まさかチェスの勝敗でハングマンと付き合うことになるとは考えてなかったボブは、自分の迂闊な発言に頭を悩ませていた。
本来であれば今の関係を崩す気などなかったのに、急かされてつい言った言葉が「付き合って欲しい」とは墓穴を掘るにも程がある。しかも予想に反してハングマンは受け入れ、さらにキスまでしてきた。ここまででボブの頭の中はいっぱいいっぱいだった。
ハングマン相手にどう接していいのか分からずここ数日は徹底的に接触を避けていた。訓練がある時も終われば速攻で部屋に戻っているので、他の仲間からも訝しげな目で見られている。
そこまでしていたのに、なんと今日はハロウィン。基地が開放され、訪れた子ども達に菓子を渡すのは憧れの対象であるパイロット達の役目だ。つまり、ハングマンとの接触は避けられない。
「よぉ、ロバート」
「ハッ、ハングマン……」
渡された菓子のかごを持ちながら廊下をうろうろしていると、肩にポンと手が置かれ名前が呼ばれた。振り返るとすぐ後ろにハングマンがいて、元から近かった距離感があの日以来より近くなっている。
「こうして話すんの久しぶりだな」
「……うん」
「キスしたこと怒ってんのか? 正直あんなんキスのうちにも入らないけどな」
「はっ、はいるよ! って、いや、そんなことじゃなくて……」
結局ハングマンのペースで会話がすすんで、色々聞きたいこともあるのにうまく話せない。それでもなんとか思考を落ち着かせて言葉を搾り出した。
「……なんで、僕のこと振らなかったの。 君は、恋人には困らないだろうし、その……なんのメリットもないでしょ」
ボブは言葉通り、何故ハングマンが自分と付き合うことにしたのか本当に分からなかった。だから余計に混乱しているのだが、ハングマン自身もその答えを持ち合わせていないので答えようがなかった。
「さぁ? ただ興味が湧いたんだ」
「興味って、どこに?」
「それを確かめるために、付き合うことにしたんだよ」
ハングマンはただ素直に、あの日思ったことを口にする。ボブにとってその言葉ははっきりとした答えが得られた訳ではなかったが、自分に関心を抱いているということはわかってほっとしたような安心感を得ることができた。
「お前……」
「なに?」
「その顔、俺以外の前でするなよ」
どんな顔をしているか分からないためとりあえず頷くと、周囲を見渡し人気のないことを確認したハングマンが、ボブの腰を引き寄せて互いの額をくっつけた。
「あと」
そのまま唇が重なりそうなぐらい顔が近付いて、吐息がかかるぐらいギリギリのところで止まる。近すぎて表情はぼやけて分からなかった。
「次、こうして二人で会った時に菓子を持ってなかったら」
「なかったら……?」
「イタズラ決定だ。……この続き、するからな?」
身体を離す際に、唇を親指でなぞられ背中がぞくっとした。
ハングマンはあの整った顔に、色気をまとった笑みを浮かべて去っていく。ボブは腰が抜けて近くの壁に寄りかかったまま、熱くなった顔をしばらく覆っていた。