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    期間限定公開
    黑键博

    黑键博 贈ることも贈られることもなかったのかもしれない。
     甘味としては食したことはあるだろう。だが、誰かからの純粋な好意の意図で贈られたことは?
     たぶんない。こんな日くらいはいいじゃないか、私が彼にしてやれることはとても少ないのだから。

     カゴに入れた大量の板チョコを病室の子どもたちひとりひとりに手渡していく。
     きちんと並んでお行儀よく受け取り、せんせいありがとうと唱和される。せんせいとはいうがアーミヤも私も、そして手伝ってくれたオペレーターたちもみんなまとめてせんせいだ。手先が器用なオペレーターたちが率先してラッピングを手伝ってくれたおかげで今年も無事に終了した。片付けを済ませて三三五五に解散し、私は後一つのチョコを小脇に抱えて目的地へと歩いていった。
    「はい、どうぞ」
     ドアをノックして、突き合わせた顔にむけて差し出すと不思議そうな顔で小箱を見つめている。
    「私には祝われる理由がないが」
    「バレンタインだよ。本来は花なんかを贈るんだけどね。花を人数分用意しても子どもたちにはこちらのほうがウケがいいし、備蓄の効く甘味にしているんだ」
    「バレンタイン……。よく知らないが、子どもに渡す……? 私が子どもだと?」
     鼻先に少しだけシワを寄せて、エーベンホルツは頬を膨らませた。
    「そうは言ってないさ。花よりは長持ちすると思ってね。私からの感謝と思って良かったら受け取って欲しい」
     実はこれだけは板チョコではなくて、料理班から教えてもらった美味しいチョコを売っている店のものだった。それを気負わないように詰め替えて、ラッピングから自分で頑張った。なので端っこは少々ヨレがあるが、そこを手で握って誤魔化している。エーベンホルツは挑むように睨んでいたが最終的には受け取って、後でいただこうといって扉が閉まった。私はふうとため息をついて、部屋へと戻るために背を向けた。

    ■□■

     再会までの時は実に短かった。部屋に戻ってからしばらくの後、チャイムの後にさらに細かく刻んだ等間隔のノックが続く。そして端末が鳴る。訪問者の名前はエーベンホルツ。
    「はいはい、居るよ。どうかしたのか」
     端末を無視してドアを開けると、息を切らせて駆けつけてきたらしいエーベンホルツがドアの隙間から手を差し込んでこじ開けてくる。
    「何、怖いよ」
     数歩後ろに下がればエーベンホルツはそのまま扉から入ってくると後ろ手に扉を閉めて鍵をかけた。
     穏やかならぬ姿に目を細めると、頬を真っ赤な顔で染めたエーベンホルツは封の解かれていないチョコの箱を私に見せる。
    「き、貴殿はどういうつもりだ」
    「はい?」
    「とぼけるな! ば、バッ、バレンタインというものについて、調べたんだ」
    「うん」
    「なぜこのような催しがあると先に私に伝えないのだ。恋人へ、あ、愛していると伝える日だと? プログラムのない演奏は聴衆を不安にさせる! 私からもらっただけでは貴殿に何も返せていないだろう?」
     手が震え、頬の赤いエーベンホルツは私にチョコの箱を押し付ける。
    「やり直しを要求する! 私も貴殿に返したい。少し遅れるかもしれないが私も用意するから、その時に渡して欲しい」
     唇を少し震わせて、私に失礼があったのではと触れてもいいものかを迷う幼子のような手を私は引き寄せて温めるように口づけた。
     びくりと震える手にキスをして私は笑う。
    「エーベンホルツ、君が行事をあまり知らないのをいいことに私だけが贈り物をしたことは謝ろう。その上で一つ知識を与えるなら、バレンタインに贈り物をくれた相手に翌月返礼をする機会があるんだけれど、知っていたか?」
     目をぱちぱちとさせるエーベンホルツに、私は手を引いて椅子に座るように促した。
    「知っている? ───知らない? それはいい。であれば私はこのチョコレートを今日君に渡すから、君は私に翌月お返しをくれたらいい。返事にキャンディはよろしくないとかいう風潮もあるようだけど、そんなものかまいやしないよ。そんなものを調べるよりかは、私のスケジュールをおさえてくれ。私とデートをしよう。それではだめかな?」
     そう尋ねれば、エーベンホルツは頷いた。
    「だめ、ではない。───私は、貴殿を独り占めにしていいのか?」
    「もちろん。スケジュールが空いていれば、私は基本的にフリーなんだけどね。日程もちゃんと決めなくても……、ああ、一応日はあるんだが、私の方がそれに合わせられない方の可能性が高い。来月中にやれたらいいぐらいで思っていてくれたら」
     するりとエーベンホルツの手が私の手に絡みあう。
    「約束する。何か礼ができるように」
    「大袈裟だな」
     そう私が笑えば、エーベンホルツは愛おしそうに包みを撫でた。
    「大袈裟なものか。貴殿が私に与えてくれた慈しみに報いていいのだから」
    「君からは夜毎に愛を与えられている気がするが……?」
     そううそぶいた私の目を見て、エーベンホルツはしばらく黙ったあとで、調子を取り戻したようにひそやかに笑う。
    「それとこれは別だろう? ドクター」


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