引き連れた傷痕「隊長、先ほど斎藤さんがいらしたんですが」
「あぁ、なんだウィル」
「この間のですね…」
マスクをつけたウィルが隊長と話している。口元を大きく隠すそれはウィルの綺麗な顔を隠しててあんまり好きではないんだけど、そのマスクの下から覗く爛れた皮膚を隠すためだって知ってるから何も言わない。あれは、ハロウィンの日あたしを庇って負った火傷。変なやつに地下で襲われて、あたしも頑張って戦ったけど追いつめようとしたら火を放ってきて。ウィルが焦ってあたしを呼ぶ声が聞こえたと思ったら気づけばウィルは火に包まれていた。びっくりして、声が出なくて、体が動かなくて、でもこのままじゃウィルがって思ってたらチュー子がウィルを連れて行ってしまって跳ねるように走り出した。あたしがいるのに何で連れていくんだって、頭の中が真っ白になって思い切り怒鳴ってウィルを取り戻して手当して。その時は暗いのもあって気づけなかったんだけどあとで病院でウィルを見たとき、顔や、体のあちこちにやけどの跡が残ってしまっているのに気づいた。
ウィルは、自分の怪我なんて気にせずに今日も病院で働いている。
顔にできた火傷の痕をマスクで隠して、腕に残った大きな火傷を、白衣と手袋で隠して。
ウィルは優秀なお医者さんで、ピルボックスに出勤するのもそれほど多くない。街中にあまり遊びに行くこともしてる様子はないし仕事ばっかりっていうイメージを勝手に持ってる。でもそのくらい真面目で、ウィルはずっとずっとあたしの憧れで、目標だ。
ウィルが少しでも息抜きしてもらえるようにって、遊びに誘ったり、声をかけたりしてるけど邪魔になってないかなって不安になる。この街はいつも騒がしいから救急隊って休めないし。
「そういえば、そろそろ業者が来る時間じゃないですか」
ロビーの隅っこで座ってたららーどーが包帯の入った段ボールを持ったまま歩いてきた。箱の中の在庫は少ないみたいで時計を見上げてたからいつもの納品業者さんを待ってるんだろうなって。そういえばもうそんな時間だ。
納品業者さんはいつも地下から来て、病棟に荷物を届けてくれる。今週は包帯とかキットとか沢山使ったから納品も大変だろうなって思ってたらエレベーターホールから段ボールを3つ重ねたものを手にウィルが戻ってきた。白衣とシャツは暑いのか腕まくりして、いつも手に付けている薄いゴムの手袋は邪魔になったのかポケットから覗いている。見た目ではわかりにくいけど結構筋肉の付いたしっかりした腕に痛々しい火傷の痕が見えて思わず悲鳴を上げた。
「ちょっと!!!!ウィル!!!!!????」
「っ、」
「うで、腕が!腕まだ直ってないじゃないですか!!!???」
「あぁ…すみません。忘れていました。痛みもありませんし、大丈夫ですよ」
「でも!!」
そっと、火傷の痕に手を伸ばす。すべすべの腕に残った痛々しい火傷の痕。あたしがもっと早く手当てしていたら、もっとちゃんと傷跡を確認できていたら、もっと、もっと、もっと
「でも、」
「ももみさんの治療が早かったおかげですよ」
「…」
「あいつ、ほんとに許せないです」
「ふふ、大丈夫ですよ」
あたしを安心させようとしたのか、ウィルはマスクを外して微笑んでくれた。ウィルの笑顔を見れて嬉しい気持ちと、首筋から耳の下あたりまで伸びる火傷の痕が見えて心の中がキュって苦しくなった。ウィル、ウィル…
誰にでも優しくて、それがあたしにだけじゃないって言うのも知ってる。知ってるんだけど、
「隊長~」
「なんだ」
「納品届きましたが、包帯の在庫は何処にしまえばいいですか?」
「ん?あぁ、それはバックヤードに持って行っておいてくれ。」
「了解しました」
病棟から出てきた隊長にウィルが確認を取っていてこっちに気づいてない隙に一番上の段ボールに手を伸ばした。包帯って書かれたシールが貼ってあるそれは見た目に反して結構重いのは知ってる。でも一つくらいならあたしにだって持てるし、お手伝いしなきゃ!
「っ、とと、」
「あたしも手伝う!」
「…ありがとうございます。まだ下にもあるので一緒にお願いしますね」
「任せて!」
「よ、と」
背中で受付に入る扉を開けるウィルの腕に視線を戻す。ウィルは大丈夫だって言ってたけどやっぱりまだちょっとだけ心配。
「ねぇ、ウィル…」
「はい、どうしました?」
あたしが通るのを、ドアをおさえたまま待っていてくれるウィルの方を見ないまま通り過ぎてカウンターに段ボールを置いてバックヤードの鍵を開けた。段ボールを抱えなおしてウィルの真似をして扉を開けて彼が通り過ぎるのを待つ。
「あのね、あとでそれ、手当てしてもいい?」
「…?あぁ、これですか?」
ロッカーの隣にあるステンレスキャビネットに包帯を置くウィルの隣で、荷物を持ってもらえるのを待つ。あたしでは届かない場所だから大人しく待つしかできない。
軽々と段ボールをキャビネットに並べるウィルはあたしの視線が気になったんだろう、捲っていた袖を戻してあたしの頭をポンポンと撫でた。
「じゃあ、あとでお願いしますね。」
「ん、」
「ではまだましろさんが頑張っている筈なので戻りましょうか」
「おっけー!」
顎に引っ掛けていたマスクをもとのように戻して、ウィルと一緒に地下駐車場に向かう。思ったよりたくさんあった荷物にらーどーとウィルと三人で笑って。
ウィルの火傷、綺麗に治るといいなって。