君の閉関をやめさせたいんだ。」
    「……なぜ。仙督殿もいるだろうし、藍先生もいるのだ、閉関は問題ないだろう。」
    「確かに、そういう意味では閉関は問題ないけど…でも、お前だって、辛い目にあっても立ち上がって、前に進んだだろう。そろそろあの人も前へ進むべきだ。」
    「そんなものは、周りの尺度ではかるものじゃない。沢蕪君にとって必要な期間、立ち止まらせてやってもいいのではないか。それに…」

    俺の辛い目には、お前のことも含まれているのだと、険しい目を向ける。

    「悪かったって。ことお前の辛い目には、俺も言葉を尽くすべきだと思ってる。でも、今はちょっと横に置いてくれ。」
    「調子のいいやつめ。……いいだろう。まずは、話を進めろ。」
    「ありがとな。……で、だ。確かにお前のいう通り、姑蘇藍氏は人材も豊富なお陰で、宗主が閉関しても問題なく居られてる。でもな、……あれは閉関じゃない。あれは、今すぐ辞めさせないといけない。」
    「どういう意味だ。」


    「沢蕪君は、死ぬつもりだ。」




    話はこうだった。
    観音堂の事件の後、義兄弟を手に掛けたことから、沢蕪君は茫然自失となった。
    どうにか姑蘇には帰ってきたものの、反応が薄くなり、最近は声を掛けても聞こえていないのか反応が無くなったのだという。
    食事をする気配もなく、やつれていく様には含光君も心を痛めているという。

    「目が…死んでるんだ。」
    「ほぉ……。」
    「お前が、金丹を失った時みたいに……。ヤケにはなってないけど、でも……全てを諦めきってて……。」

    信じていたものに裏切られ、己の手で義兄弟を殺す心情とはいかほどのものか。わからんでもない。だが、俺自身、憎しみと悲しみとそして自身の傷でどうにもならないのに立ち上がらなくてはならない時、立ち上がれと言ってくれたあの人が死を選ぶ様は、見たくないと…そして、そんな知らせが入るのも嫌だと、思ってしまった。

    「周りの者の声に反応がないということは、外界との感覚を全て閉じているのだろうな。」
    「そんなこと、出来るのか。」
    「出来る。……いや、そうしてしまうのだろう。」
    「どういうことだ?」
    「それだけ、自分が生きるということに価値を見いだせず、自分が生きることで自分が関わることで起こりうる事象全てが、恐ろしいのだ。」

    自然と視線を、ここから見えるわけでもない寒室へと向ける。俺がそうなりそうな時、俺の周りには誰がいた。誰が声をかけた。誰が、……させてくれなかった……。

    「江澄も、そんなことがあったのか……。」

    申し訳なさそうな声を出すぐらいならなぜ…と思うのも、馬鹿らしくなるほど、過去が過去になりつつあることにハッと自嘲混じりに息を吐く。

    「馬鹿め。俺がそんな性格か。俺が辛い時にも立ち上がれた理由はそこにもあるだろうな。俺と沢蕪君では、性格が違うだろう。義兄弟を手に掛けたことを誉めそやされるのは似ていても、痛みも感情の動かし方も違う。」
    「江澄……。」

    他人なのだから、同じではないと告げ僅かに当時の記憶に触れる。

    「そう言えば崩れそうになる度に、沢蕪君に支えていただいたな。借りはある。……いいだろう。俺なりにで良ければ手を貸す。だが、こちらからの声に反応のない人に、どうやって働きかけるんだ?」
    「そうなんだ。そこなんだよな……。なぁ、江澄。沢蕪君を紫電で打つとか」
    「出来るわけないだろう。」

    馬鹿な発言に間髪あけずに答える。

    「だよな。…そう、だよなぁ……。でも、藍湛や藍先生の呼びかけはだめだったし。思追や景儀もだめだったし。俺もやってはみたんだよ。藍湛が許してくれる範囲でだけど、驚かせてみたり、ちょっとした術を発動させてみたり。でも、ほんと、無反応でさ……。」

    どんなことをしたのか、具体的に聞いていくと、なかなかに怒らせるようなこともしていたが、まあ終わったことをこちらがとやかくいうことではない。

    どうすれば、戻ってこれる?彼は、俺にどうしてくれた?…いや、あの時は有難くもやや迷惑でもあった。してくれた、などという言い方は違う気がした。……彼に何をされた?

