Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    ようら

    きまぐれにポイっと投げてきます

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    ようら

    ☆quiet follow

    書く事を諦めた炎博

     好きだ、と告げたときの反応は予想外の無。懐疑心や恐怖心を越え、ありとあらゆる葛藤を呑み込み、相当の覚悟を噛み締めてようやくこの言葉を口にしたのに。
     彼らしい、と言えばそれまで。拍子抜けともドクターは思った。ともすれば、怒りや嘲笑を向けられると予想していたし、真っ先に拒絶されるとすら想定していたから。
     百九十ある身長から無表情で見下ろされる気まずさに、定めて見上げていた視線がぶれそうになる。ちょっと涙も出ちゃいそう。「は?」であれ「死ね」であれ「殺す」であれ、何らかの反応が欲しい。
     さっさと、盛大に振ってほしい。心から願ってしまう。
     何故なら、ドクターでさえ、自分正気じゃねぇなと思っているからだ。
     記憶のない自身へ初対面に意味深で物騒なことを一方的に言われ、過去に対する疑問を抱えたまま幾つかの戦場を経たのち、作戦が終了しても戦闘の高揚が静まらなかったこの男に強姦されたのは少し前。そこからずるずる拒みきれず身体の関係を続けていたのもどうかと思うが、そんな男へ好意を寄せるなんて本当に正気の沙汰じゃない。だからこそ葛藤に葛藤を重ね、貴重な睡眠時間を削り、戦術指揮以外でここまで頭を使ったことがあっただろうかと問いかけるほどに考えた挙句、面倒になった。
     いっそ潔く振られよう。それがいい。そうしようそうしよう。
     脳内満場一致で可決された。思考を放棄したとも言う。
     夜にはブレイズと飲む約束をしている。何かと事情を聞いてくれていた彼女が、当たって砕けたあとはこの胸で慰めてやると豪快に笑って背中を叩いてくれた。叩かれた弾みでちょっと吹き飛んで壁に激突してしまい、ブレイズはアーミヤにドクターはか弱いんですから手加減してくださいと怒られていた。か弱いの一言は必要ないんじゃないかな、アーミヤ。
     とりあえず、このあとはブレイズと飲むのだ。飲んで飲んで、浴びるほど飲んで、やけ酒して、失恋の痛みなどぶっ飛ばそうと思っているのだ。
     だから、早く振って欲しい。本当に、本当に、早く。早く。早く。
     いっそ祈るように見上げる。ドクターは一切の宗教を信じてはいないのに。今この場においては神だろうが天使だろうが悪魔だろうがなんでもいい。早く早く。早く振って。結論を与えて欲しい。
     諦めるという結論に至るための確実な判断材料を、与えて欲しい。
     これだけドクターが真剣に見上げているのに、男は、エンカクは、相変わらずの無表情だった。戦場では不敵と楽しげに歪む金目は全くの無のまま、酷薄な印象だけを残してドクターを見下ろす。
     どれだけ、時間が経っただろう。三分程度だったかもしれないし、十分以上はそうして見つめ合っていたかもしれない。ドクターにとっては地獄のような長い時間に感じられたが、エンカクが目蓋を下ろしたことでそれは唐突に終わった。
     小さな溜息が落ちてくる。溜息をつきたいのはこっちだと、零しそうになった愚痴をドクターは懸命に堪えた。
     不意に、大きな掌が目前に迫った。反射的に目をつぶってしまったドクターのフードと頭の間に手が潜り込み、フードを落とした。フェイスガードはしておらず、フードの中で乱雑にまとめていた真っ白な後ろ髪をエンカクの手がほぐし、背中へと流す。
     ドクターは混乱した。
     なんだ、この手つきは。
     こんな触れられ方など、されたことがなかった。
     こんな、こんな、いっそ慈しむような。
     戦場での荒々しさと、ベッドの上での横暴さしか知らないのに。植物を育てる繊細な趣味を持つ彼だからこんな手つきもできるのだろうけど、それがこちらに向けられるとは思ってもみなかった。
     高い位置にある頭がそっと近寄ってきて、ドクターの耳元に唇を寄せた。少しだけ、彼の鋭利な角へ栄養不足の少しパサついた白い髪が絡まる。
     ど、ど、ど、とうるさく喚く胸を押さえることに忙しいドクターへ、エンカクはそっと告げた。
     「……そうか」





