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    ようら

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    ようら

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    書きかけ忘羨

    #忘羨
    WangXian

     巳の刻も終わろうとしている時分。
     執務を補佐していた門弟達に早めの昼休憩を指示し、彼等に恭しく見送られ藍忘機は一室をあとにした。
     風と水の音以外しない静かな長い廊下を渡り、静室を目指す途中で厨房に寄る。忙しなく昼餉の準備を進めている家僕達は藍忘機のような身分の高い者が本来寄り付きもしない場所へ現れたことに対し微塵も驚かず、温かい笑顔で出迎えた。ここ数年、藍忘機の訪問はおろか彼自身が調理する様をはらはらと見守り続けた家僕達は、この場においては異質な存在へすっかり慣れてしまっているのだ。
     厨房で一番の年嵩の者が進み出て顔の皺を深くしながら拱手し、用意してあった漆黒の箱を丁寧に手渡す。

     「本日は良い林檎が手に入りましたので、多めに剥いてあります」

     言外に、一緒に食べてくださいね、という親切を正面から受けとった藍忘機は無言で頷き、目礼をしたのちに箱を手提げて厨房を去る。彼が見えなくなるまで拱手を続けた家僕達の微笑みは終始消えることがなかった。光の君───含光君とまで称される誉れ高い男が、唯一の道侶には酷く過保護で滅法甘く、甲斐甲斐しく食事を運ぶ姿など微笑ましい以外の何物でもないだろう。あの含光君が、などと戸惑う時期はとうに過ぎてしまっている。
     一切の物音、足音すら立てずに門を抜け、静室の戸を引く。音を立てなかったのは道侶がまだ寝ているかもしれないという配慮から。起こす時分を過ぎてしまえば、諦める他ない。ならば好きなだけ寝かせてやる、というのが辿りついた答えだ。朝からしどけない寝ぼけ眼で、眠い、まだ寝かせて、うん、あとちょっとで起きるから、をひたすら繰り返しながら甘えられると、藍忘機は許すしかない。なにぶん、甘えついでに数十回にも渡り送られた口付けがあまりにも心地良すぎたので。
     戸を引いたのと、寝坊助が牀榻からのっそり起き上がったのはほぼ同時。
     まだ寝惚けているせいか、音もなく開かれた戸に驚きもせず、そこに立つ純白の男へ魏無羨は条件反射で両手を伸ばす。道侶のいとけない姿を黙って見ていられる冷淡な夫ではないので、箱を文机へ置くと伸ばされた腕のなかへ素早く納まった。
     笛を吹くことに長けた繊細な指先が、白い袍へ無遠慮な皺を作る。
     腰から広い背中を撫で、藍忘機の姿勢のような真っ直ぐで艶やかな黒髪を躊躇わず掻き回す。厚い衣の上から胸の中心に顔を寄せられ、喉、顎、頬、と順に温かな唇が触れていく。だが一番欲しいところに唇が触れないのを我慢できなかった藍忘機が気紛れに寄せられ続ける口を攫った。柔らかいそれを擦り合わせ、下唇に軽く歯を立てる。そうしていると魏無羨の口はうっすらと自然に開き、赤い舌が深いのを強請るかのように微かに差し出されるのだ。
     彼から与えられるものを拒むという選択はない。
     舌先を絡ませ、唾液を混ぜながらかぷりと唇を塞ぐ。いまだ寝ぼけているのか、緩慢な動きの舌を器用に掴まえ、根元から舐め上げる。途端に溢れてくる唾液を啜って互いに嚥下し、室内に乱れた呼吸と水音が響き、魏無羨の喉からくぐもった声が漏れ始める頃、唐突に彼の目がはっきりと開いた。
     この期に及んでようやく、眠気から覚醒したらしい。
     唾液を引きながら口を離し、しどとに濡れたそこを袖口で拭ってやる。すると笑顔が返された。大輪の花のような、藍忘機を生涯惹きつけて止まない笑顔だった。

