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    小ネタ置き場 麿水ちゃんしかない

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    *1日遅れのバレンタインする麿水ちゃん
    *びっくりするほど鈍い両片想い中の話

     二月十五日、真冬の寒風が吹き荒れる本丸内の縁側にて。水心子は、手に持った小さな箱を握りしめたまま盛大なため息を吐いた。

    「………………はぁ」

     二月十四日──昨日は人の世でいうバレンタインデーという催しの日だったらしく、本丸内は数日前から俄に慌ただしい空気が漂っていた。
     少し前にこの騒ぎは一体なんなのかと聞いたところ、好いた相手に甘味を渡す日というだいぶ雑な説明は受けたのだが、まあ自分には縁がないものだと思って賑やかな本丸の様子を眺めていただけのはずだった。
     好いた相手が居ないわけではないが、その相手に想いを伝える気はないのだから、作ったところで渡せるはずもない──そう思っていたはずなのに、いま水心子の手の中にあるのはその「好いた相手に渡す用」の菓子が詰め込まれた箱だ。

     昼餉の当番だからと訪れた厨で、菓子作りに苦戦している主や短刀たちを見かねて手伝いを申し出たところ、折角だから一緒に作ろうよという主やその場にいたノリの良すぎる刀たちに押されて半ば巻き込まれるような形で作ったチョコレートは、手順通りに作ったことで味は悪くないものが仕上がった。
     ただ、問題はどうせやるなら完璧にという気持ちが強く出過ぎたうえ、周りの熱意と勢いに押されて段々と楽しくなってしまって──どう見ても軽い気持ちで作ったとは言えないようなものが完成してしまったことだ。
     作ること自体は楽しい工程だったし、成果物もそれなりに満足のいく出来ではある。折角の機会だから絶対に大事な人に渡せと念を押されたはいいが、更なる問題は翌日の今になってもその贈り物が手元にあるということだ。

    (渡せもしないものを作って何になるのか……)

     水心子が想いを寄せている相手は自身の親友であり、特に色気のある関係というわけでもない。一方的に恋心を抱いているだけなのだから、こんな重たい好意の塊を渡せるほどの度胸もまだ持ち合わせてはいない。
     そうして箱を抱えたまま悩んでいるうちに夜は更け、朝になり、そうして今は日も暮れそうな時間帯を迎えていた。

    「……はぁ」

     こんなことで一日中悩んでいるのも流石に馬鹿らしくなってきたので、もう自分で食べようかなと箱にかけられたリボンを解こうとした瞬間。背後から、よく知った声が降ってきた。

    「ただいま、水心子」
    「うわ!?」

     急に声をかけられて、水心子の叫び声が静かな庭に響き渡る。ぼんやり考え事をしていたせいで気配に気づけなかったらしい。とんだ失態を見せたと慌てて居住まいを正すが、声をかけた相手──清麿は、僕しか居ないから大丈夫だよと宥めるように笑っている。
     そういうことではないのだがと思いつつ、水心子は取り落としそうになった手元の箱を慌てて掌で隠した。

    「……どうしたの、そんなに驚いて」
    「いや、なんでも……ない」

     この突然現れた親友こそ水心子がこの箱を渡すかどうか悩んでいた対象であり、昨日から何度も顔を合わせているのに本懐を果たせずにいた相手だ。
     清麿も、水心子が何かを言い淀んでいることにはすぐ気付いただろう。それでも、無遠慮に問い詰めるようなことはしないで水心子の気持ちを汲んでくれる。そういうところが好きなのだという自覚はあるが、そうなると逆に次の一手が浮かばずに黙り込むしかなくなってしまう。この秘密を隠したいのか暴かれたいのか、自分自身でもわからないままだ。

