「ねぇ、レオー。もう帰ろうよー」
「まだ、ダーメ! こっちのぬいぐるみ取ってから!」
「えー、そっち俺のぬいぐるみでしょ? 別にいらないよ。レオのぬいぐるみだけあれば」
「そういうわけにもいかねーの!」
小さな貨幣投入口に百円玉を次々と入れる。
俺は眼の前にあるクレーンゲームから十五分は動けないでいた。それもそのはずで、三千円ほど注ぎ込んでもなかなか凪が取れない。凪を模したぬいぐるみが。ちなみに自分のぬいぐるみは既に取れている。さっき凪が取ってくれた。数百円で。それなのに。
「あーーー、クソッ! ぜんっぜん取れねぇ!!」
「俺がやろうか?」
「それもダメ!」
凪のぬいぐるみは俺の手で取りたい。ガチャガチャとレバーやボタンを操作しながら、凪ぬいを掴む。だが、すぐにアームから落ちて、ころんと転がった。しかも奥の方に。
「そんなぬいぐるみがなくても、」
「なくても?」
「俺がいれば…………。いや、なんでもないです」
「?」
モゴモゴと言い淀む凪の横で、俺は作業みたいにお金を投入していく。
このぬいぐるみはブルーロックから出されたぬいぐるみで、俺たちの姿がデフォルメされている。ブルーロックを出て、一時的に元の日常へと返されてから商品化されたこともあって、俺たちは非売品を見ることも受け取ることもできなかった。つまり、欲しければたとえ自分を模したぬいぐるみであっても自力で取るしかない。
なお、このぬいぐるみはかなりの人気らしく、場所によっては既に狩り尽くされているところもあるらしい。そんな愛嬌しかないぬいぐるみを、俺たちは必死になって取ろうと躍起になっていた。否、必死になっているのは俺だけみたいだが。
「あとちょっとなのになー……」
惜しいところまで行くが、あとちょっとが掴めない。右に左にとレバーを動かしていたら、凪に後ろからぎゅっと手を握られた。びっくりして、ぴゃっと肩を跳ね上げる。
「な、ななな凪!?」
「もうちょっと左じゃない? あともう少し奥に……」
「…………」
「この位置ならいけそうかも」
耳元で凪の声がする。ぎゅっと手を握られているからレバーの操作を間違えることはないけれど、今の俺にはぬいぐるみが取れないことよりも、そっちの方が大問題だった。
「な、凪……!!」
「あ、取れた」
アームが取り出し口まで向かって、ぽろんと掴んだぬいぐるみが落ちてくる。その瞬間、パッと凪が離れた。
「ごめん、結局俺が手助けしちゃった」
「いや……、むしろありがとな」
真っ赤になった耳を髪で隠しながら、ゲットしたばかりのぬいぐるみを回収する。心なしかお互いのぬいぐるみが揃って、二体が喜んでいるように見えた。
「二つ揃ったことだし、お前の部屋に飾るぞ!」
「え、レオが持って帰るんじゃないの?」
「それも考えたけど、お前の部屋の方が殺風景じゃん?」
本音を言うなら持って帰りたい。だけど、凪がこのぬいぐるみを見て、ちょっとでも俺のことを思い出したり考えたりして欲しいのだ。
俺は、凪のことが好きだ。だけど、アプローチの仕方が分からない。こんな些細なことで凪が俺のことを思ってくれるとは思えないけど、望みがあるなら試してみたい。
「よし! 早速、お前んちに行くぞ!!」
うへぇ、と抜けた声を出す凪を引っ張って、白宝の寮へ向かう。凪は、レオってばいつも急なんだから……と言いながらも、俺のことを部屋まで連れて行ってくれた。
◆
可愛い凪と俺のぬいぐるみはチョキの横に飾ることにした。だが、そこで新たな問題が発生した。
「立たない……!」
ぬいぐるみが自立しない。チョキを背もたれにしてみたり、少し動かして窓を背に立たせてみたり。試行錯誤するが、ころんと転がってしまう。
しかも、その顔が笑顔だから憎めない。凪ぬいは無表情だが、ちょっとだけ頬のところが赤くなっている。頭でっかちなところも可愛かった。だが、そのせいで転がりやすくもなってしまっているのだが。
「すぐ転がっちまうな……」
「諦めて寝かせたら?」
「立ってた方が可愛いだろ」
「レオのぬいぐるみはね」
「お前のも可愛いーの!」
無遠慮にも凪のベッドに乗り、意地になって何度もぬいぐるみをディスプレイし直す。そのうち、凪は飽きてゲームをし始めた。トイレにまで立つ始末である。
「もー……」
ころんと転がる二つのぬいぐるみをじっと見つめる。
凪のぬいぐるみは贔屓目のせいか、特別可愛く見える。俺のぬいぐるみもニコニコと笑っている。
コイツみたいに、俺もずっとニコニコしていたら凪に好いてもらえるかも……と、一瞬馬鹿な考えがよぎった。
ちょっとだけ自分の実らぬ恋に切なくなりながら再びぬいぐるみを並べる。
だけど、やっぱり転がる。お互いの顔が向き合った状態で。
「…………」
くるっと後ろを振り返る。凪はまだトイレだった。
ちょっとだけ魔が差す。俺はそのまま自分のぬいぐるみの頭を、後ろからちょんと押した。
「……何やってんだか」
ちゅっ、と綿同士が触れ合う。自分の行動に呆れつつも、もう一度ぬいぐるみの口同士をくっつけた。
「あほくさ……」
「レオ?」
耳の真横から声がして、わーーーー!!! と悲鳴じみた声を上げる。
咄嗟にぬいぐるみから手を離した。
だけど、きっと見られた。凪がじっと飛んでいったぬいぐるみのことを見ている。
「いや、これは、違くて、」
「何が?」
「だから、その……」
「ぬいぐるみ同士をくっつけてたこと?」
ぬいぐるみを回収した凪が、眼の前で口同士をくっつける。
……最悪だ。消えたい。こんなの、ぬいぐるみを飾るどころの話じゃない。
「わりぃ、忘れろ……」
「なんで?」
「遊んでただけたし……」
苦し紛れの言い訳をする。遊びにしては酷すぎる。だけど、凪は何を言うでもなく、ベッドに上がってきた。
手にしたぬいぐるみを、チョキを背にして並べる。何度やっても転がったのに、今度はちゃんと二人が並んだ。
「……ねぇ、レオ、俺たちもちゅーする?」
振り返った凪が言う。「えっ」と呆けた声が出た。
「言っとくけど、こっちは遊びじゃないよ」
「ちょ、なんで……、」
凪が近づくたびに、ギシッとベッドが鳴る。冗談を言っているようには見えなかった。むしろ、凪の目は本気だ。
「だって、俺たちのぬいぐるみをキスさせるって、そういうことでしょ? 俺はさっき、そのつもりでやった」
シーツの上で握った拳に凪の手のひらが重なる。俺もそのつもりだったから言い逃れできない。
さっきのぬいぐるみじゃないけれど、凪に後頭部を引き寄せられて、後ろから押されるような形でキスをした。