涙色の月命日彼が死んで一月が経った。それはつまり彼の代わりをし始めてもう一月が経ったということと同義だった。赤い瞳を隠すためにブラウンのカラーコンタクトを装着し、自分のものではない彼の服をまとって、彼の立ち居振る舞いを真似る。彼の居なくなった翌日に、仕事が忙しくなったと彼の大切な娘に拙い言い訳をして出来上がったのが二人目の"普通"のミゲル・オハラだった。
彼が生きていると信じたいがために流し続けるモニターの映像の繰り返しはミゲルに現実を突きつけてくる。どうしたってミゲルでは彼にはなれないのだと。
「まだ、たったの一月。」
なんとなく独り言を呟いてみたがそれは完全に失敗だった。自分は正気で、自分の行動は正しいという確信が揺らいで今にも叫びだしてしまいたくなってしまった。銃弾が彼の胸を貫いたのはもうずっと遥か昔のことのようにも思えたし、たった昨日のことのようにも思えた。
ミゲルの頭の中の認識も時間も何もかもがめちゃめちゃで、とうとうミゲルはモニターを見ていられなくなり、フラフラとソサイテォの最深部へと向かう。
「ああ、ミゲル、君はどこに行ってしまったんだ。」
道すがら、わざと感傷的に吟遊詩人のように口ずさむ。嘘だらけになってしまった自分を騙し続けるには道化のふりをするしかなく、それを滑稽だと笑うことすら今のミゲルにはできなくなってしまった。
ソサイティの最深部にある一室はミゲルの秘密が隠されている。ミゲルのいたアルケマックス社の負の遺産、非人道的なサンプルの資料と残骸と、静かな作動音を響かせる棺のような冷凍ポット。
「そうだった。"ミゲル"はここにいる。」
冷たい金属の塊にすがりつく。
ここに来るたびにミゲルはどうして花の一輪でも持ってこなかったのかと後悔するのだったが、眠っているだけの彼に花は必要ないじゃないか、とミゲルの中の詩人が歌い続ける。
「眠っているだけなのだから花はいらないんだ。」
どのくらいそうしていたのか。いつの間にかミゲルの足元にだけポツポツと雨が振っていた。
「ここに来るといつも雨が降るんだな……この中にいるなら君は濡れなくてすむから。」
良かった、とミゲルは笑ったつもりだったが聞こえたのはやけに乾いた笑い声だけだった。