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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    恋綴3-7(旧続々長編曦澄)
    別れの夜は

    #曦澄

     翌日、江澄は当初からの予定通り、蔵書閣にこもった。随伴の師弟は先に帰した。調べものは一人で十分だ。
     蔵書閣の書物はすばらしく、江澄は水に関連する妖怪についてのあらゆる記述を写していった。その傍ら、ひそやかに古傷についても調べた。しかしながら、薬種に関する書物をいくらひもといても、古傷の痕を消すようなものは見つからない。
     江澄は次に呪術の書物に手をかけた。消えない痕を残す呪術があることは知識として持っている。その逆はないのだろうか。
     江澄は早々に三冊目で諦めた。そもそも、人に痕を残すような呪術は邪術である。蔵書閣にあるとしても禁書の扱いであろう。
    「江宗主、目的のものは見つかりましたか」
     夕刻、様子を見に来た藍曦臣に尋ねられ、江澄は礼を述べるとともに首肯するしかなかった。
    「おかげさまで、江家では知識のなかった妖怪について、いくつも見つかりました。今までは海の妖怪だからと詳細が記録されてこなかったものについても、写しをとることができました」
     たしかに江家宗主としての目的は果たせた。これ以上に藍家の協力を得るのは、理由を明かさないままでは無理なこと。
    「あなたのお役に立てたなら嬉しいですね」
    「ご厚情、感謝いたします」
     江澄は拱手をして、顔を伏せた。藍曦臣も拱手を返す。
     顔を上げたとき、藍曦臣は穏やかに微笑んでいた。
    「ところで、江澄」
     江澄はぎくりとして、わずかに肩を引いた。藍曦臣は言外に宗主としてではなく、と含んでいる。
     今朝はこの人の腕の中で目を覚ました。
     あたたかな体温に、ひどく安らいだ夜を過ごしたが、自分の醜態を思い出すと、明るい中で顔を見るには勇気が必要だった。
     なんとか朝は平静をつくろってやりすごしたというのに、夕刻前になってなんの用だろう。
    「今晩も泊まっていくと聞きました」
    「そうだが」
    「夕食後は寒室に来てくれますか」
     長い指が江澄の手をすくう。
    「あなたと二人で過ごしたい」
     何故、今、こんな場所で!
     乾いた音が立った。手を払われた藍曦臣も、払った当の江澄も、目を見開いて互いの手を凝視した。
    「すみません」
    「すまん」
     拒絶をするつもりではなかった。しかしながら、ここは人目につく場所であるし、それに昨夜と同じようにあんなふうに手に触るから。
    「いえ、私がいけなかったのです。江澄」
     江澄は思わず背後に手を隠した。
    「では、夕食の席で、また」
     藍曦臣は背を向けて寒室のほうへと去っていく。
     背中の後ろで抹額がひらひらと頼りなげに揺れている。
     江澄は再び机に向かい、一心不乱に文字を写した。
     しかし、耳に藍曦臣の声がこびりついたまま消えていかない。目をつぶるとまぶたの裏に微笑む顔が浮かんでくる。
     結局、藍家の師弟が呼びに来るまで、江澄はただひたすらに文字を書き続けた。


     ――寒室に来てくれますか。
     江澄は頭を振った。
     食事の後、江澄は客坊に戻ってきた。藍啓仁、藍忘機、魏無羨までいる中で、藍曦臣は引き止めることこそしなかったが、江澄は始終もの言いたげな視線を浴びることになった。
     寒室に行って、どうする。
     ため息が漏れる。
     明日の朝には雲深不知処を出る。雲夢に帰れば、またしばらく会えない日々が続く。
     かといって、昨日のことを思うと寒室には行けない。
     江澄は両手で顔を覆った。
     なんという醜態をさらしたのか。
    「じゃんちょーん」
     突然、低い声がして、江澄は飛び上がった。
    「魏無羨! おどかすな」
    「おどかすなはこっちの台詞だ、なんだあれ、どういうことだ」
     魏無羨はずかずかと室内に入ってくると、江澄の前に座った。
     江澄はすっと手を差し出した。
    「なにもないのか」
    「図々しい奴だな、今日は土産はなしだ」
    「お前に言われたくないぞ。それで、いったいなんの用だ」
    「沢蕪君だよ」
     魏無羨はいたって真面目な顔で切り出した。
    「ずーっとお前しか見てなかっただろ。それなのにお前は一言も口を利かないし」
    「余計な世話だ」
    「沢蕪君に傷のことでなんか言われたのか」
    「違う」
     江澄は即座に否定したが、魏無羨は疑いの目を向けたままだ。
    「だって、お前、薬を探してるんだろう? 前はそんなもの気にしてなかったのに急に」
    「黙れ!」
     雲深不知処では禁じられている大きさの声だった。
     魏無羨は目を丸くしている。
     江澄はしかめ面のまま口をつぐんだ。どんなに察しがよかろうと、そこは踏み入ってほしくない領域だった。
    「悪かったよ、江澄。だけど、なんかあったら言いに来いよ」
    「誰が行くか」
     魏無羨は本当にそれだけを言いにきたようだった。彼は立ち上がると、江澄の頭をなでた。
    「ひとつだけ、羨哥哥から言っとくぞ」
    「だから、余計な……」
    「絶対に手を離すなよ」
    「は?」
    「この世では人の身もはかないもんだからな。手を離したら最後ってこともある」
     それはよく知っている。
     何度も、何度も、身に刻まれた。
     だが、目の前の感情に揺さぶられると、いつのまにか忘れてしまうこともある。
    「置いていった一人のくせして」
    「だからだろ」
     魏無羨はにやっと笑って、廊下から庭へと飛び降りた。
     闇の中へと黒い衣が溶けてしまう。
     江澄は手を伸ばしかけて、拳を握った。
     せっかく手が届いたのだから、手放すことのないように。
     まもなく亥の刻である。
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     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
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     選べなかった。どちらにしても悪い結果にしかならない。
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    1437

