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    そらの

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    そらの

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    いきなりあぶ空2023

    誰も座らない椅子と君と僕今日も陽光が燦々と降り注いでいた。風が少し強い。浮かぶ雲も一つとしてなく、ただ青くぬける空がどこまでも続いていた。ルースターは格納庫の隅の古びれたパイプ椅子に腰かけていた。もうほぼ日課と言っても過言ではない行動をルーティンとして正式に組み込んだのはいつからだったか、思い出せないほどであった。あの日からここで顔を合わせる機会が増えた。それは会えるといい、と言う気持ちを伝えたからであろう。今日は天気がいい。予定さえなければ彼はここに来るだろう。

    「ルースター」

    そうしてその瞬間を待っていた。声がかかった。しかしそれはいつも待ち侘びるボブのものではなく、聞き慣れてはいるが久しぶりであるマーヴェリックのもので、ルースターは少し戸惑った。今、ここでその声を聞くことの不自然さがルースターを一層困惑させた。

    「……マーヴ?戻ってたの」

    「あぁさっきね」

    「次は?」

    「まだ決まってない。少しだけ休暇がもらえた」

    直近の連絡ではそんなことを言っていなかったので急な話だったのだろう。そしてそれを連絡せぬままその足でここにきたのだろう。きっと他に行きたいところも、したいこともあるだろうに律儀だな、とルースターは思った。ルースターの待ち人は未だ来そうにない。来るとは思っても時間帯はバラバラだったので気にしてはいない。それまではしばらくマーヴェリックに相手にしてもらおう、とルースターは思った。

    「ふぅん。で、なんでここに来たの?」

    「久しぶりだからお前と顔をあわせたくて。でも見つからなくて、途中ボブに会ったらここにいるだろうと教えてくれたんだ」

    暗になんでここを知っているのかと問うとボブが教えてくれた、とマーヴェリックは答えた。誰にも知られないこの場所を、たとえ相手がマーヴェリックだとしても知られたくなかったと思ったが、ボブが教えたと言うのなら何も言えない。元はここはボブの居場所だったろうから、後からきたルースターがとやかく言うことはできない。でも内心とても残念だとは思っていた。そしてマーヴェリックはボブに出会って、ここにいると知らされたと言った。もしかしたら気を使って今日はここに来ないかもしれない。二人きりの方がいいだろうとボブが思わない理由がない。どうやらルースターとマーヴェリックの関係をいたく気にしているようだったから。けれどやっぱりボブのしたことだから、と文句も何も言う気は起こらなかった。

    「こんなところあったんだな。僕でも気づかなかったよ」

    何かあれば姿を眩まし、どこかに潜んでばかりいただろうマーヴェリックが知らなかったと言うことは、本当に隠れ場的な居場所なのだろう。やはりちょうどいい場所だ、と思ったがマーヴェリックに知られてしまった。まぁかと言って彼がここを訪れるほどの暇があるかどうか。また数日、もしかしたら明日にもここを飛び立つかもしれない。それにルースターがいると知っても毎回ここで、ともいかないだろう。いくらなんでも自分だってここにしかいないわけではないし、ルースター自らマーヴェリックの元を訪れることがないわけでもないのだから。

    「それで、何をしに?」

    「おいおい、何か辛辣だなぁ」

    「ボブに聞いてここまで来るくらいだから何か大事なことがあるのかと思って」

    「さっき言ったろ、顔を見たかったんだ。それだって大事なことだろ」

    「……まぁね。俺もマーヴの顔見たくなかったわけじゃないし」

    そんな気持ちは微塵もなかったが、返した言葉に、少し素直な感情がこもってしまっていたようだ。別に嫌だとか、邪魔だとか、そんなことを言いたい訳じゃなかった。すこし恨めしいとは思った。自分より先にボブに会っていただなんて。そんなこと言っても仕方のないことを、ルースターは自覚しつつやはりもう一度マーヴェリックを恨めしく思った。しかしマーヴェリックの顔を見たかったのも事実で、なんとも言えない複雑な気持ちになった。恨めしいと思いながらも、久しぶりに見たその様子が変わらないところに安堵する。いい歳して無理無茶をする彼に、ハラハラさせられているのはきっと自分だけではない筈だ。以前よりは大分マシになったが、まだまだ破天荒な部分は抜け切っていなかった。

    「それはよかった……それにしてもなんかお前、呆けてないか?」

    「呆け……っていきなりなんだよ」

    「いやなんか心ここに在らず、って感じだ」

    「別にそんなんじゃない」

    「へぇ……好きな子のこと考えてたり、とか?」

    マーヴェリックが嫌味のない笑みを浮かべてルースターを煽った。マーヴェリックの行動や言動に突拍子がないことは重々承知していたが、まさかいきなりそんなことを言われるとはルースターは思いもしていなかった。好きな子だって?今更そんなとてもティーンらしい会話を持ちかけるなんて。一体マーヴェリックは何を考えているのだろう。あまりに唐突すぎて言葉を失う。心の端で、思うことはあったがそれはまだ整理しきれていないもので、もしかしたら、とは思うがもう一息というところで確信ができていない。まさかそれを悟られでもしたのだろうか。

    「なっ、いきなり……!」

    「別におかしいことじゃないだろ」

    「いきなりすぎるんだよ!なんでそんなことを考えるんだか」

    「長年培った経験による勘で、かな」

    「そんな無駄なことばかり……」

    確かにマーヴェリックは戦闘においても恋愛においても、経験豊富でそれによる勘がその身を助けていたのは事実だろうが、他人にまで発揮されるとは思っていなかった。客観的に見ることの出来る位置にいればそうなるのだろうか。正直余計なお世話、だと思ったが悪気がないのはその顔を見てわかるので責めることはできない。しかし今の言葉で薄皮一枚で隠されていた己の気持ちを、剥き出しにされた気がする、と感じた気持ちは真実である。

    マーヴェリックの長年培った経験による勘は、見事にルースターの本心を暴き出したのだった。薄々と気づいてはいたが隠しておいた、今の今まで心を揺るがし続けたそのおもいはやっぱり、恋心、と言うものだと。マーヴェリックに指摘されて慌ててしまったことがその証拠だろう。触れるのがなんだか怖くて今まで触れずにきた。それを自覚していなかったのならきっとなんの反応もしなかった筈だ。マーヴェリックはやっぱり少しでもそんなルースターの本心を悟っていたのかもしれない。ルースターの幼い頃から今までを、見続けていたのだから当然のことなのかもしれないが、ここまで綺麗に暴かれるとそれはそれで清々しいものがある。思い悩んで溜め込むよりは、自覚して先を見据えた方がよっぽど健康的に生きられる。それを伝えるか伝えないか、伝わるか伝わらないかと言う別の問題がこの先に待ち受けていたりはするが。

    「無駄とはなんだ。僕の感は良くあたるんだぞ」

    「……そんなの聞いたことない」

    「あまり言ったことはない。それで?誰が好きだって?」

    「そうと決まったわけじゃないだろ」

    「いいや。どうせそうだろ?」

    今やっと自覚できた気持ちをすぐに言えだなどとマーヴェリックは無理なことを言う、とルースターは思っていた。自覚はできてもすぐそれを告白できるほど、ルースターの気持ちに余裕があるわけではなかった。ましてある意味親代わりでもあったマーヴェリックにそんな話をするなど恥ずかしくてたまらない。世の中では親に相談するのが当たり前だったとしてもルースターにはできそうにもない。そもそもルースターには他人に相談する、と言う選択肢は端からなかったが。それであるので知らぬ存ぜぬで押し通そうとしたが、マーヴェリックがとても楽しそうな、嬉しそうな、とても期待している顔で見つめてくるものだから、もうこれは何を言っても引き下がらないだろう、とルースターの方が折れることにした。

    「わかった。わーかったよ。Yesだ」

    「で、誰を?」

    「……言うと思う?」

    「ブラッドなら教えてくれると思ってる」

    その台詞はなんだろうか。そう言えば自分が喜んで話すとでも思っているのだろうか。途端キラキラとマーヴェリックの瞳が輝き出した。これはもう無理だ。みんながこの目に弱いようにルースターもこの目に弱かった。言わないわけにはいかなくなったが、だからと言って素直に口にするのも嫌だ。そもそも色々思うところもある。とにかく、すぐには答えたくなかった。ただの時間の先延ばしだったとしても。

