「俺ってさ、レオのことが好きなのかな……?」
やっすい大衆居酒屋のベトついた机に、ぽとりと焼き鳥を落とした。既に冷めきっていたし、身が硬くなっていたからあまり罪悪感はない。だけど、そのままにしておくのも気が引けて、ひとまず串にまた突き刺して、食べ終わった皿の上に移した。それを凪がぼーっと見つめている。
凪は手持ち無沙汰に、ソフトドリンクに刺さっていたストローで氷をつついた。とっくの昔に凪のドリンクはビールから甘いジュースに変わっている。酔いが回ったのか、ほんのりと頬を赤く染めて、艶光りする机に突っ伏していた。
「なんで疑問形なんだよ? ってか、どういうこと……?」
「だから、俺ってレオのこと好きなのかな? って」
いや、そんなの知らねーよ。
そうツッコんでやりたかったところをグッと堪える。
そもそもここ数ヶ月、俺は凪に避けられていた。凪を怒らせた自覚はない。いつも通り練習をこなして、試合をして、オフの日は凪と過ごしていたはずなのに、あるときから凪がよそよそしくなった。無視まではされないにしろ、ふいっと視線を逸らされたり、話しかけに行こうとしたらそれとなく避けられたり。だけど、俺以外のメンバーとは普通に話しているから、それがまた気に食わなくて仕方なかった。
俺のことは避けて、他の奴のところには話しかけに行くのかよ。と文句を言いたくなる。心なしか凪が楽しそうにも思えてイライラする。
いつもみたいに甘えても来ないし、必要最低限の接触以外してこない。だけどそのくせ、練習や試合ではいつも通りなのである。俺からのパスは積極的に受けてくれるし、何をしたいのかも汲んでくれる。だったら、どうして……?
むしゃくしゃした俺は、周りの奴を使って凪を呼び出した。凪が捕まらないのなら、おびき寄せるまでだ。凪は潔とよく話している。二次選考で同じチームだったこともあり、潔とはそれなりにコミュニケーションを取っていた。
凪と潔の関係性は俺との関係性とはまた違う。きっと、凪は潔に向けるような言葉の鋭さや傲慢な態度を俺にはとらない。それが少し寂しかった。
俺にももっと本気で怒ってみろよ。乱暴してみろよ。と思わなくもない。取り繕っていない剥き出しのお前を見せてみろよ、と思う。
だけど、俺だって凪に隠していることがある。凪の前で涙を見せたことはなかったし、腐ってる姿も極力見せないようにしている。だから、お互い様だ。そう、お互い様だけど、凪のことはすべて知りたいとも思ってしまうのだ。
そんなわけで、俺は潔に凪を呼び出してもらった。たぶん俺が普通に呼び出したら来てくれなかっただろう。なにせ、避けられているので。
案の定、凪は俺からの誘いとは知らずにのこのこと大衆居酒屋にやってきた。安い店を選んだのはあえてだ。俺が呼び出したと勘づかれないように。
凪は俺の姿を見ると、あっ、とちょっとだけ口を窄めて、渋々といった様子で眼の前に座った。
「久しぶりだな、凪」
「……うん」
「何にする?」
「ジュース……」
「ビール飲めよ、知ってんぞ」
お前が他の奴の前では豪快にビールジョッキ傾けてんの。俺の前では可愛いもの飲んでるけど。
そう目で訴えかけたら、凪が「ビール飲みます」と呟いた。
「お前ってさ……まぁ、いいや。なんか食おうぜ」
「うん」
ひとまずメニュー表を眺めて、思い思いに好きなものを頼む。
凪は基本的に面倒くさくないものを頼む。枝豆とかは剥くのが面倒くさいから嫌がるけど、焼き鳥は串から直接かじるだけだからあまり嫌がらない。なんだかんだ凪のことも考慮しながら料理を選ぶ。
先に運ばれてきたビールで乾杯して、何品か料理が出てきたところで、俺は凪に切り出した。
「お前さ、最近、俺のこと避けてるよな?」