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    「とりあえず、水を」
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    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
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    「よかった、あなたをお守りできて」
     藍曦臣は目を細めた。その拍子に目尻から涙が流れ落ちる。
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    「おかげさまで、俺は無事だったが。しかし、あなたがそ 1337

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    「おはようございます」
     涼亭には藍曦臣がいた。見慣れた校服ではなく、江家で用意した薄青の深衣をまとっている。似合っていいわけではないが、違和感は拭えない。
     江澄は拱手して、椅子についた。
    「さすが早いな、藍家の者は」
    「ええ、いつもの時間には目が覚めました。それは蓮の花托でしょうか」
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    PROGRESS長編曦澄11
    兄上やらかしの全貌
    (重要なネタバレを含みます)
     蓮花塢の風は夏の名残をはらみ、まとわりつくようにして通りすぎる。
     江澄は自室の窓辺から暗い蓮花湖を見下ろした。片手には盃を、片手には酒壺を持っている。
     一口、二口、酒を含む。雲夢の酒である。
     天子笑はこれもまた美味であるが、雲夢の酒はもう少し辛い。
     もう、三日前になる。雲深不知処で天子笑を飲み、浮かれた自分はこともあろうに藍曦臣に酒をすすめた。
     まったく余計なことをしたものだ。
     江澄は舌を打った。
     
     酒を飲んだ藍曦臣は、しばらくはただにこにことしていただけだった。
    「味はどうだ?」
    「味、ですか」
    「うまいだろう?」
    「そうですね。おいしい……」
     突然、藍曦臣の目から涙が落ちた。ぽたぽたと流れ落ちていく涙に、江澄はぎょっとした。
    「ど、どうかしたか」
    「ここで、おいしいお茶をいただきました。二人で」
    「二人?」
    「阿瑶と二人です」
     胸を衝かれた。
    「阿瑶は本当に優しい」
     息がうまく吸えない。どうして奴の名前が出てくる。
    「私が蘭陵のお茶を好むことを覚えていてくれて、おみやげにといただいたことがありました」
     動転する江澄をよそに、藍曦臣は泣きながら、またにっこり 1527

    sgm

    DONE曦澄ワンドロお題「失敗」
    Twitterにあげていたものを微修正版。
    内容は変わりません。
    「なぁ江澄。お前たまに失敗してるよな」
     軽く塩を振って炒った豆を口に放り込みながら向かいに座る魏無羨の言葉に、江澄は片眉を小さく跳ね上げさせた。
    「なんの話だ」
     江澄は山のように積まれた枇杷に手を伸ばした。艶やかな枇杷の尻から皮をむいてかぶりつく。ジワリと口の中に甘味が広がる。
    「いや、澤蕪君の抹額結ぶの」
     話題にしていたからか、ちょうど窓から見える渡り廊下のその先に藍曦臣と藍忘機の姿が見えた。彼らが歩くたびに、長さのある抹額は風に揺れて、ふわりひらりと端を泳がせている。示し合わせたわけでは無いが、魏無羨は藍忘機を。そして江澄は藍曦臣の姿をぼんやりと見つめた。
     江澄が雲夢に帰るのは明日なのをいいことに、朝方まで人の身体を散々弄んでいた男は、背筋を伸ばし、前を向いて穏やかな笑みを湛えて颯爽と歩いている。情欲など知りません、と言ったような聖人面だった。まったくもって腹立たしい。口の中に含んだ枇杷の種をもごもごと存分に咀嚼した後、視線は窓の外に向けたまま懐紙に吐き出す。
     丸い窓枠から二人の姿が見えなくなるまで見送って、江澄は出そうになる欠伸をかみ殺した。ふと魏無羨を見ると、魏無羨も 2744

    mahoy_asa

    PROGRESS16年かけてくっつく曦澄。
    アニメベースで江澄が金丹を取り戻した後、傷が癒えるまで曦臣に匿われていた設定です。

    ここまでだと幸せじゃないので、16年後も書いて支部に載せたい。
    曦澄① 雲夢江氏が温氏に襲われて、町中に江晩吟の手配書が配られていた時、手負の江晩吟を匿ってくれたのは藍曦臣だった。温氏討伐を願う手負いの者たちを集め、山奥の隠れ家に匿う彼もまた雲深不知処を襲撃されたときに負った傷を癒している最中だった。

     江晩吟は金丹を取り戻した直後で、温氏を全て滅ぼすことに心血を注いでいた。どう復讐をすればよいか、そのために自分がすべきことを考えて、鍛錬をしながら過ごす。復讐という目標が江晩吟の生きる意味となっていた。
     それでいて夜になると、全てを失ったあの晩が夢になって蘇り、眠れなくなった。母や父の遺体が無碍に扱われる所を見ながら、何もできなかった。師弟たちが家畜以下の扱いを受け、山のように積み重ねられていた。助けることも、弔うこともできず、金丹を奪われて腑抜けになった。自分の無力さを知り、誰かのせいにしなければ立っていられなかった。同じように苦しんでいるはずの魏無羨に怒りを向け、心のない言葉で責め立てた。魏無羨が言い返してこないことに余計腹が立って、言うつもりのなかったことまで上げ連ね、その結果彼もいなくなった。
    6551