    言葉を尽くし、献身的に慈愛を持って、万人のために俺が必要なのだと、説教という名の鼓舞をしてこなかったか。時にヤケにもなり、血眼に探す温氏の連中に襲いかかろうとしたら、力ずくで止めてこなかったか。……そこまで思い出して、怒りにも似た感情が沸いた。

    自分とあの人は、性格も人となりも、それを形作る環境からして違った。だから、この今の状況も仕方のないことなのかもしれない。それは理解出来る。しかし、あの人は俺に容易く折れることを許さなかった。立場のある人間が容易く死んではならない。雲夢の民たちにとって、雲夢江氏の宗主である自分の存在こそが生きる希望になるのだと。仙門世家にとっても、温家を討つ時の旗印の1つになれる。だから、傷が癒えたら立ち上がれと。生きることこそ辛い時に、それでも生きろと課したではないか。

    -お前だけ逃げるのか、藍曦臣。

    そこまで考えると体は直ぐに動いた。

    「江澄?」
    「沢蕪君の所へ行く。」
    「へ?」
    「こちら側を、無理やりにでも認識させてやる。」

    --------

    視線を向けていたところが、乱暴に開いた。開いたということは、そこは扉だったのだろう。血に染っていない扉から誰かが入ってきたようだが、その声はくぐもっていてよく聞き取れない。

    『江澄!』
    『離せ魏無羨!こんな腑抜けた姿を見せられて、黙っていられるか!沢蕪君は…この男は、自分の都合でお前たちを蔑ろにしているんだぞ!!』

    手近にあったのだろう何かが、こちらに向かって叩きつけられひびが入った。その音は、あの子の体を貫いた時に鳴った世界の音だった。体が固まる、ピシリと。ピシリ、ピシリ……それは、世界がひび割れた音なのか。投げつけられたものが割れた音なのか。それとも、私の心が砕けた音なのか。

    「それに、……俺には宗主として立ち上がれと、力を貸せと言っておきながら、自分はのうのうと腑抜けとは!!馬鹿にしている!!!」

    ひびの入ったものが、パリンと割れた。途端に男が叫んでいた言葉が、意味を成したことに驚いた。

    「ご立派な慈愛と博愛をもって、貴方は俺に死にたい程の場所で、生きろと言ったくせに、その実、あなたは死ぬのか!自由なものだ勝手なものだ!だが、そうだな。人は自由であるべきだ。貴方が死ぬのも、生きるのも、何もせず生きながらにして死んでいるのも、また自由だ。俺が勝手に……あの時の貴方に多少は感謝し、尊敬を抱き、そして今、そのような貴方に失望をしただけだ!」

    膜を突き破ってきた、厳しい言葉は、まっすぐに聞こえた。そう言った人物をそろそろと見あげると、その顔は怒ったような耐えるような顔で、その紫水晶の瞳には揺れる膜が張っていた。

    「江、宗主……」
    「やっと顔を上げたか。」

    紫水晶の持ち主は、雲夢江氏の宗主江晩吟だった。苛烈であると言われる彼が、その実、実直で懐に入れた人間には驚くほど暖かい人間であることは知っていた。しかし、私はこの人と積極的に関わりを持っては来なかったから、きっと内側の人間ではないのだろう。そこからの、先程の言葉だ。納得がいった。やはり、私は………。

    -------



    「随分と甘ったれたものだ。甘えられる貴方が羨ましいな。だが、甘えて甘えて、甘えたまま逃げて……甘えた人に、環境に、悲しみを落とすのは許されない……!死した後その恩を、お前はどうやって返すのだ!!」
    「私など、そもそも存在することが…。」