ドンッとビールジョッキの底をテーブルに叩きつける。だけど凪は「そんなことないよ」と小さな口をもぐもぐさせながら言った。最後の方が食べづらいのか、串に焼き鳥が残ったまま放置されている。
仕方ない奴だなーと思いながらも、箸の反対側を使って残っている焼き鳥を串から引き抜いた。凪の皿の端にちょこんと置く。
「嘘つけ。俺のこと避けてる」
「避けてない」
「いーや、避けてる!」
「……むしろ、レオの方が俺のこと避けてる」
「避けてねぇ!」
「嘘。遠巻きに見てることあるし、いっつも誰かと一緒にいるじゃん」
じとっとした湿度のある目で凪に見られる。そうだろうか? はて? と首を傾げたら、この前も千切といたじゃん、と凪がむくれた。
「なに、妬いてんの?」
「は? ちがっ……でもそうなのかな?」
凪が喉を鳴らしてごきゅごきゅとうまそうにビールを飲む。いつも可愛らしい色をしたアルコールばかり飲んでいるから新鮮だ。いつもの甘えん坊な子どもっぽい凪も好ましく思っているけれど、今の凪も好感が持てた。
「たはっ! お前、顔真っ赤」
「そんなに強くないもん」
「でも、ベロベロにはなんないよなー」
「その前に眠くなっちゃう」
追加の料理が来て、そのタイミングでもう一杯ずつビールを頼む。程なくして、並々と注がれたビールを凪は一気に半分ほど飲み干した。
「あっつ……」
「一気に飲むからだろ」
「そうでもしないと落ち着かないんだもん。二人だけでいるの、久しぶりだから……」
凪が唐揚げを箸でつまむ。だけど、手に力が入らないのかぽろりと落とした。特に慌てるでもなくそのままにする凪に、あーもう、と新しい唐揚げを箸でつまむ。あーんと口を開ける凪に唐揚げを突っ込んだ。
「もうそろそろ水にしとけ」
「甘いやつ飲みたい……」
「もー」
話にならない。どうして凪が俺のことを避けるのか聞きにきたのに。
だけど、今のとろんと融けた凪に聞いたところで、生返事しか返ってこないだろう。仕方なく、冷めた焼き鳥に手を伸ばしたときだった。
「俺ってさ、レオのことが好きなのかな……?」
その一言で、ハッと息を呑む。
意味が分からなかった。そんなことを聞かれても分からない。知らねーよ、という言葉が出かかったところで、凪が「潔がさ、」と、いま一番聞きたくない奴の話をし始めた。
「お前はレオのことが好きなんだなーって言うんだよ」
「……じゃあ、そうなんじゃね? 俺は凪に好かれてて嬉しいけど」
「言っとくけど、たぶんそんな喜ぶものじゃないと思う……」
凪が本格的に机に突っ伏して言う。顔は見えなかった。耳だけが赤い。
「俺、気付くとずーっとレオのこと見ちゃう。レオが他の奴と話してるとこ見るの嫌だし、レオが他の奴と一緒に居るのもヤダ。ぜんぶ、俺だけだったらいいのにって思っちゃう」
レオが誰かに笑いかけてるのも嫌。愛想よくしてるのも嫌。レオの口から他の奴の話題が出るのも嫌。レオって割とガサツなとこあんのに、他の人の前ではちゃんとしてるのも嫌。
「とにかく、俺以外の奴に、俺には見せない顔とか態度とってんのが嫌……」
こんなに喋れんのか、ってぐらい凪が一気に吐き出す。ねぇ、どう思う? と、ちょっとだけ顔を上げた凪と目が合った。合ってしまった。ヒクッ、と口角が釣り上がる。
「俺、レオのこと好きなのかな?」
「…………」
「ねぇ、レオはこういう気持ちになったことある……?」
その問い掛けに押し黙る。
これ、認めたらダメなやつだろ。だって、凪が言ったことぜんぶ、俺が凪に対して向ける気持ちと当て嵌ってしまう。っていうか、俺、凪のこと、そういう意味で……。
「潔が言うには、レオもたぶん俺のこと好きなんじゃない? って言うんだけど……そうなの?」
期待するような目で見つめられて、逃げ場がなくなる。
俺はその問いに、暫く答えることができなかった。