     「おはよ、藍湛」
     「おはよう」

     朝も昼も夜も玉のように美しい夫の顔を引き寄せ、魏無羨は彼がもみくしゃになるまで撫で回した。結ってある髪がほつれ、巻雲紋が刺繍された抹額が乱れて落ちてくるまで。そうやってひとしきり夫を堪能した彼は、自身をいつの間にか囲っていた力強い腕からさっと身を翻す。身支度に行くのだろう。藍忘機は惜しむ心に強固な蓋をし、素直に彼を開放した。
     顔を洗ってうがいを済ませ、衝立の向こうで着替えをしている衣擦れを逃さず聞きながら自身も身なりを整え、文机に置いた箱から朝餉、もう昼餉に近いそれを並べる。本当はちゃんと朝餉を食べて欲しいのだが、朝寝を優先させると朝餉が疎かになり、朝餉を優先させると睡眠が疎かになる。実に平和で、どこまでも悩ましい事柄だ。魏無羨からは夜のあれの頻度を少し緩和してくれれば起きられるかもな、などとからかい混じりに告げられたことがあったが、彼のことならばなんでも許すしなんでも受け入れてきた藍忘機がこれだけは頑として譲らなかったので却下された。
     最後に林檎がたっぷり乗った皿を置くと、髪を結わずにでてきた魏無羨が傍へと腰を降ろした。
     真っ先に瑞々しい果物を頬張る彼から真紅の綾紐を受けとり、柔らかな髪へ彼のために調合した香油を塗り込みながら丁寧に櫛で梳かし、高い位置で結う。最後に、整えた毛先へ唇を寄せた。爽やかな馨しさが鼻腔を満たす。
     一から十まで甘やかされているのを自覚している魏無羨はというと、礼と下心を込めて藍忘機の顎をくすぐり、再度口付けた。ついでに含んでいた一欠片の林檎を口移し、彼に咀嚼させる。
     くっついては戯れに離れ、離れてはその距離を惜しむようにくっついて。
     じゃれ合いながらもしっかりと魏無羨へ食事を摂らせていると、静室の外に気配を感じる。藍忘機が戸へ視線を向けてから少し、控えめな声で訪問を告げる者がいた。

     「含光君、魏公子に申し上げます」

     聞き親しんだ声だ。
     いつの間にか自然な流れで膝の上へ乗せていた魏無羨を降ろし、熱を孕みそうになっていた空気を入れ替えるように戸を開け放つ。視線の先、姿勢を正し拱手をする藍思追がいた。

     「おはよう、思追」
     「おはようございます、魏先輩」

     藍思追は気遣いのできる優しい子だ。もうおはようの時間ではないですよ、などとは決して言わない。代わりに懐から書状を取り出し、恭しく掲げる。

     「沢蕪君より魏公子へ、書状を預かって参りました」

     姑蘇藍氏の現宗主・藍曦臣から直々の書状である。
     藍思追と同じ礼儀を以て藍忘機が書状を受け取り、背後で何事かと隠しもせず眉を顰めていた魏無羨へ渡す。
     元々、魏無羨は今日の昼から藍曦臣の自室である寒室へ向かおうとしていたのだ。
     藍曦臣が閉関を解いてからこちら、魏無羨は三日に一度くらいの頻度で彼と茶を啜る間柄になっている。茶飲み友達、というよりは、藍曦臣が一方的に可愛がり餌付けている状況だ。大切な弟の道侶好みの茶とお菓子を用意し、絶えずお喋りを続ける魏無羨へ春の麗らかな日差しのような柔らかな笑みで頷く。そんな二人を藍忘機は無表情のまま微笑ましく見守っていたし、藍啓仁すらも、部屋を固く閉ざし心さえも塞いだ藍曦臣が元の姿に戻るならと黙認している。
     受け取った書状を胡乱な目で眺め、林檎を咥えたまま開く。字の手本の如く流麗な文字でしたためられた時候の挨拶から始まり最後の藍曦臣という署名捺印までしっかりと目で追い、書状をぽいと投げた。それが床に着く前に藍忘機が受け止め、さっと内容を確認しながら戸とは反対の丸い飾り窓から逃げ出そうとしていた魏無羨を素早く確保する。

     「思追」
     「こちらに準備してあります」

     指示されなくとも湯気の立つ風呂桶を差し出される。
     どっから出した、それ! と叫ぶ声を無視して捕まえた魏無羨を有無を言わさず片手で担ぎ、温かなお湯で満たされた大きな風呂桶を空いている手で軽々と持ち上げた。姑蘇藍氏の男だからこそできる力技だ。

     「兄上には、招待謹んでお受けしますと伝えなさい」
     「はい。他に何か手伝えることはありますか」
     「ない。行きなさい」

     素直に応じ、藍思追は去った。
     静室のなかへ風呂桶を置き、先程着たばかりの衣を脱がせる。情緒もないまま裸に剥かれ、魏無羨の頬が子供よろしく膨らんだ。

     「嫌だ、入らない。寝る前にも入ったし、朝にも入れてくれたんだろ? お前は俺をふやかす気か? それとも、そんなに俺の裸が見たい?」
     「入って」
     「い、や、だ」

