「過去に戻れたらどうする?」
いつだったろう、そんな話題になった時があった。
俺はしばし考え、アキラが火事に巻き込まれる前に戻る、と答えてから慌てて言い直した。
「いや、やっぱり6年前のクリスマスの前に戻りたいかな...そうすればレンの家族も無事だし、アキラも不良にならなければ火事に巻き込まれることもない」
「でも、それじゃアキラもレンもヒーローを目指してねえんじゃねーか?」
そう指摘したのはアドラーだった。
「...それはそうかもしれないけど......」
ただの俺の自己満足だ、ということは自覚していた。
「救えるとわかっているなら、戻らずにはいられないよ...苦しんでる二人を見てしまったら...」
「.....まあヒーローになるのが正しいとも限らねえしな...」
アドラーが微かに呟いた、気がした。
「...え?」
「......」
気のせいだったのだろうか。
何も答えないあいつに痺れを切らして俺は尋ねる。
「それならお前はどうするんだよ」
「俺かー、......俺は別にいいや」
「戻らないのか?」
「.....戻っても、どうするのが一番いいのかわかんねぇしな」
「正解なんて誰にもわからないだろ」
「はは、確かに。......自分のためじゃなく他人のために戻るんだな、ウィルは」
話を逸らしたアドラーに腹が立って、そんな善人ではない、結局自分のためだ、と心の中で思ったけれど言わなかったことを覚えている。
シュン、とドアの開く音ではっと我にかえった。
「もういいの?」
アドラーに似た面影の女の子がはにかんだようにほほ笑む。
「うん」
「持つよ」
彼女が大事そうに抱えていたボックスをそっと受け取る。
俺たちはハンナちゃんがエリオスで暮らすために必要な荷物を軍の部屋に取りに戻ったところだった。
「これだけで大丈夫?」
たいして大きくない箱ひとつだけ。
年頃の女の子にしては少ない、と妹がいる俺は知っている。
服と本さえあれば、と笑う彼女の細い指先の爪は清潔に短く切られ光沢はなかった。
「...お兄ちゃんからのプレゼントは持った?」
まっすぐに俺を見上げる視線がぶつかる。
それは、あいつによく似た瞳の色だった。
彼女は少し戸惑った後、
「生きるのに必要なものでなくても?」
と尋ねた。
「もう、自由に生きていいんだよ」
俺の言葉に、大きく瞳を見開いた後、彼女は少し待ってて、と髪を揺らして部屋に駆けて行く。
あの時アドラーが答えられなかった理由がわかる気がした。今なら一緒に悩むことくらいはできるのに。
でも、過去の話をしてもしょうがないから。
お前だってもう自由だってこと、わかってるのか?
窓から外を見上げると雲ひとつない空が広がっていた。少なくとも、同じ空の下に俺たちは立っている。
あいつがどうしても守りたかった小さな後姿。
あの時ちゃんと返事ができなかったけれど、約束は必ず守るよ。
俺はボックスを持ち直すと、日が差し込む廊下を戻り始めた。