毎日SS8/31「オレさ、好きな子がいるんだ……」
そうケイゴが切り出した時、自分がどういう顔をしたのか覚えていない。もちろん、修行は欠かさないから、その一言で動揺して表情を崩したりはしていないと思うが。
「そうか」
誰だ?とは聞けなかった。オレに、カンシのような明るさやコミニュケーション能力があれば、おどけて聞くことも出来ただろう。
「それは他のヤツも知ってるのか?」
「いや、モリヒトにしか言えないよこんなこと!」
「そうか……」
それは少し、いや、かなり嬉しい。内心では柔和な笑みを浮かべながら、それでも湧いてくる複雑な感情を、どうにかやり過ごした。
オレもケイゴも高校生だ。好きな女子の一人や二人当たり前だ。いや、浮気は良くないから一人にしておいた方がいいが。
実はオレもニコのことが好きなんだ。そう言ったら、ケイゴは驚くだろうか。気付いたのは最近だけど、ずっと昔から好きだった気がする。
「オレも……」
「ん?なんか言った?」
「いや、別になんでもない」
オレがその話を掘り下げなかったから、ケイゴの意識は別のことに向いてしまったらしい。じゃあその話はなんなんだ!はっきりしろ!と肩を掴んで問い正したくなったが、聞くだけ野暮だ。
それに、オレが驚いた分だけ、ケイゴが驚かなかったら、多分、ショックを受けるだろう。
何故ショックなのかは今のオレにはわからない。修行が足りない。
(好きな女子がいるのか……)
誰を?いつから?どうして?知りたいことは沢山あるのに、何一つ聞くことは出来ない。
いっそケイゴが、モリヒトは?と聞いてくれれば、そこから話を広げることが出来たかもしれないのに。
「あ」
「どうした」
「当たり前だけど、ウルフも知ってる」
「……そうだろうな」
ウルフはもう一人のケイゴだ。記憶を共有しているのだから当たり前だろう。何故だろう、それが面白くない。
元を辿れば、ウルフとケイゴは同一人物だとわかっているが、見た目はもちろん、考え方も他人だ。オレは二人が同じとは認識していない。
ケイゴがオレに話したことは、自動的にウルフの記憶に共有される。そんな不公平なことはしないが、ウルフからケイゴの好きな女子を聞き出すことも出来る。
聞かないし、聞いたところでアイツが喋るとも思わないが。
またひとつ、もやもやした気持ちが重なる。
オレはケイゴの親友だ。多分、ケイゴもそう思ってくれてる。
オレはニコが好きだし、将来的にニコと結婚したいと思っている。そこにケイゴはいない。
ただ、今のオレに芽生えた感情は、ケイゴを誰かに取られてしまうかもしれない、という独占欲だ。
いくら世の中が同性愛に寛容になったとして、オレはニコが好きだから、他の誰かということは考えられない。それはケイゴも同じだろう。
それなのに、会ったことも見たこともない誰かに、どうしようもなく嫉妬している。
ケイゴがオレにだけ打ち明けてくれたことを、ウルフが知っているのも嫌だった。その理由はわからない。
「……今日は赤飯でも炊くか」
「えっ?なんで⁉︎」
「冗談だ」
「いや本当なんで⁉︎」
赤飯の意味も知らないのか、と内心呆れたが、精一杯の嫌味に気付かれなくて良かった。
見知らぬ誰かさん、オレのケイゴを取らないでくれ。