    叱責するように声を荒げれば、か細い声が聞こえた。

    「まだ甘えるか!」

    紫電がパチリと怒りに反応するも、響いたのは手で頬を打った乾いた音だった。

    「じ、江澄!!」

    慌てたように魏無羨が止めようとしてくるのを手で制していると、目の前の男の眦が僅かにつり上がった。それを認め、自分の口角も挑戦的に上がる。

    「どうした、沢蕪君。」
    「貴方に、……貴方に何がわかるというのです!」
    「貴方の事などわかるものか!」
    「なら、口を出して来ないでいただきたい!!」
    「藍家宗主であり、高名な沢蕪君の言葉とは思えないな!周りを見て、今自分がやるべき事は、なにかを考えろ!!」
    「っ!!」

    それは嫌だというように、目が逸らされる。子どもの癇癪と思った。いや、それよりも複雑かもしれない。道理はわかる。やるべきことも理解できる。しかし、それをすることが、恐ろしいのだ。

    もし
    自分が
    あの時
    あの人が
    あそこで

    様々なことを考えるから、身動きがとれなくなるのだ。

    「沢蕪君。……貴方は、藍家宗主であり、沢蕪君である。だが、藍曦臣でその心を見てみたか。」
    「何を突然。仰る意味が…どれも私でしょう。」
    「いいや違うな。肩書きも号もない、ただの貴方だ。誰の見本でも理想でもある必要のない、貴方だ。」
    「誰の見本でも、理想でも、ある必要のない、私……。」

    頷くと、しばらく後沢蕪君の目に薄膜が張る。それは、見る間に盛り上がり、頬を伝った。膝をつき、視線を合わせ、肩に手を置く。ぽんぽん、と二、三回肩を叩けば、その体が震え出す。

    「私はっ……阿瑤をっ……ただ……!私は、視野が狭かったかもしれない。都合のよいものばかりを見ていたのかもしれない。それでもっ……それでも、あの子を……慈しみ…守りたかった…!!」

    慟哭が響く。

    「それでもっ!それでも…私は、あの子を……この手で……。なのに、……!!」
    「なんだ。泣けるではないか。怒れるではないか。なら、耐えるな!その心は、感情は、貴方のものだ!なぜ心を殺す…!!」
    「貴方になにがわかる!!」

    恐らくこの人に突き飛ばされたことがある人間など、そうそう居ないだろう。それこそ温家のものぐらいか。それはそれで癪ではあるが致し方あるまい。

    「わからないな。目を曇らせた貴方の気持ちなど!!見てみろ!!」

    扉の外を指せば、はっとしたようにその顔が固まる。

    「貴方の部屋でこのように騒ぎを起こせば、含光君も藍先生も、魏無羨も、門弟たちも皆が駆けつける。貴方が宗主だから?沢蕪君だから?それもあるだろう!だが、それだけか?本当にそんな肩書きだけで、これだけの者が揃うのか??違うだろう!家族だからじゃないのか??これだけの家族が居て、皆が心配しているというのに、その心配を拭うことも出来ないのか。義理の兄弟に義理を尽くすのも大概にしろ!本来尽くすべきものを誤るな!!」

    沢蕪君の目が大きく見開く。周囲には、魏無羨、客対応をしていたであろう含光君、藍先生、藍家の門弟などが数多く騒ぎを聞いて顔を出していた。だが、誰1人としてこちらを止めようとはしていなかった。沢蕪君への礼儀の欠けた態度を咎めるよりも、沢蕪君が物事に反応したことに驚き、そして喜びを感じているのだろう。

    ここまで心配を掛けている沢蕪君に怒りと嫉妬を感じ、心配をしてくれる存在が近くにあることを羨みつつ、その存在が在ることに安心もする。ほっと思わず息を吐いた。この人は大丈夫だ。俺がどれだけ激しく感情をぶつけようと、沢蕪君に言葉を尽くし慰める人も心配を向ける人もいる。家族が、いるのだ。これが、あの時の俺の立場だったなら、この性格の沢蕪君では戻って来れない。やはり、この人は恵まれている。恵まれた環境にあれるだけのものを持っている素晴らしい人なのだ。知らず笑みが漏れる。良かった…。