     ちっとも困ってない表情なのに困った仕草で頭を傾ける夫の首へ、ここぞとばかりに腕を回す。そんなことよりもっと楽しくて気持ちいいことをしようと婀娜めいて誘うが、しなだれかけた身体をすかさず抱き上げられ風呂桶へとゆっくり沈められた。
     再び、魏無羨の頬が膨らむ。その頬を藍忘機の指先が優しく突いて潰した。
     懲りずに何度か膨らむ頬をその都度、律儀に潰す。すると諦めたのか、身体の力を抜いて肩までお湯に身を浸す。湯気に沈んだその肩口にある噛み痕は見なかったこととする。良い子、と頭を撫で、高く結った髪も解いた。
     大人しくなった魏無羨を置いて隣の室へ赴き、棚にしまってあった桐の箱へ手を伸ばす。蓋を開ければ鮮やかな赤い花が一杯に詰められている。月季花と呼ばれるその深紅の花を惜しげもなく全て風呂へと浮かべた。湯の熱さに蒸され、花から甘い香りが立ち込める。魏無羨は終始眉を歪めていたが、何も言わなかった。もうどうにでもしてくれと腹を括ったのだろう。
     再度、隣室へ向かう藍忘機の背中を見送り、深い溜息をひとつ零す。

     「沢蕪君はなんで、今更あんなものを寄越したんだ?」

     あんなも、とは先の書状である。今は藍忘機の懐のなかへ大切にしまわれている、茶会への招待状。

     「何かお考えがあってのことだろう」

     音を武器とする姑蘇藍氏の仙士は耳が非常に良い。例え今、魏無羨が限界まで声を潜めたとしても、隣室にいる藍忘機の耳ははっきりと彼の声を拾っていただろう。
     淀みなく応答しながら、木理が美しい黒く大きな櫃を引く。これは魏無羨がこの静室に住むようになってから誂えられたものだ。そこから幾重にも重なる純白の衣を取り出し、一番上の段に入っていた幾つかの小箱も慎重に抱えて戻る。
     藍忘機の抱えたものを見遣り、魏無羨は更にげんなりした。何故なら、今から彼が抱えているその一式をこの身に纏わなくてはいけないからだ。
     一門の宗主からの正式な招待ともなれば、呼ばれた方もそれなりの礼儀で応じなくてはならない。身を清め、正装をし、居住まいを正す。普段は櫃の肥やしと化している姑蘇藍氏の白い礼装や、藍忘機が嬉々として揃えた装飾品が輝くときがきたらしい。
     花の甘い香りが充分に移った身体を拭かれ、白い衣を一枚一枚丁寧に着付けられる。重ねる布が増える度に重くなっていく身体に辟易する。それでも文句を飲み込むのは、着付けている夫が心底嬉しそうだからだ。黒いものを白くするのは、さぞ楽しいのだろう。
     帯に白銀の飾り紐が結ばれ、藍忘機と揃いの佩玉を下げる。懐にはしっかりと玉令がしまわれた。この玉令が雲深不知処にはられた結界の出入りができるほか、金を自由に受け取れると知ったときは笑ってしまったものだ。この男、自分に甘すぎるだろう、と。
     着付けが終わると座るように促され、再び髪に櫛が通される。黙々と髪を整えていた藍忘機がふと手を止め、考え込んだ。どうしたのかを振り返る前、早々と結論を出したらしい彼は魏無羨の上半分だけの髪を結う。その髪型は夷陵老祖と呼ばれていたものと時代と酷似していたが、両耳の上辺りに編み込みが施され、どこか少女めいた可憐さがある。纏めた髪を白い紐で括り、銀で作られ月長石を鏤められた髪飾りを挿された。

