Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    ようら

    きまぐれにポイっと投げてきます

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    ようら

    ☆quiet follow

    書く事を諦めた銀博

     首筋に埋め込まれた差し込み口から無機質なプラグを引き抜く。
     ドクターの理性を貪欲に食べて快速充電を完了したドローン達は元気に施設内を飛び回っている。実に働き者だ。感心感心。
     それに対し、干からびたようにフラフラと充電ブースから這い出てきたドクターへケルシーは声をかけた。理性を急激に消費したドクターへ休息を奨めると共に、ドクターが求めていた資料の詰まったタブレットを渡すために。
     意識も危うく、ぽわぽわふにゃふにゃしてしまっているドクターとの会話はあまり要領を得ない。会話があちこちに飛ぶかと思えば、とんでもなく早口で語ってみたり。
     脈絡もなくとりとめもない会話をしていたとき、いつも凛々しくぴんとした彼女の耳が一瞬だけ沈んだのをドクターは見逃さなかった。視線を下ろせば、曝されている肩に若干の鳥肌。
     おやおやと、ドクターはとわざとらしく首を傾げる。

     「……お前の、壊滅的な嗜好など、聞いてない」
     「えー?」
     「聞きたくもない。首を傾げるな。今更らしくぶったところでお前への心象は変わらない」

     酷い言いようではあるが、自身に対して評価は否定できる要素が少なかったため、肩を竦めるだけに留めた。

     「あんなに、かわいいのに」
     「聞きたくないと言っただろう」

     持っていたタブレットを投げ渡し、話は終わりだというようにケルシーは離れて行った。患者のカルテなど重要なデータが入っているそれを投げてしまうほどに嫌な会話だったのだろうか。
     嫌、だったんだろうな。
     ドクターは小さく笑った。人の嫌がることを進んでやるのが戦術指揮官である。でなければ、常日頃から高いビルから落とされていく敵勢力を穏やかな微笑みと共に小さく手を振って見送ったりはしない。
     後に、ドクターはサイコパスなのでは、と護衛についていた新人オペレーターの青ざめた訴えにより自重しろとケルシーやドーベルマンにお叱りを受けたのだが、共感性は充分に有していますとも。でなければ人の嫌がることなんてわからないでしょう。
     それにしても、甚だ心外ではある。
     勿論、サイコパスがどうのということではなく。

     「かわいのになー。なんでかなー。なんでみんなこわがるんだろうなー」

     あんなに可愛い、かわいいかわいいねこちゃんなのに。





    +





     午後十時二十四分。滞りすぎた業務が終了した。
     本来なら三時間前には終わるはずの、なんてことない書類整理のはずだったのに。困ったことはとりあえずドクターに相談しとけとか言い出したのはどこの誰だい。おかげで業務に全く関係のない個人的なことまで回ってくるようになってしまった。
     結果、仕事が押しに押されこんな時間。
     ブレイズの傍迷惑な酒盛りをなんとかしてくれだとか、クロージャの押し売りが酷いだとか、ハイビスカスが提供する健康食の味を本人が傷付かないように指摘してほしいだとか。それこそそっちでなんとかしてくれと、何度こめかみを押さえたことか。
     ドクターはフルフェイスの向こう側に鮮やかな笑顔を貼り付け、揚々と館内放送をした。その放送を聞き、「だーれー?ドクター怒らせたのー?」と冗談交じりに笑うオペレーターに紛れて青ざめた数人をイーサンとマンティコアからの報告を元にして割り出し、可愛い可愛い忠実な番犬のケオベに「取って来い」を命令した。これで面倒事はドクターにとか言い出した不届き者はその言葉の責任を取らされることになるだろう。
     仕上げに、本日は関係者以外立ち入り禁止という張り紙をし、秘書であるイグゼキュターへ地雷設置許可を与え作業へ集中した。途中、一度だけ執務室の外で爆発音がしたが、ドクターは一貫して無視した。優秀なオペレーターが集まるロドス・アイランド製薬だ。これくらいで死ぬ者などいないだろう。
     遅くまで手伝ってくれていたイグゼキュターは、設置した地雷を素早く撤去して既に退勤している。最近はお疲れ様と声をかけると、無表情な彼の目元がちょっとだけ柔らかくなるのが嬉しい。
     斥候を命じ、見事役目を果たしていつの間にか執務室に戻っていたイーサンとマンティコアにお礼としてお菓子を渡し、上手に取って来いができたケオベにケーちゃんえらいえらいをしてからお気に入りのクッキーをあげ、本日は終了した。
     長時間同じ姿勢で座っていたせいで固まった身体を伸ばす。肩だって凝るし、目だって腰だって痛い。年かな、なんて考えてはみるが、ドクターは自分の正確な年齢を知らない。知らない方がいい気さえしている。
     椅子の背もたれに寄りかかり身体の力を抜いた。途端、空腹と眠気が襲ってくる。優先されるのは眠気の方。食事はしようと思えばいつでも食べられる。さっさと自室に戻り、シャワーを浴びて寝てしまおう。
     こういった不摂生や理性剤の乱用が積み重なり、ドクターの薄く脆い身体が生成されているのだが、本人は全く気にしていない。有難いことに、周りばかりが気を使ってあれこれと世話を焼いてくれる。
     端末の電源を落とし、執務室にロックをかけてからイグゼキュターが来てからさらに強固になったセキュリティーを作動させる。部屋を出てすぐ、廊下の壁が焼け焦げていたりあちこち凹んでいたりしたが、ドクターは鮮やかに見なかったことにした。ここはスルースキルが強く試される場面だろう。
     ドアのすぐ横に行儀良く座っていた尻尾が二本の珍しい黒猫にお疲れ様ですと挨拶をし、彼女とその背後にいる影に見守られながら自室へと戻った。
     フード付きの防護服を脱ぎ、フェイスガードを床に落とす。次に半透明な白衣、防弾ベスト、シャツ。ドクターが入ってきたドアから点々と装備や衣服を脱ぎ落とし、床に散乱する資料や本をふらふら避けながらシャワールームへと入った。
     最初は冷たいシャワーに身震いし、段々と温まるお湯に深く息をつく。事務仕事で固まった代謝の悪い身体も柔らかく解れてくる。
     頭皮に当たる水が髪と肌を伝い落ちていく。目をつぶりながらそれを感じ、水の流れを頭の中に描く。心地いい温かさに意識がぼやりとしてくる頃、背後のドアが開く音がし、背中に冷えた空気が当たった。
     この部屋へ入るための認証キーを預けているのは三人。一人はアーミヤで、もう一人はケルシー。そしてもう一人は。