    「あ、そうだ。水心子、これ」
    「……?」

     水心子がどうしようかと考え込んでいると、それに気付いた清麿が話題を切り替えて手に持っていた何やら豪華な紙袋を水心子に手渡してくる。

    「これは……」
    「お土産。みんなには内緒だよ」

     外袋の時点で何やら高級そうな気配が漂っているが、中に入っている小さな箱も見るからに質の良いものだ。一体どうしたのかと清麿の表情を伺うと、それだけで水心子の疑問を察して「実はね」と耳元に顔を寄せて内緒話を始めた。

    「主から遠征のついでにって買い物を頼まれてね。折角だから僕もこっそり買ったんだ。好きだよね、チョコレート」
    「う、うん」

     正直なところ、近すぎる距離と耳元に直接かかる声に対する動揺を隠すことで精一杯なのだが、それを口にするわけにも行かず水心子は固まったまま清麿の内緒話に耳を傾けるしかできない。

    「本当は昨日渡したかったんだけどね。お世話になった相手に贈り物をする日だって皆が言っていたから」
    「……だから、僕に?」
    「うん。一日遅れだけど……良かったら、受け取ってくれるかな」

     なるほど、多分これは世に言う「友チョコ」というものなのだろう。確か、一緒に菓子作りをしていた仲間たちがそんなことを言っていた。好きな相手に渡す以外にも色々あるから水心子さんにもあげる、と作ったものを口に突っ込まれた覚えもある。

    「あ、ありがとう……」
    「どういたしまして。いつもありがとう、水心子」

     清麿も誰かにこの話を聞いたのかもしれない。そうして、忙しい中でも自分に──自分だけに贈りたいと思って密かに選んでくれたことが素直に嬉しくて、襟で隠した口元が緩んでしまう。

     そうして、清麿の言葉に水心子も覚悟を決めた。好きな相手である前に親友同士なのだから、日頃の感謝を込めるという意味で渡すのなら別におかしなことではないはずだ。こうなったらもう、勢いでいくしかない。

    「あの、清麿」
    「ん?」

     ちょっと手を出してくれと告げて、差し出された掌に握りしめていた小さな箱を置く。

    「これ、僕からも。その、昨日……皆で菓子作りをするという話になって」
    「水心子が、作ったの?」
    「そんなに驚くこともないだろう。素人の作ったものだから不格好かもしれないが……」

     話し終わる前に清麿が珍しく大袈裟に驚いたような顔をするから、僕だってやれば出来るのだと少しだけ拗ねた気持ちで返せば、清麿は驚いた顔のままじっと手元の箱を見つめて動かなくなっている。

    「……清麿?」
    「これ、僕に? ……本当に、貰っていいのかな」

     どうしたのかとその顔を突っついてやれば、はっとした様子で箱を握りしめて変な確認をされる。そんなに力を入れると潰れるぞ、と思いながら何を言っているのかと水心子が笑えば、固まっていた清麿の表情が不意に緩んで、その変化に目を奪われそうになる。

    「当たり前だろう。清麿の為に作ったのだから」

     返されても困る、と言えば「いや絶対返さないけれど」と食い気味に言われるものだから、喜んでくれたようなら良かったとそれだけでまた気持ちが弾むから不思議だ。

    「……うん。ありがとう、水心子」

     受け取った箱を掌で包んで、清麿の表情が静かに微笑みの形に綻んでいく。日頃から穏やかな顔でいることが多いが、この顔は本当に機嫌が良い時のものだと知っているから、親友からの贈り物として喜んでくれたようだ。どうやら、真意は上手く隠し通せたらしい。

    (よ、良かった……)
    「……良かった」

     これはかなり上手くやれたのではないだろうかと水心子が内心で安堵の声を上げると、隣からも全く同じ言葉が零れてきた気がして、清麿の表情を伺う。

    「……ん? どうしたのかな、水心子」
    「……いや」

     清麿の表情は、いつの間にか普段通りの少し澄ました顔に戻っている。気のせいだったようなので、思ったより反応が良くて驚いただけだと笑って誤魔化しておいた。

     互いに贈り合ったチョコレートはどう見ても本命宛てでしかないものなのだが──そこに込められた真意には双方気づかないまま、縁側には楽しそうな笑い声が響いていた。
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