     「……終わったか、藍二哥哥」
     「まだ」

     まだあるのかと横目で睨むと、細長い布が差し出される。巻雲紋を刺繍された抹額だった。

     「あー……うん。それは一番大事だな?」
     「うん」

     素直に顔を向けると、額にしっかりと巻きつけられる。前髪を整え、藍忘機は微かに首を傾げる。流石に魏無羨は呆れた顔を隠せなかった。

     「まだ満足しないのか」
     「最後」

     乾坤袖から掌にすっぽりと納まる陶器の器が出される。蓋を開け、薬指をそこへ当ててから魏無羨の目尻へ指先を滑らせる。すると、鮮やかな紅色が映えた。

     「君にはやはり、赤が似合う」

     もう片方の目元にも紅を引き、ようやく納得したらしい藍忘機は頷いた。彼の酷く満足気な様子に、不機嫌だった魏無羨も溜飲を下げざるをえない。

     「なぁ、含光君。今の俺は綺麗?」
     「とても」
     「いつもの俺より?」
     「いつも、君は綺麗だ」

     愛しくて可愛い夫に大変愛しくて可愛いことを言われ、衣の重さを忘れて抱きつこうとしたが、裾を踏んで躓いてしまう。
     肩に巻雲紋の家紋が刺繍され、地面へ引きずるほどの長い袍は高位の者の証。姑蘇藍氏において宗主の藍曦臣、その実弟である藍忘機と彼等の叔父である藍啓仁と重鎮である長老達数人だけが纏っているものだ。そこへ、藍氏の直系と道侶の契りを交わした魏無羨が纏うことを許された。
     傾いた身体を危なげなく抱きとめられる。魏無羨は唇を尖らせた。

     「重い。長い。歩きづらい」
     「抱いて連れて行く」
     「うん。……いや、待て、それは駄目だ。藍先生にまたお仕置きされる」

     数日前に受けた恐ろしい仕置きを思い出し、ぞっとする。
     その前日まで、魏無羨は門弟の少年達を数人引き連れ夜狩に出掛けていた。
     三日間、野山を駆け回り、少年達の成長と共に見事狩りを果たした。家則を忘れ歓声を上げる少年達をよそに、只人よりはあれど、金丹のない彼は少年達よりも体力が劣っている。彼の疲弊に気付いた藍思追が手を貸そうとしたが、まるで見計らったように迎えに来た藍忘機へ魏無羨は恥も外聞もなく泣きついて甘えた。都合良く三歳児になり、羨羨はすごくつかれた、もういっぽたりともあるけない、藍二哥哥がだっこしてつれてかえって。聞いている少年達が気の毒なほど青くなったり赤くなったりする台詞を並べ、甘えられた男は一つ頷き颯爽と彼を抱き上げた。そして止せばいいのに、雲深不知処へ着き正門を潜ってからも堂々と道侶を抱いたまま静室へと戻って行ったのだ。
     この二人に関しては見ない、聞かない、関わらないを貫いていた藍啓仁はその場面を実際に目撃はしていなかったものの、夫夫の恥知らずぶりは巡り巡って彼の胃を直撃して血を吐かせ、二人揃って罰を受けることと相成った。
     その罰の、恐ろしいといったら!
     白い玉砂利の上で二人して膝立ちをさせられるのはいつものこと。俺が強請ったのが悪かったんだ、いいえ私が抱えたかったのです。互いを庇い合う夫夫のなんといじらしく美しいことか。
     藍啓仁はこめかみに青筋を浮かべながらぴたりと寄り添う二人を、腕を伸ばしただけでは届かない、しかし身を乗り出せば容易に触れ合える距離へ離した。
     これより日没まで、触れるのを禁ずる、見詰めるのを禁ずる、話すのを禁ずる。これをどちらかが破れば、破らなかった方へ更に罰を与える。朗々と告げられる内容へ、そんな! と二人揃って目を見開いた。触れ合える距離にいて、見詰め合える距離にいて、話し合える距離にいて、しかしその一切を禁じるなんて。特に魏無羨などは、藍忘機に押し倒されれば勝手に脚は開いてしまうし、近くに顔があれば自然と口を寄せてしまうし、手の届く範囲にいれば指先が彼を求めて伸びてしまうし、目が合えば幸せになって笑みがこぼれてしまうのに。
     まさにこの世の地獄だと言わんばかりに呆然としている夫夫を置き、藍啓仁は然と反省せよと言い放ち去って行った。騒動を聞きつけ様子を見に来た藍曦臣は実弟の他人にはわからないが絶望したような表情を察し、成程うまく効果的な罰を考えたものだと叔父に感心した。肉体的な痛みなど、あの二人は慣れっこだ。ならば二人にしか通じない罰を、という訳なのだろう。
     若干震えている藍忘機の肩を慰めに軽く叩き、今後は少し改めようね、と諌めるには優しすぎる声音で諭し、居た堪れない顔で二人を見張っている門弟達に代わり自身が見張り役を買ってでた。
     かくして、藍曦臣に見守られながら太陽が隠れるまで続いた責め苦は二人を大いに反省させた。そんな経緯があるので、魏無羨は藍忘機の申し出を渋々断った。本心は彼の逞しい腕に抱かれ運ばれたいところではあるが、またあんなお仕置きをされてはたまったものではない。

     「ならば手を」

     陽を浴び、真珠のような輝きを放つ手。時に他者に決して扱えない重い剣を握り、時に優美で鮮烈に琴を奏で、時に魏無羨の肌を熱心になぞっては良い声を響かせる魅惑的な美しい手だ。この手を拒むなんて非道なこと、できるはずもない。
     手を握るだけなら藍啓仁も許してくれるだろうか。もし許してくれなかったらこんな格好をする原因となった藍曦臣へ泣きついてやろう。閉関を解いてから実弟どころか魏無羨にまで滅法甘くなった彼ならなんとかしてくれるだろう。それでも駄目なら雲深不知処のど真ん中で子供帰りして泣き喚いてやろう。恥を母親の腹に忘れてきた彼は、こういう時にこそ強かに真価を発揮する。
     夫の手を取り、静室をあとにする。平素は奔放に歩く脚をしずしず進めた。
     擦れ違う門弟や家僕達は含光君が恭しく手を引く佳人は誰なのかと、二人の姿を二度も三度も振り返った。いや、含光君が手を引く人物などこの世に一人しかいないということは理解しているが、いつもとは違う形に髪を結い、目元には鮮やかな紅を差し、姑蘇藍氏の色に染まった純白の衣を纏う彼が普段の魏無羨と余りにもかけ離れており、姿が一致しないのだ。
     そんな周りのまごつく視線に、魏無羨はさも可笑しいげに笑った。道侶が楽しそうなので、藍忘機もひそりと表情を和らげる。
     大変、大変わかりにくいが。藍忘機は今、大分浮かれている。
     普段は静謐という言葉が幾重の衣を重ね歩いているような男が、藍思追を探し偶然二人に遭遇した藍景儀が、「あれ? 含光君、なんか今日機嫌良さそう?」などと疑問を持たれてしまう程度には。藍景儀を以てしてそうなのだから、彼の隣を歩く魏無羨などには筒抜けだ。そして愛しい夫が幸せなのなら自分も自然と心が満たされてしまうのだから、わざわざこんな面倒でしかない格好になったのも悪くはなかった、と。



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    西 門

    MAIKINGポイピク小説機能試し投稿。支部にあげてる忘羨よりも先に人生で初めて書いた忘羨がこれでした。長くなりそうだったので途中で止まってます。序盤も序盤な中途半端なところまでしか書けてません。いつか完成させたい。
    転生要素あり現パロ忘羨(未完)  ──またか。
     藍忘機は目の前の光景に途方に暮れたような溜息を吐いた。またこの夢か、と。
     十五を迎えたあたりからだっただろうか。頻繁に同じ夢を見るようになったのは。
     はじめは音のない世界だった。月も星もない、暗いばかりの夜空のような天井が広がる空間、そこにひとりの男の背が見える。長身だが、痩身の輪郭。黒と赤の道服のような衣を纏い、腰まで届きそうな黒髪を頭の高い位置でひとつに束ね、漆黒の横笛を口許に構えている。しかし、その笛の音は藍忘機の元までは届かない。
     藍忘機はいつも彼の背中を見つめていることしかできなかった。足は根でも生えたかのように地面と一体化し、腕は重りでも吊るしたかのようにぴくりとも動かない。声さえあげることもできず、ただ瞬きを繰り返し、網膜に焼き付けるかのごとく黒い背中をひたすらじっと見つめる。藍忘機に許された動きはそれだけだった。
    4450

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    DONE※シブに魏嬰の分と結をまとめてUP済。
    このあとは結書く。
    実は龍の化身である藍忘機の話藍湛視点


     藍忘機は緊張していた。何故なら魏無羨と恋仲になれたのはいいが、絶対に受け入れてもらわねばならない大きな秘密があったからだ。思いが通じ合ったのは天にも昇る心地であったが、これから明かさねばならない秘密が、藍忘機の心を深く沈めていた。

     藍忘機は龍の化身である。

     いや正確に言うならば龍神の使いなのである。藍氏本家直系は龍神の使いとして代々、人の身と龍の身、この二つの身を持っているのである。

     しかしそれを知るものは直系の人間とその伴侶以外いない。

     外弟子は当然ながら、内弟子でも知らぬことだ。しかし逆に伴侶は知らねばならない。知って、この事実を受け入れなければならない。何故ならば直系の子との間に子を産めば、それは龍の身となって産まれてくるからだ。大抵の者は自らの産んだ子を見て発狂する。母が二人も産めたのは今にして思えば奇跡だと、否、二人目までは大丈夫な者も多いのだそう。次こそはと願いその希望が叶わなかった時、ぽきりと心が折れてしまうと、いつだったか聞いた。それでも愛しまぐわうならば知らねばならない。龍の精を受け入れれば、男女に関係なく孕んでしまうのだから。
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