    「マーヴに言うと手を出されそうな気がする」

    「失礼だな!流石にそんなことするわけないだろう」

    お前の好きな子に手を出すなんてそんなことするわけないだろう、とマーヴェリックは言ったが正直胡散臭いと思うのも仕方のないことだ。マーヴェリックの女性関係など知りたくも、知るつもりもなかったが、存外派手だったということは知っていた。流石に人の想い人に手を出すことはしないだろうし、まず自分達の年齢の人物には早々、多分、なんとなく手は出さないだろうというあやふやな確信はあった。そう思うとまぁ、なんとなく言ってしまってもいいのか、という気持ちになった。それでたまに痛い目に遭わされることにルースターは気づかなかったが。

    「そうかなぁ」

    「そうだよ。と言うかだね、誰かもわからないのにそんなことできるはずがないだろう」

    「既に出してるかもよ」

    「残念だけどそれもないよ」

    「なんでわかるの」

    「僕にだって好きな人がいるし」

    その人以外に手を出すはずがない、とマーヴェリックは続けた。なんだって?ルースターは声をあげそうになったが、なんとか耐える。声を上げてはいけないような、そんな気がしたからだ。別にそういう事があっても驚くことではない。悪いことでもない。良い傾向ではあるはずだが、確か今は特定の人がいたような、気がしていたがそれは本当に気のせいだったのか。そこはマーヴェリックのプライベートな部分だから触れないようにはしておこう、とルースターは心に秘めた。

    「……マジ?」

    「おかしいか」

    「いや……じゃあその相手が俺の好きな相手だったりするかもよ」

    「それはないな」

    笑っていうマーヴェリックが恨めしい。全てを見透かされているような気がしてならない。こうして普通に話しているけれど、実はもう全てを知っているんじゃないかとさえ思う。マーヴェリックにはたまにそういう時がある。先回りをして全てを理解、把握しておいてそれから事に及ぶ時が。
    まだルースターが幼かった頃、あの頃はマーヴェリックにすごい、と言われることが嬉しい時期で、勢い勇んでルースターがマーヴェリックに話し出すと知ってる、と返されて悲しくて泣いたものだった。マーヴェリックとしては仲良く話せる話の種として先に学んでいたことであって、悪気があったわけじゃないが、そういうところがダメなんだよと、後々話して聞かせた事があった。

    「……なんで言い切れる」

    「お前はその人のことあまり見てないからかな」

    「あぁそう、なの」

    「で、誰なんだ」

    あぁやっぱり聞くんだなと再確認してルースターはため息をつく。もしかしたら途中で話題が変わるかもしれないと淡い期待をしたが、それを期待するだけ無駄であった。やはり答えなければマーヴェリックは諦めないのだろう。聞いたとしてどうするのだろう。邪魔は勿論応援さえもしてほしくなかった。してほしいことといったら放っておいてほしい、それくらいだ。良い歳して親代わりのマーヴェリックにそんなことして欲しくない。そんなこと恥ずかしいったらない。

    「あー……」

    言わなければ、と思ったもののそう簡単には口に出せない。ルースターはいちど深く息を吸った。

    「……ボブ」

    「そうなのか!お似合いじゃないか」

    「え?」

    それをいう前にいう事があるのではないか?と逆にルースターが驚いた。例えば、と言いたいところではあるがどうやら気にする素振りもないので何も言わない。余計なことを言って蛇を出したい訳じゃない。けれど何を思ってそう言うのだろう。ボブと居てマーヴェリックとあったことはない。そんな話もしたことはない。この場所でのことも、勿論ない。あるとすればあの極秘任務中からその後の少しの時間。でもあの頃を振り返ってもそう思うような事があったかどうか。マーヴェリックから見ればあったのかもしれないが、それはルースターの預かり知らぬ事であった。

