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    そらの

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    そらの

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    いきなりあぶ空2023

    君は僕の片羽飛ぶための翼が無くなっても翔ぶための翼は君がくれる。

    「君はよくマーヴェリックに、無謀なことばかりして、って言うけど」

    ボブは震えた声で言う。それがどの感情からなのか、ルースターには読み取れない。けれどどうしてなのかは理解しているつもりだった。
    先の訓練中、相互確認を怠ったため、教官機と接触事故を起こした。教官機は水平尾翼を失い、制御不能に陥り、そのままベイルアウトし、機体は損失したが教官は無事だった。
    かたや一方のルースター機といえば片翼の半分を失い、そのまま飛行するのは困難だと思われた。しかしルースターの独断で片翼を失ったまま帰投した。バランスを失いながらも無事に着陸した時、ルースター本人も、見ていた周りのものも呆然としていた。損害は機体だけ。ルースターに怪我はなく、みなは奇跡だとルースターを口々に褒め称えた。しかしボブだけは違かった。もちろん無事を喜んだが、何やら不機嫌な顔をしていた。

    「君も大概だよね」

    そして今こうして二人きりになり面と向かって言われた言葉には少しトゲがあった。何が言いたいのかは重々承知している。ルースターにはそんなボブに返す言葉を持ち得なかった。中途半端なことを言おうものならボブは憤慨するだろう。どうすればいいか分からず、ルースターはただ黙り込むしかなかった。

    「……なんで機体を捨てて逃げなかったの」

    今、ルースターは何事もないように目の前にいる。念の為の検査ということで真っ白い部屋の真っ白いベッドの上ではあるが。何事も無かったのはルースターの腕があったからとも言えるが大半は運によるものだとボブは思っていた。
    無事だなんて喜べるのはそれこそ生きて帰ってきたからだ。そのまま墜落していてもおかしくない事故だった。ルースターは本当に運が良かった。本来なら片翼を失った時点であわや、というところだっただろう。もしそうなったら機体を捨ててでも生き残る道があったはずなのに。それをしなかったのは、なぜ?

    「えぇと、」

    「僕は、君にそんなことで有名になって欲しくない」

    ボブの言うことは百も承知だ。ルースターはその腕を褒められみなに囲まれていた。片羽の雄鶏。そんなことを言われその噂は瞬く間に拡がっていった。片翼を失ってなお生還した男。有名にならないはずはなかった。

    「わかってるよ」

    「いいや分かってない。僕がどれだけ心配したか」

    ボブはルースターが英雄視されるのがとても嫌だった。ルースターがしでかしたことはただありのままを受け入れれば褒められたものだと思う。けれど一歩間違えれば、命が失われたかもしれない。他のみんなはそこには気づいていなかった。そこに、ボブは苦言を呈しているのだ。

    「ごめん」

    「……謝ったってもうしょうがないでしょ」

    「そうだな」

    「マーヴェリックとフェニックスにもちゃんと謝りなよ。フェニックスが君をどれだけ気にかけてるか、知ってるだろ。マーヴェリックだってすごく動揺したって聞いてる」

    語気を荒らげてボブは言う。ボブにもそうだが、フェニックスにも、マーヴェリックにも余計な心配をかけただろう。謝るのは当たり前のことだとは思う。
    けれど自分は無事だし怪我もない。そこまで心配されることであるのだろうか。ルースターはボブの心配をいまいちわかっていなかった。

    「でも無事だっただろ」

    「それは結果論でしかない。君の操縦テクニックがすごいのは分かってるし、実際無事だったけど、それはきっとたまたまで運が良かっただけなんだ。機体を捨てて脱出した方が良かった」

    そんなに死にたかったの?

    早口で捲したてるボブは相当怒っているらしかった。途端ルースターは慌てるが後の祭りだ。自分の考えが甘かったと改めて思い知る。生きて帰る気で必死だったがその方法がまずかった。ベイルアウトした方が生存率は高かったはずだから。だからボブはそこをどうしても譲りたくなかったのだろう。

    「ごめん、悪かった」

    「本当にそう思ってる?僕がどれだけ……」

    そこでボブの言葉は途切れてしまった。どうしたのか、とルースターはボブの顔をのぞき込む。ボブは唇をかみ締め、目には涙をたたえていた。
    ルースターはさすがに自分の仕出かしたこととその後のボブに対する態度があまりに酷いものだったと知る。まさか泣かせてしまうなんて。その責任は自分あったのは一目瞭然で。

    「ボブ?」

    「どれだけ心配してたのなんか、君には分からないんだ……今だってすごく怖いのに。君にもう会えなくなるんじゃないかって」

    それだけ言ってボブは押し黙ってしまった。その言葉は本心で、ルースターの胸に深く突き刺さった。確かにボブが心配してくれているのはわかったがどれほどまでかは察せなかった。

    「本当にごめん。そこまで心配かけてたなんて知らなかった」

    「……そう思うならもうあんなことしないで」

    ボブは涙声で訴えた。さすがにもうあんなことは起きないと思うがそれでも約束が欲しいのだろう。それでボブが落ち着くのなら、なんだって約束してやりたかった。そしてそれを守る。それがルースターの役目なのだろう。

    「解ったよ。ボブがいるからもうしない」

    その言葉を信じてくれ、とルースターは願う。ボブはというと赤くなった目でルースターを見つめる。ほんとにほんとだよ?詰め寄られてルースターは再度Yesと答えた。ボブはもう!と言ってばふっと、ルースターに抱きつき、しがみついた。ルースターの胸に顔を埋めたボブの顔は見えないがきっと怒ってるような、泣いてるような、そんな表情をしているだろう。

    そうだな、ボブがいるならもうあんなことは出来ないな、とルースターは思う。ボブがいるから、心配してくれるから、自分はもう無茶なことはしないだろう。なくなった片羽の代わりはきっとボブなのかもしれない。代わりに共に飛んでくれる筈の。
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    そらの

    DONEいきなりあぶ空2023展示
    立ち上る紫煙の元を探ってふと、時折匂う、苦味のある香り。それはすれ違った時だったり、隣にいる時だったり、抱き合ったりした時に密かに感じられるものだった。それが何か、解らぬほどボブは子供ではなかった。
    自分にだって覚えはある。一丁前に大人になったと浮き足立った時、つい手を出したものだった。自分には合わずただただ苦しんだだけだったけれど。
    一時だったけれど覚えのあるそれが、時折、ブラッドリーから香るのだ。独特の苦味のある香り───煙草のそれ───が。本人がそれに気づいているのか、それは知らない。言わずにいるだけなのか、言わないつもりでいるのかも、知らない。
    ボブはそれを不思議に思っていた。もう長いと言えるほど生活を共にしているのに、けれどその姿を見た事は一度もない。どこでもだ。ただ感じるのはその匂いだけで、でもその確たる証拠はどこにもなかった。もしかしたら匂い移りしただけかもしれないとも思うが触れるその手からも香るそれがそうとは言わせてくれない。不思議に思うだけで不快に思うことは無いのだから言ってくれればいいのに、とボブは思う。我慢させていたとしたらなんだか申し訳ない。ブラッドリーがボブを自由にさせるように、ボブもブラッドリーの行動を制限したくないのだ。
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