    +





     「そうかってなんだよっ!」

     期待させやがってあの悪魔!
     グラスを持ったままの手がテーブルに叩きつけたれた。中身は空だ。雫が数滴、テーブルに散っただけ。ついでにドクターもちょっとだけ手を痛めた。アーミヤ曰く、か弱いので。
     あのあと、そうか、とだけ残し、エンカクはどこかへ行ってしまった。最初は茫然と立っていたドクターだったが、ブレイズが迎えに来る頃には執務室に誰かが置いていった可愛らしいクッションを怒りも顕わにソファーへ叩きつけていた。
     荒れてるねー。暢気なのはブレイズばかり。まぁまぁ話はあとで聞くからと、ジタバタする身体を難なく片手で抱えられ、食堂に併設されているバーへ連れて行かれた。手放しそこねたクッションも一緒に。

     「曖昧な返事しやがって! なんて嫌がらせだ。こっちは心臓吐きそうなほど覚悟と緊張で告白したのに! そんなに私のことが嫌いか!? 嫌いなんだろうなー! 過去の私何やった? ホントに何やらかしたの?! 彼の部隊の壊滅? 彼以外皆殺し? さっすが私! 昔から人殺しを指揮する能力だけは冴えてるー! ふー!」
     「ドクター、荒れてるねぇ」
     「荒れてるというか、もう酔ってるというか。貸し切りにしておいてよかったわ」

     ブレイズがドクターと飲むにあたり、このバーを貸し切りにしたのは本当に英断だった。余程物好きか変わり者のオペレーター以外、こんな変な方向に荒れまくった指揮官など見たくもないだろう。バーテンダー役を買って出てくれたミッドナイトは間違いなく物好きで変わり者の部類に入る。

     「因みに、我らが戦術指揮官殿の恋のお相手は?」
     「オペレーター・エンカク」
     「おやおや、意外だな。カランド貿易の社長さんか、ラテラーノの執行人の彼かと思っていたのに」
     「あっちが相手だったらこんなに荒れないって」
     「ああ、確かに。彼等だったらドクターを拒んだりしないだろうしね」

     空になったグラスへ、ミッドナイトはそっとオレンジ色の液体を注いだ。これだけ酔っていたら恐らくこれがジュースだなんて気付かないだろう。しかしドクターは鮮やかなグラスに見向きもせず、持ち込んだクッションを抱えて今度はべそべそし始めた。

     「どうせ……どうせ、応えてなんかくれないくせに」

     酔っぱらいとは、かくも面倒だ。怒り散らしていたと思ったら、今度は泣きに入ったらしい。涙でクッションを濡らすドクターへ、彼以上に飲んでいるのにも関わらず意識も所作もはっきりしているブレイズが苦笑する。ついでにミッドナイトへウイスキーをミストで頼む。口の中を冷やしたい気分だった。

     「それはどうかなー」
     「……」
     「お、そう思う根拠は?」

     話題に乗ってきたのは意外にも当人ではなくバーテンダーの方。氷を危なげなく砕きながら、元ホストは目を輝かせている。

     「彼ってさ、結構白黒はっきりつけるタイプじゃない?自分が嫌なものは特に」
     「まぁ、確かに。意見がはっきりしてるっていうのはあるかもね」
     「でしょ?そんな奴が、嫌いな奴から告白されて言葉を濁したまま終わると思う?」

     宙ぶらりんにしたままドクターが苦しむ様を嗤うような酷い性格はしていないだろう、とブレイズはエンカクを一定の評価をしている。振るう刃に迷いや躊躇いのない奴は、大体がいい意味でもわるい意味でも吹っ切れている奴が多いというのが持論だ。そしてそういう奴は、肝心なところで嘘はつけない、とも。




    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏😭🙏👏😭❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator