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    小ネタ置き場 麿水ちゃんしかない

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    *1日遅れのホワイトデー延長戦的な麿水ちゃんの小話
    *バレンタイン小話の続きです
    *ド鈍い両片想いがなんとかなる感じの話

     三月十四日――人の世ではホワイトデーと呼ばれる日の、夜遅く。
     騒がしい本丸の喧騒から少し離れた庭先で、水心子と清麿は高く昇った真夜中の月を眺めていた。

     ひと月前にバレンタインデーという催しを盛大に楽しんだこの本丸ではその返礼代わりとしてささやかな宴が開かれており、その宴席は日付が変わった今になってもまだまだ盛り上がっていた。
     何かとノリが良いこの本丸はささやかな催しのつもりがいつの間にか大騒ぎになっていることが多く、宴も朝方まで続くことが多い。参加自体が任意であり夜が更けるにつれて少しずつ各々の部屋に戻るものも増えてくるから、水心子と清麿も一通り宴を楽しんだ後に連れ立って部屋まで戻るところだった。

    「全く、この本丸は本当にお祭り騒ぎが好きだな……」
    「うん、水心子が楽しそうで良かったよ」
    「……まあ、楽しくないわけではなかったが」

     水心子と清麿はこの本丸に配属されてから日が浅い方だが、任務や日々の業務にもそれなりに慣れ、今ではだいぶここの空気にも馴染んできた。政府から回される仕事も季節の催しも日々の生活も平等に楽しもうという方針に則って、今宵の宴もなんだかんだ言いながらしっかり満喫した形だ。
     話の流れであの日の厨で水心子がだいぶ必死になって菓子作りに励んでいたことが清麿に露見したり、それをどうやって渡したのかを暴露しそうになったりと散々な目に遭いはしたが、共に励んだ仲間たちからの賛辞は嬉しかったし、清麿が興味深そうに話を聞いてくれたから楽しいひとときではあった。こんな浮かれた騒ぎに便乗して良いものなのかと最初は思ったが、本丸の仲間たちとの交流を深めるのは悪くない経験だったなと、水心子は一ヶ月前のことを思い出して襟で隠した口元を少しだけ緩める。

    「美味しかったな、水心子がくれたチョコレート」
    「またその話か。もう何回も聞いたぞ」
    「だって、嬉しかったからね」

     先月のちょうど同じ日、バレンタインデー当日から一日遅れて水心子は清麿にチョコレートをひとつ贈った。厨での菓子作りを手伝った流れでつい自分の分まで作ってしまったものを『世話になっている親友』に、日頃の感謝を込めて。言わずにいる別の感情も多分に含まれているその甘ったるい塊を清麿は随分と気に入ってくれたようで、あの日から頻繁に同じ話をしてくるようになった。
     渡した側の水心子としてはそこまで過大な評価を貰うものでもないと思っているから、言われるたびにどう返すべきなのか反応に困る。もちろん褒めてくれることは嬉しく思うのだが、あまりにも盛大に褒めちぎられると流石に照れの方が大きい。
     
    「……来年も、期待していいのかな?」

     見上げていた月から水心子の方に視線を移して、清麿が妙に大人びた顔で問いかけてくる。月光の下で見るとより一層冴えるものだなと、その表情に目を奪われながら水心子も素直に頷いた。

    「清麿が欲しいなら、構わないけど」
    「……そう。良かった」

     できるだけなんでもない風に装ってはみたが、少しだけ顔に出たかもしれない。断る理由はないにしても、好きな相手に真正面から求められればそれなりに――いや、結構嬉しいからだ。

    「素人の作るものにそこまで喜んでもらえると、何だか照れくさいな」
    「水心子が僕のために作ってくれたものだよ? 喜ばないと思われる方が心外だな」
    「……うん、それもそうか」

     自分からこんなことを言うのもどうかと思うが、これは疑いようのない事実なのでこれ以外の答えが浮かばないのも仕方がない。清麿は水心子が贈ったものならどんなものでも喜んでくれるし、水心子自身もそう思って貰いたくて選んでいる。だから、嬉しいと言ってくれた言葉を疑うこともない。

    「ねえ、水心子」
    「ん?」

     賑やかな宴の後だと言うことを差し引いても、今夜の清麿はいつもより機嫌が良さそうだ。話す声にもそれが表れているようで、先程見せた表情とは裏腹に普段より少しばかり幼げな声音で名前を呼ばれて、水心子まで何だか浮かれたような気持ちになってしまう。

    「あれって、本命チョコってやつなのかな」
    「!?」

     唐突な言葉に、水心子は声にならない声が飛び出そうになるのを必死で抑える。
     そんなことを聞いてどうするつもりなんだと思いながらも、残念ながらまともな言葉を言えるような状況ではない。図星を突かれると何も言えなくなるのだなと、嫌な学びを得た形だ。

    「……僕のは、本命のつもりだったんだけれど」
    「え」

     水心子が次の言葉を構築するよりも早く清麿の口から新たな一手が出てくるものだから、ますます言葉に詰まる。
     清麿が言う「僕の」というのはひと月前のあの夜に渡された贈り物のことだろう。日頃のお礼だと言って渡された小さな菓子は、どう考えてもそれなりの高級品だとすぐに分かるくらいの見目と味だった。清麿の言葉通りに受け取るには、過剰なほどに。
     だから、本命だと言われてなるほどなと冷静に理解する自分も存在しているのだが、それよりも急にどうしてそんなことを言い出すのかと混乱する気持ちの方がだいぶ強いので、やっぱり何も言葉が出てこない。
     あまりにも不甲斐ない状況だが、ずっと一方的に片想いしていた相手から突然それを覆すようなことを言われた際の正しい答え方なんて、恋愛沙汰が得意でもない水心子に分かるはずはなかった。

    「水心子は違うのかな」
    「……あれは、その」

     バレンタインという人の世の浮かれきった催しに便乗してまで渡したものが、本命でなければなんだと言うのだ。
     それをどう誤魔化すかと考えていたひと月前の自分は邪な想いに気付かれなかったことを善しとしたが、時間差で問い詰められてしまうとは思わなかった。
     清麿は、こんな場面で相手の心を弄ぶようなことを言う男ではない。だから今の言葉を冗談だとは言ってくれないし、それを知っているからこそ水心子も自分の気持ちに嘘をつくようなことはしたくなかった。

    「違わない、けど」
    「そっか」

     だから、正直に言うしかない。場の空気に流されるまま事実を認めれば、清麿は安心したようにひとつ息を吐く。

    「……良かった」

     一瞬の沈黙があって、それから唇に触れる柔い感触。それが何を意味するか分からない状況ではない。水心子の肯定を待ってくれただけ紳士的なのかもしれないが、勝手に唇を奪うという行為自体がそもそもどうなんだという話で。
     清麿の方から明確な意思を持って落とされた口付けは、どう言い訳をしようと覆らないものだ。

    「い、今の」
    「……別に、どう受け取っても構わないよ。僕はもう決めたから」

     突然の行為に、水心子は完全に固まったまま清麿の顔を見つめることしかできない。決めたって何をだとか、今のはなんだとか、言いたいことはいくらでもあるはずなのに、指先ひとつ動かすことができずにいる。
     清麿は涼しい顔をしているが、水心子は初めて交わす口付けというものの衝撃から簡単に立ち直れそうになかった。

    「水心子は、どうする?」

     そう言って微笑む清麿の顔は、背筋が凍るほど綺麗な笑顔だった。こんな顔をする親友は、見たことがない。いつだって目が離せなくて、どんな顔も好きだと、そう思っているからこそ自分にすら未だ知らない顔があったことに驚く。
     互いに酔ったような空気の中であっても、自分達が酒に弱いわけではないということを知らない仲ではなかった。だからこれは、酔ったふりだとか勢いだとか、そういうもので誤魔化せないと分かった上での行動だ。それが分かっているからこそ、動けずにいる。

    「どうする、って」

     今の自分に選べる選択肢を並べてみたところで、選びたいものなんて一つしかないということくらいは理解できる。
     自分と清麿の間にあるのはあくまで友情という枠に分類されるものであり、この関係を崩すくらいならそれ以上を求めるべきではない。ずっと、そう思って秘めてきたはずだというのに。
     
    「僕は君のことが好きだよ。……水心子は?」

     清麿のことならなんでも知っていると思っていたけれど、それは間違いだったのかもしれないと初めて思った。
     もしかして、自分は完全に見誤っていたのかもしれない。誰よりも知っているつもりでいた親友のこと、同じになることはないと思っていた一つの感情の話。あの、重たい感情の塊としか言えないチョコレートを嬉しそうな顔で受け取ってくれた、ひと月前の清麿のこと。
     水心子の答えなんてとっくに分かっているだろうに、言わせるまでは逃さないという意思を隠さないその視線から、目を逸らせない。
     手を伸ばせば、答えを得られるだろうか。――抱えている想いは同じものだと、そう捉えることを許されるのだろうか。

    「…………清麿」

     決意を込めて名前を呼べば、瞬きの瞬間に宿った見たことのない熱に射抜かれて鼓動が急に早くなる。清麿の顔は微笑んだままだけれど、その瞳の奥に見える熱は、穏やかな表情とは似ても似つかない。
     
     この言葉を告げてしまえば、親友として積み重ねてきた均衡が崩れると思っていて、何も言わずにただ隣に居られればそれでいいと、黙って膨れ上がる感情を抑えることしか考えずにいた。
     だけど今、清麿の中にある感情の正体はきっと水心子が秘めてきたものと同じ色をしている。
     それを知ってしまったら、選べる答えなんてやっぱり一つしかない。

    「……僕は、清麿のことが――」

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