     「髪が軋んでいるぞ」
     「シャンプーしかしてないからね」

     シルバーアッシュ。コードネームに家名を名乗る、なんとも肝の据わった男。
     笑って正直にずぼらを白状するドクターへ溜め息をつき、長く逞しい腕が伸びてトリートメントのボトルを押した。
     仕込み刃を扱う大きく硬い手がドクターの頭を撫でる。根元から毛先へ、丁寧に全体へなじませる。特に、長い襟足は入念に。この腰まである黒髪を、光の加減によっては深い青にも紫にも見えるこの髪を、シルバーアッシュは心から愛している。だからぞんざいに扱われるのは嫌だった。

     「君、好きだな。私の髪」
     「髪以外も好きだが?」

     目を伏せろと言われ、仰せの通りに。すると身長差を使って真上から覗き込まれ、曝されている額に唇が落とされる。ドクターが目を開く前、シャワーが当てられる。しっかりとトリートメントを落としながら、頭皮を揉むようにマッサージもされた。

     「んー……きもちいい……」
     「是非、ベッドの中で聞きたい台詞だ」
     「おや、言ったことがなかったかい?」

     それは失礼。
     わざとらしく目礼してから振り返る。背後にいた男は軽装ではあるものの意外に服を着ていて、ドクターはちょっとだけ驚いた。男の登場で眠気もすっかり吹き飛んでしまって、これからきっとそういうことをするんだろうなと思ったのに。

     「君はシャワーを浴びないのかい?」
     「済ませてから来た」
     「ああ、準備万端てやつ」
     「ヤーカの夜食も持ってきた」
     「至れり尽せり!」
     「そこまで喜ばれると照れてしまうな」

     全く照れていない表情で男が言う。
     湯気で湿った、雪国出身特有の白い肌は独特の色気を滴らせていた。この色男め。悔しくはないがなんとなく、わざと濡れた身体で抱きついてやった。シルバーアッシュは嫌がりも拒みもせず、その痩身を進んで抱き留める。
     身体が充分に温まっているのを確認されてから、片腕で軽々と抱き上げられバスルームを出た。
     この男がこの部屋へ訪れるようになってから常備されるようになったふかふかのバスローブを湯冷めしないように着せられ、頭には別にタオルを巻かれて椅子に座らされた。テーブルの上には先程言っていた夜食が用意されている。

     「食べろ。その間に髪を乾かす」





    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works

    🌸忘羨二次創作垢🌸

    MOURNING今日も家訓をやぶって藍忘機に口づけをしている場所を発見してしまった藍啓仁。当初は同様で血を吐くほどだったが、もう見慣れて今はため息しか出ない。刹那、今は亡き江楓眠の言葉を思い出す。魏無羨はそういう人間なのだと。そんなことは藍啓仁には関係がない事だ。今日も彼は彼の正義のために説教をする――――――――。
    かわいい子には旅をさせろかわいい子には旅をさせろ。若い頃、国外から来た客人にそんなことわざがあると教わった。
    弟子は皆可愛く思う。その中でも、藍忘機には才能を感じ、早くから様々な夜狩に向かわせた。

    その結果、どうなったか。

    丹精込めて育て上げ、特に気に入っていた弟子は得たいの知れない人間なのか魔なのかよくわからない奴に惑わされてしまった。未だに二人の仲をよくは思っていない。いつか藍忘機が魏無羨に飽きてくれればいいのにとさえ思っている。

    しかしそんな日は来ないだろう事はわかっていた。
    藍忘機の執着心は父親にソックリなのだ。
    そしてもう一つ、藍啓仁は理解している事がある。表向きは魏無羨が藍忘機を惑わしたように見えるが、実際は違う。

    魏無羨は昔から美しい女性が好きだったという噂はかねがね聞いていた。
    847