「レオってさ、モテるのに浮いた話ひとつ聞かないよな」
「あー、それ分かる」
「なんで彼女つくんないわけ?」
好奇の目が、いち、に、さん、し、と向けられる。視線は寄越さずとも聞き耳を立てている奴も合わせたら両手では数え切れない。
そんなに他人の恋愛事情が気になるのかよ。と、玲王は嘆息する。この質問はこれで三度目だ。ブルーロックのメンバーで飲みに行くと必ずどこかのタイミングでそういう話になる。今日は話題に上らないなーと思っていたが、例外はないらしい。
「そういえばこの前、女子アナに言い寄られてなかった?」
「あっ、はいはーい! 俺、その瞬間みた!」
「なんでどうでもいいところは見てんだよ……」
「たまたま見ちゃったんだもん。でもさ、それ断ってたよね?」
「めちゃくちゃ可愛かったのに。もしかして美人系がタイプとか?」
「別にそんなんじゃねーよ。面倒だからつくんねーの!」
「えー、勿体ない」
「うわぁ……一度でいいからそのセリフ言ってみてぇ〜!!」
ぐうっと悔しそうに潔が下唇を噛む。そうは言っても此処にいる全員、プロのサッカー選手だ。黙っていたって引く手数多である。少なくとも一度や二度は言い寄られた経験があるはずなわけで。
「じゃあ、凪っちは? 凪っちもずーっと彼女いないよね?」
「……ねぇ。その話、あと何回繰り返すの?」
「ありゃ、そうだったっけ?」
「それにもう何度も言ってるじゃん。俺はレオ一筋だって」
隣に座る凪がこてんと肩に頭を乗っけてくる。可愛い。間違えた、いい歳した男が何やってんだよ。
「なーぎ、重いって」
「ねぇ、レオ。早く頷いてよ。そしたら俺たち、毎回こんなこと聞かれなくて済むよ」
「うわ、また始まった」
「おーい、凪。レオが困ってる」
「困ってないよ、ね?」
「うーん、ちょっと困ってはいる」
「…………」
分かりやすくしゅんと落ち込む凪の頭を撫でる。見えないはずの耳と尻尾がゆらゆらと揺れているように見えた。もっと撫でてー、と頭を押し付けられる。
「なんか、飼い主と犬みたい」
「いや、母親と赤ちゃんだろ」
「いずれにせよ凪はレオに世話されてる方」
「でもさ、みんな独り身ならそれはそれでいいじゃん」
「それなー。みんな抜け駆け禁止な」
「裏切り者には死を、ってか」
みんな好き勝手に楽しむだけ楽しんで、もう飽きたと言わんばかりに話題が他へ移る。話題を振ったくせに、もうちょっとマシな着地の仕方はなかったのかよ。と思わなくもないが、一番馬鹿にされていた凪は気にしていないようだった。そのままごろんと横になり、膝に頭を乗せてくる。酔って眠たくなったのだろう。だとしても自由な奴だ。
「こーら、凪。寝るなって」
「もうねむーい。帰りたい……」
「この子はもう……」
わしゃわしゃと犬みたいに凪の頭を撫でて、素早くスマホをタップする。メッセージの送り先はばあやだ。迎えを頼む、と送ろうとしたそのとき、凪に止められた。
「迎えはいいよ。歩いて帰ろうよ」
「無理だろ。へろへろじゃん」
「歩くぐらいできるよ」
ムッとして凪が立ち上がる。足がもつれたのか、うにゃ、と変な声を上げてよろめいた。言わんこっちゃない。
「どったの、凪」
「かえるー」
「あーもう! 悪いけど、俺等帰るわ」
「そんな奴、転がしとけよ。凪だってもういい大人なんだからママ離れしろー」
「は……? 転がせるわけねぇだろ。凪は俺の宝物なんだけど?」
「ん〜〜れお〜〜」
一瞬、ピキッと青筋が浮かんだが、みんな強かに酔っているからたぶん悪気はないのだろう。ぎゅうっと抱き着いてきた凪に毒気を抜かれ、よろつく巨体を支える。既に集金は済んでいるため、そのまま店を出た。もうちょっと店に居たかったが、さすがに凪をそこら辺に転がしておけない。居酒屋の隅で寝かせるのはもっと可哀想だ。
「ほら、なぎー。歩けー」
「ん……」
凪の腰を抱きながら繁華街を歩いていく。べったりとくっつく凪に、こーら、と額を小突いた。それが合図だったかのように、急にしっかりとした足取りで歩き出した凪にプッと吹き出す。
凪は玲王の手を掴むと、ずんずんと歩き出した。途中でタクシーを止め、そのまま凪が借りているマンションまで向かう。
玄関に入ったらすぐだった。閉まる扉を背に、凪にちゅうっと唇を吸われる。
「もういい加減、みんなに言っちゃおうよ」
「んっ……ダメだって……」
「そんなにイメージが大事?」
「…はっ、ん……、俺はいいけど、お前が変に言われるのヤダ……」
「別になに言われてもいーよ」
「あっ、なぎ、もっと……」
ぢゅうっと舌先を吸い上げて離れていく凪の唇を追いかける。ねだるように凪の首に腕を回した。はふはふと息をしながら、小さくて薄い唇を求める。すぐさま滑り込んできた舌が厚ぼったくて気持ちいい。
「本当は玲王の方が犬みたいなのに」
「う、え……」
親指を咥内に突っ込まれた。げほっ、とえずきそうになる。だらしなく飛び出た舌を人差し指と中指で挟み込まれた。
「ぅ、にゃぎ、」
「えっちが終わった後とか、赤ちゃんみたいに甘えてくるのにね」
剥き出しの舌に凪の舌が絡まる。くたくたになるまで咥内を舐め回された。立っていられなくなって、凪に寄りかかる。
「でもまぁいっか。みんなの前で、俺たちなんでもないですよーって取り繕うレオも可愛いし。ちょっとだけ素っ気ないのは寂しいけど」
「……ん、凪、はやく」
「ん、」
カプカプと鼻先に歯を立てる凪のふわふわの毛を撫でる。
確かに凪の言う通りかもしれない。たぶん、凪の目に映る御影玲王は随分とふにゃふにゃで甘々で、朝になったら凪に赤ちゃんみたいにお世話されている。だけど、それを知るのは凪だけでいい、凪だけがいい。だから、もう少しこのままで。という気持ちは凪のキスに飲み込まれた。