    「前から二人とも気が合うんじゃないかって思ってたよ」

    「なんで?」

    「勘だよ。ほら当たった」

    「……よかったね」

    「でもその様子だとまだ付き合ってはいない?」

    これまた痛いところをついてくるマーヴェリックを、ルースターは恨みがましい目で見た。それを望んではいてもそこにはまだ至っていない。そもそも先ほどこの気持ちを自覚したばかりだ。マーヴェリックは知らないだろうが、いくらなんでもそれは性急すぎる、とルースターは嘆いた。できるならそうなりたいと言う気持ちは勿論ある。好きだから、と言う気持ちを抱いただけで終わるなんてティーンの頃だけで十分だ。付き合って、その先も。そう思うのは当然だと思う。ただ、そこに至るまでにまず最初の難関を突破しなければならない。それがいつになるかは、ルースターにさえもわからない。

    「そうだね」

    「じゃあ行動しないと。考えるな、動け」

    「それとこれとは訳が違う」

    「同じだよ。行動しなければ無意味だ」

    「……わかってるよ」

    そんなことは言われなくてもわかっている。わかっているけれどどうにもならないのが現実だ。マーヴェリックには朝飯前のことでもルースターには難しい。場数が違う。それにもう少し時間が欲しい、と思った。性急な男は嫌われる、とよく言うがまさにその通りだとルースターは常々思っていた。急がば回れ、ともいう。要するにある程度の時間を持たないと駄目だ、と思っているのだ。何事も手順を踏んだ方が上手くいく。

    「それはそうとマーヴが好きな人って誰だよ。そっちの方が大事だろ」

    「それは秘密だよ!」

    「ひっで!俺は強制的だったのに」

    「別に強制したつもりはないけど?」

    マーヴェリックの想い人が気にならない訳がない。なんて言ったってレジェンドで問題児。けれど顔が良く、女性に目を向けられる事が多い。声もかけられることも多く、ルースターが知らないだけでそのうちの何人かとは関係を持っただろう。自力というより他力だったのではないだろうか。そんな男が自分から積極的に求める相手はどれほど魅力的な女性なのだろう。しかしマーヴェリックはパンセクシュアルだと以前言っていた。そう考えると男性かもしれない。でもそうするとマーヴェリックのそばにいる人物全てがターゲットになり得るので、本人が口にしないのならわかるはずもない。そして本人は狡いことに言う気はないようだ。聞き出すだけ聞き出しておいてそれはないとルースターは言い募るがマーヴェリックはどこ吹く風、と笑って誤魔化した。

    「まぁ、その人が振り向いてくれたら教えてやるよ」

    「じゃあその日も近いな」

    「おいおい、僕だってそんなに上手くいく筈ない」

    「……半分否定して半分肯定してるな」

    「穿った見方をするなよ」

    マーヴェリックのことだからどうせ上手くいく、と穿って見てしまうのは仕方ないだろう。マーヴェリックだから、とその一言で済んでしまう人間であるから、きっと他の人間もそう思う筈だ。ぎゃあぎゃあと二人で言い合っていると遠くから誰かが近づいてくるのが目に見えた。最初こそ誰だ?と二人は軽く思うだけだったが、ルースターはここに来るのはボブだけだと思い出し、目を輝かせた。マーヴェリックはその様子をきょとん、と見ていたが、訳が分かれば笑い出した。

    「ほら、ボブが来たぞ!」

    「わかってるよ!笑うな!」

    「ルースター、見つかりましたね」

    「お陰様で」

    マーヴェリックを見てボブはよかった、と言った。やはり引き合わせたい気持ちが強かったのだろう。そしてもしかしたら彼がここへこない、というその思いは良い方に裏切られ、それをルースターもまたよかった、と思った。こないのも仕方がないと諦めることはできたろうが、やはり来てくれた方が嬉しいに決まっている。それにマーヴェリックが先行していると分かっていても来てくれたということは、少しでも自分に会いたいと思ってくれていた、と自惚れてもいいのだろうか。そうだといい。それがいい。

    「じゃあ、僕はいくよ」

    「え、もうですか?」

    「僕も、人を探しているからね」

    「そうだろうね」

    ボブは少し驚き、ルースターは納得した。さっき言っていた人を探しにいくのだろう。ここにいるのか外にいるのか。そういえばそれさえ教えてくれなかったことを思い出す。でもそれがマーヴェリックにとってプラスになることだろうから、早く行け、と目線で促す。そしてこの場所を明け渡せ、とも。それを的確に受け取ったのかマーヴェリックはじゃあね、と一言残し、去り際にウィンクをひとつ、投げてきた。マーヴェリックなりのメッセージだろう。余計なことを、と思ったがボブは見ていなかったようだし、黙って受け取っておいた。

    「ごめん、邪魔だった?」

    「いいや。気にしなくていい」

    ボブがそのように思うことは少しもない。寧ろマーヴェリックの方が、とは絶対に口にはしないが。久しぶりなのだからいつまでもそんなことを引きずっていたくない。マーヴェリックもそれを望んでない、筈だ。そういう風にかき回していったのはマーヴェリックだったが、こうなり得るというところまでは考えていないだろうし。

    「久しぶりに会う、って言ってたから、ここならいると思って」

    「それは優しい気遣いっていうんだ。ボブが悪く思う必要はない」

    「そう?」

    何回も確認するのは本当に気にしている証拠なのだろう。けれど顔を合わせる機会をくれたのもボブだし、礼を言うことはあってもそれを悪く言う理由はない。話したことなど、本当に限られた部分のみで、結局何をしにきたのかと言って仕舞えばそれまでのことだったが。それでも互いのことを確認できたので、良い機会をくれた。

    「久しぶりに顔を見れたし、少しだけでも話をできたから、よかったよ」

    「そっか。僕も少しだけでも話できたし、嬉しかった」

    「それで、今日は?」

    どう言った理由で、ここに?そう言う思いを込めてボブに問うとボブはなんだか気恥ずかしそうにしていた。もしかして?とルースターが思うのも無理はない態度だった。ボブは言葉に嘘や誤魔化しはないが態度にもない、とルースターは思っていたから、間違いではないはずだ。

    「今日は、ルースターに会いに来た。大佐がちゃんとルースターに会えたのかも知りたかったし」

    「それは」

    「よかった?」

    「もちろん」

    よかったに決まっている。ルースターはそれを、それだけを望んでいたのだから。マーヴェリックの件も、わかっただろう。気にすることはもう何もない。ボブが来てくれただけでも嬉しい。しかも自分に会いたいという理由で。今日はいい日だな、とルースターは思った。

    マーヴェリックの件で話す時間は少なかったが、それでも良かった。たわいの無いことだってボブとなら楽しかった。しかし時は無情にも過ぎていく。薄暗くなってそろそろ帰らないと、とボブは言った。ルースターは名残惜しくて次を強請る。

    「また、会いに来てくれるか?」

    「もちろん」

    「じゃあ俺はここで待ってるよ」

    「うん」

    また、自分に会いに来てくれるとボブは言った。気分や天気に左右されず、自分に会いに来てくれると。それならここに足繁く通うことになっても構わない。時間を削ったって構わない。それでボブに会えるなら安いもんだ。じゃあまたここで。笑顔を見せながら二人共にそこにあるだけ椅子から去っていった。
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    そらの

    DONEいきなりあぶ空2023展示
    立ち上る紫煙の元を探ってふと、時折匂う、苦味のある香り。それはすれ違った時だったり、隣にいる時だったり、抱き合ったりした時に密かに感じられるものだった。それが何か、解らぬほどボブは子供ではなかった。
    自分にだって覚えはある。一丁前に大人になったと浮き足立った時、つい手を出したものだった。自分には合わずただただ苦しんだだけだったけれど。
    一時だったけれど覚えのあるそれが、時折、ブラッドリーから香るのだ。独特の苦味のある香り───煙草のそれ───が。本人がそれに気づいているのか、それは知らない。言わずにいるだけなのか、言わないつもりでいるのかも、知らない。
    ボブはそれを不思議に思っていた。もう長いと言えるほど生活を共にしているのに、けれどその姿を見た事は一度もない。どこでもだ。ただ感じるのはその匂いだけで、でもその確たる証拠はどこにもなかった。もしかしたら匂い移りしただけかもしれないとも思うが触れるその手からも香るそれがそうとは言わせてくれない。不思議に思うだけで不快に思うことは無いのだから言ってくれればいいのに、とボブは思う。我慢させていたとしたらなんだか申し訳ない。ブラッドリーがボブを自由にさせるように、ボブもブラッドリーの行動を制限したくないのだ。
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