大輪は手ずから愛でるもの「獅子神、あなた玩具を挿入して自慰をしたな?」
久々のデート、家で食べる夕食、二人で戯れ合いながらシャワーを済ませた後の、夜。湯上がりのまだ温かい指を絡めながら雪崩れ込んだベッドの上で、黒いキャミソールとショーツに身を包んだオレの可愛い恋人様は唐突にそう言い放った。
へ、と間の抜けた声が唇から溢れて、半ばベッドに押し倒された状態で目を瞬かせた。肘をついて上半身を起こした体勢で暫く思考が止まり、数拍遅れて彼女の——村雨の言っている内容を理解する。
「お、おま、何だよいきなり! いいだろ別にオナニーするくらい!」
あけすけな物言いに顔が熱くなっていくのを理解しながらも、わざわざ指摘されるような事ではないだろう、と言外に訴える。頻繁に会って触れ合う時間を作れるのならともかく、村雨にもオレにもそれぞれの生活と言うものがあるのだ。なかなかゆっくり時間を取れないのはお互い承知の上だったし、同じベッドで寄り添って眠るだけでも幸せだった。
それはそれとして、付き合い始めてから今に至るまで散々彼女の細い指先や唇、用意されたアダルトグッズに責め抜かれた体が放っておかれても大丈夫か、と言われるとそんな事はない。問題しかない。
彼女と付き合うまでは意識すらして来なかった性欲と直面するようになって、一人でそれを晴らす夜も時々あるようになって。なんだかんだと忙しい彼女に無理をさせたくはないからと、最近回数が増えていたのも確かだった。
「駄目だとは言っていない。挿入するな、と言いたいのだ」
「……つまり?」
「私以外に挿入させるな。私が腰に付けたものだけにしろ」
「動かしてんのオレの手だけど⁉︎」
白い指にすりすりとショーツのクロッチを撫でられて、思わず逸らしそうになった意識を何とか引き戻す。何を言ってるんだこいつは、と思いながら村雨に目を向けるものの、彼女の表情は至って真面目だ。冗談や揶揄いを言っているようには思えない。
そりゃあ、オレだって自分の手で掴んで動かすより、彼女の体温を感じながら奥までピストンされたい。けれど一人でいるベッドの上でそれが叶うわけも無く、仕方ないから自分でやっているのだ。自分でやっているだけあって、途中で手が止まってしまう事もある。不完全燃焼の日もざらだ。
我慢した結果のそれを止められて、オレは不満を隠しもせずに眉を寄せる。傾けていた体を起こし、ベッドの上に座り直すと彼女の頬をむに、と掴んだ。やめろ、とすぐに反応が返ってきたので、とりあえず離してやる。
「あなた自身の手であっても嫌だ」
「んな事言われてもな。……お前が散々弄ったから、胸だけとか股だけとかじゃ満足しねーんだよ。一人でするから途中で止めちまう事もあるし」
「満足出来るようになればいいのか?」
「は?」
ずい、と顔を寄せてきた村雨がそう尋ねてくる。その勢いに思わず後ろに仰け反ってしまいつつ、問いに対しての答えを探した。
出来るようになれば解決するのか、と言われると分からない部分ばかりだが、まあ、出来るようになって困らない話でも無いだろう。何となく嫌な予感ばかりがむくむくと顔を出し始めてはいるのだけれど。
「そりゃあ、まあ……なかなかお前とこうしてエッチする時間取れねーし……。お前がオレにディルド使ってオナニーされたくないって言うなら、それが叶えてやれる程度にはなれるといいとは思う、ぞ?」
「分かった。確かに私の我儘から来ているのだから、責任はちゃんと取る」
「いや、責任とかそこまで考えなくても——」
目の前で暗赤色の眼差しが嬉しそうに弧を描く。あ、これはやった、と思った時にはもう遅く、すらりとした村雨の腕が私の肩を掴んでいた。にこにこにっこり、可愛い可愛い恋人様の愛らしくも美しい笑顔が目の前で展開されている訳だが、その目に宿った熱が何よりも恐ろしい。
思わずベッドの上で、じり、と後退した。しかし彼女の腕から逃げられる訳もなく、獅子神、と愛情たっぷりの声で名を呼びながら脚を割り開いて体を押し付けてくる。いや今じゃなくていい、今じゃなくていいから。そんな事を言っても、止まるような女では無い。
「たっぷり時間をかけて、あなた一人でも達せるようにするからな」
「……ひえ……」
任せておけ、と耳元で囁かれて、そのまま柔らかい布の海へと突き落とされる。見上げた恋人の笑顔はどんな女も勝てないほどに美しかったが、すぐにぐずぐずにされてしまったオレにはそれを堪能する余裕なんて、無かった。