    手が動き赤く腫れている頬を痛むと感じたのか、そろそろとこちらを見たまま頬に手を触れる。ようやく痛覚が通ったらしい。これで少しは周りを見れるだろう。俺がやれるのはここまでだ。

    「目が覚めたようだな、沢蕪君。失礼した。非礼は如何程にも詫びよう。後日改めて来る。それまでに、少しは貴方が回復されていることを願っている。」

    拱手と共に退室を告げると、寒室を出て真っ直ぐに藍先生の元に行く。

    「藍先生に謝罪を。立場あるものというのに、藍家において藍家を荒らし、その上姑蘇藍氏宗主に手を上げた。申し訳ない。……罰は一旦仕事を片付けた後受けに来るのでも宜しいか。」
    「江澄待ってくれ。それなら、お前に沢蕪君をどうにかしてくれと言った俺がっ」
    「お前は黙っていろ、魏無羨。話は聞いたが、やり方は俺が選んだ。それに、これは私情での行為だ。俺は、沢蕪君に対して怒りのまま、口汚く声を上げ、手を上げた。藍先生にとっては甥子であり、仙督である含光君にとっては、兄君である。家族の目の前でのこのような蛮行は、許されるものではない。」

    藍先生と並び立つ含光君にも、拱手のまま頭を下げ言葉を待つ。

    「江宗主、顔をあげてくれ。」

    静かな含光君の声に顔を上げる。声はいつも通りだが、何度か関わるうちに瞳の奥には感情があることを知っている。

    「確かに、貴方の行動は目に余った。だがその行動は私たちでは出来ないことだ。そして、それ故に、兄上が反応をしてくれたのだと思われる。まずは、……感謝を。」
    「感謝と口にしながら、その目で私は殺されそうだがな。」

    内心はどうあれ、今は不問にされている言葉にふっと息を吐く。

    「だが、随分と場を荒らしたのは事実。後日、改めて詫びに来させていただく。その時に罰とあれば甘んじて。では、失礼する。」

    藍先生との用も終わってからの事だったため、身を翻すとその場を辞す。言いたいことは言った。湧き上がった感情のまま、八つ当たりもしたがまあ…後日詫びればいい。感情を胸のうちに溜めなかったためか、すっきりしたという気持ちのまま御剣し、雲夢までの空を飛んだ。



    ---------

    呆然と真っ直ぐに伸ばされた後ろ姿を見送った。入れ違いに魏無羨が部屋へと入ってきて、水に濡れた布を差し出される。

    「沢蕪君、冷やした方がいいですよ。本気でないにしても、あいつの平手は中々痛い。」

    魏無羨と布を交互に見て、ありがとう、と受け取ればほっとし息を吐く音が聞こえた。

    「……心配を、掛けました。」
    「心配ぐらいさせてくださいよ。家族なんだから。」

    外に目をやれば、こちらに来る忘機と立ち去る紫の衣の端が見えた。今、彼は帰ったのだろう。戸口の外に叔父上が。さらに周囲に門弟たちの姿も見えた。阿瑤の姿は無かったが、それでも家族がそこにいた。

    「忘機……。」
    「兄上……。」

    立ち上がり大きく息を吐き、まだぎこちないながらも笑みを作る。

    「迷惑を…沢山、掛けたね。」

    目が安堵に染まり首を横に振られる。

    「家族です、兄上。」
    「そうだね、家族だ。……ありがとう、ここまで待っていてくれて。」
    「いえ……。」
    「叔父上も、本当にご迷惑を。」
    「曦臣。今は、心身の回復に努めなさい。」
    「感謝を……。」

    あの日のどこまでも暗い空を瞼の裏に閉じ込め、久方ぶりに見上げた空は抜けるような青だった。
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