Starry Sky 良く晴れて、星が月のように明るい夜を星月夜というらしい。
まさに今日がそんな日で、窓の外を見れば月が出ていないのに無数の星たちが明るく空で輝いていたーーらしい。
「――で、オレに電話してきたってわけ?」
『はい、黄瀬君にもぜひ見て欲しくて』
電話口の黒子っちは、珍しく弾むような声で星空がどうとか言ってきて、オレは思わず窓の外を見上げた。
イタリア、ローマの現在時刻は十四時半を少し過ぎて、空は雲一つない快晴。星空なんてまだまだ遥か遠かった。
「じゃあ今夜見ておくね」
『今夜? 今は――あっ』
「分かった?」
『時差……』
黒子っちは漸く理解したのか、絶句した後、落ち込んだ声が聞こえてきて、オレは思わず吹き出してしまった。
「あはは。残念でした」
『凄く綺麗な星空なので、黄瀬君にも見て欲しかったのですが……』
黒子っちの落ち込んだ様子に、胸の奥にちくりと痛みが走った。時差を忘れるぐらい、今すぐオレに見てほしかったのだろう。その気持ちを思うと、オレは嬉しくてたまらなかった。
「じゃあ今見せてよ」
『え?』
「星空。綺麗なんでしょう? オレに見せてよ」
返事を聞くよりも先に、ビデオ通話のボタンを押せば画面が直ぐに切り替わった。そして映し出されたのは、大きな耳が生えたオレの狐のぬいぐるみを持った黒子っちだった。
『黄瀬君、キミ返事をする前に切り替えましたね?!』
「別に見られたくないものとかないでしょ。それより、何もってるんスか? それ、オレのぬいぐるみ?」
まさか、そんな筈はないと冗談ぽく言ったのに、黒子っちは凄く焦って手にしていたそれを自分の服の中へと隠した。
『何でもありません。キミがいなくて寂しいからといっていつも一緒に居る訳でもありませんから!』
「ふうん、そうなんだ。いつも一緒なんスね」
否定をするという事は、常に一緒にいるという事で。十七歳を過ぎてもなお可愛らしさが残る黒子っちに、オレは自然と頬が緩んだ。
『星空、ですよね。えっと、これで見えますか?』
その言葉と同時に黒子っちは画面から消え、代わりに映されたのは夜に浮かぶ満天の星空だった。言っていた通り、月みたいに明るい星がたくさん空に広がっていて、そのキラキラ輝く夜空に感嘆の声をあげた。
「すっごく綺麗っス」
『ふふ。この星空なら、黄瀬君も見てみたいって思うんじゃないかなって』
「うん。これだったら見て良かったと思う。ありがとう」
オレの事を思ってくれているのが凄く嬉しいのに、ありきたりな言葉しか出てこないのが歯がゆかった。
『あっ、流星』
「え?」
一瞬、星が弧を描きながら夜空をかけて行くのが目に入った。けれどそれは瞬きをしたらもう見えなくなってしまい、もう一度見ようと画面越しに空を見つめても、もう見れなくて、代わりに黒子っちに映像が切り替わった。
『黄瀬君、何かお願いましたか?』
「願い事?」
『ええ。流星が消える前に、三回願い事を言うと叶うと言われているじゃないですか』
「あぁ……一瞬で、そんな暇なかったっス。黒子っちはしたの?」
本当にあっという間に消えてしまったのだから、ずっと空を見ていなければ遭遇出来ないだろう。もそ、黒子っちがあの一瞬で願い事をしたのなら、大したものだ。
『ボクはちゃんとしましたよ。黄瀬君の元へは、あと七時間後に届くと思います』
「なに、どういう事?」
『そちらでも流星が見えたら教えてください。その星にボクの願いも乗っているので』
「そんな都合よく流れ星が流れるとは限らないんじゃないんスか? 第一、同じ星かもわからないでしょ」
『見えなくとも黄瀬君は必ず願いを叶えてくれますから。ちゃんとボクの願いが届くことを祈ってます』
「わかった。夜は撮影も何もないから、見ておくね。また七時間後に」
『ありがどうございます。待ってます』
黒子っちはオレに念を押すと、そろそろ時間だと言って会話を切り上げた。
七時間後、ローマが夜になったら、空を見上げて星を見る。たったそれだけの約束でも黒子っちの嬉しそうな顔が目に焼き付いて離れずに、その時初めて願い事の意味を理解したオレは、澄み渡る青空に、まだ見ぬ夜空の星に願いを込めた。