ほし祭り「よるも行ぎだい〜!」
ゔーーーと唸るような声で桃色の頭が駄々をこねている。可愛らしいお願いは度々する子だけれど、こんなに意地になって親の言うことを聞き入れないのは初めてかもしれない。そんなにも強く「ほし祭り」はマァムの心をガッツリ捕らえていた。
カラフルな色の飾りを作ったり、短冊に願い事を書いたり。まだまだ小さな彼女には無理な作業が殆どで、これまでは両親がやってくれていた。しかし今年はヒュンケルが手伝ってあげて一緒にやったことで楽しさが増したのだろう。
子ども達向けの昼の部と、主に若者や大人達が参加する夜の部。その目的も客層もガラッと変わる。そんな理由もあって、両親としては昼間だけの見学で済ませるつもりだった。
「マァムはそんな遅くまで起きていられないだろ?」
「あなたが好きなお菓子の屋台は、夜は出てないわよ?」
そんな風にロカもレイラも諭したけれど、昼間のワクワクが身体中から溢れ出してる娘には通じなかった。
祭りに参加するしないに関わらず、疲れて眠ってしまうまで外に連れ出すしかないなと、両親は役割分担の相談を始めた。それまで3人の話を困ったような、思案しているような顔で黙って聞いていたヒュンケルだったが、ふと何かに気づいた表情を浮かべると子ども部屋にパタパタと走って行った。
間もなく1冊の絵本を手にして戻って来る。
「マァム、部屋で祭りをしよう?」
「やぁだぁ〜!お祭り行ぐのぉー!!」
大好きな兄にも止められたと思い、顔をくしゃくしゃにして更に強く訴える。
「マァムが行きたがってる夜のお祭りだよ」
ヒュンケルは持って来た絵本を開いて妹に見せる。それは各地の「ほし祭り」の風習を描いた本だった。字が多めで、マァムも初めて見るものだ。
「ほら、こうやってお星さまを見るんだ」
ページの見開きには、水を張った大きな木の盥を覗き込む子どもの姿が描かれている。その水面には天の川を始め、細かい宝石を散らしたような星々が見える。
「きえい……」
「だろ?部屋の窓を開けてさ、おれ達だけで見るんだ」
「にいたんと?」
「うん。こうやって寝転んで見てて、眠くなったらそのまま寝ちゃってもいいな」
両親の見ていないところで、ベッドでなく床で寝るかも?それは今風に言うなら家の中やベランダにミニテントを張って、子どもだけで眠るような非日常的なイベント。マァムの小さな身体に満ち満ちていたワクワクが騒ぎだす。
「マァム、こっちのお祭りも見たいかも……」
事の成り行きを見守っていた両親のうちレイラがすかさず声を掛ける。
「そうと決まったら急いで準備をしましょうね」
マァムを連れて寝支度を整えに行く。
去って行く二人を見ながらロカはヒュンケルの横に立ち、助かったぜと礼を述べ頭を撫でる。
「それにしても、よくあの本のことを思い出したな」
「うん……。好きな本だったから」
「お前は剣の腕だけじゃなく知識もあって、まるでアバンみたいだな。
全くもって大した奴だよ」
「と、……ロカさん」
ロカを「義父さん」と呼ぶのに戸惑ってしまい、口に出来ない訳[わけ]。
この本の星空を懐かしく思い、次に寂しくなる不思議。
その理由は、自分が思い出せないでいる幼い頃の記憶が関係しているのだろうと薄々感じるヒュンケルだった。