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    小ネタ置き場 麿水ちゃんしかない

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    ・花と血と麿水ちゃんの小話
    ・清麿くん視点、政府時代の回想的な妄想を含みます
    ・怪我や流血表現あり
    ・両片想い中だけどなんとなく距離は近い感じの二振です

    #麿水
    maruWater

    「……痛」

    任務帰りの夕暮れ時。
    清麿は、不意に頬に感じた微かな痛みにその整った顔を僅かばかり歪めた。先の戦闘で何か顔を掠めたような気はしていたからそれが傷になったのだろうが、まあ大した損傷ではないから手入れするほどのものではないだろう。そう勝手に判断して、手入れ部屋には寄らずそのまま自室に戻ることにする。

    下手に触れてしまったせいで手袋の指先が赤く染まってしまったことが少しだけ面倒だなと考えながら部屋に続く廊下を歩いていると、庭の方から風に吹かれて覚えのある香りが漂ってくることに気付いた。

    (あれ、この匂い)

    その気配に足を止めて庭の景色に目を向けると、小さな橙色の花をつけた木が見える。盛りは過ぎて幾らかの花は地面に落ちているが、その鮮やかな色は目に映る風景にまた別の彩りを添えている。
    あの小さな橙は確か、金木犀の花だ。清麿は自身の親友ほど花に詳しいわけではなかったが、ここ最近、その親友──水心子がよく纏っている香りだから、この花については清麿にも覚えがあった。前に、いい匂いだねと呟いたら「清麿も好きなのか」と嬉しそうに笑っていたので、その顔と共に特に強く印象に残っている花だ。

    この本丸は季節ごとに様々な花が咲いているようだが、これは清麿がここに来てから初めて見る花だった。ついこの前、これは秋の季語だと水心子が話してくれたからきっとこの季節にだけ咲く花なのだろう。村雲江が教えてくれたと言っていたが、あれは多分──いや、間違いなく季語というものに造詣が深い彼の相方からの情報だと思われる。そんなことを想像できるくらいに、自分もいつの間にかこの本丸に馴染んだのだなと不思議な感覚があった。


    清麿が季節の変化について意識するようになったのはこの本丸に来てからのことで、その理由は水心子が庭に咲く花や天候の変化について身につけた知識を共有してくれるからだ。
    ここに来てからの水心子は、自らの本分である戦場での立ち回りは当然としてそれ以外の様々なものに対しても素直に興味を示すようになったなと感じる。それは自分で調べたものだったりそういったものに詳しい本丸の誰かから聞いたものだったりと情報源は様々だが、水心子が自ら興味を持って調べたものを共に楽しみたいと思って話してくれることが嬉しいから、最近は清麿の方も何気ない景色の中で水心子が好きそうなものを探して歩くのが癖になっていた。

    花の香りで恋しい誰かの顔を思い浮かべるなんて、まるで恋物語のようだ。自分には全く似合わない概念だとは思うが、今の清麿は本当に恋をしているのだから喩えではなくそれが事実になってしまう。
    戦うために顕現した身でこんな想いを抱くことになるなんて妙な話だが、心なんて機能を搭載されてしまった以上、そういうことも有り得てしまうのだろう。人の身もそれなりに馴染んだと思っていても、この心というものの扱いに慣れる日はまだ遠そうだ。


    今思えば、顕現したばかりの頃──政府の刀として走り回っていた水心子は花の香りなどは程遠く、いつも血の匂いを纏っていた。それは隣にいた自分も同様だったのだと思うが、あの頃は任務でひたすら戦場に出ていたから自然とそれが当たり前になっていたし、自分たちも物理的な強さを求めて戦いに明け暮れていた時期でありそれに違和感を覚えることもなかった。痛みを感じることはあれど、多少の損壊は修復すれば元に戻る。だから、傷を負うことを厭わずに目の前の標的を斬れば良いと、自分たちの在り方はそういうものなのだと認識していた。

    その意識に変化が生じたのは、水心子のある言葉がきっかけだったなと──ふと、自分の指先の白に広がる鮮やかな血の赤を見て、遠い記憶が蘇る。それはいつかの冬、雪深いどこかの時代で交わした今も忘れられない景色として胸に残っている一幕だった。





    「水心子、大丈夫? 随分派手にやったみたいだけれど」
    「ああ……傷自体は大したものではないから大丈夫だ」

    政府所属の刀剣男士として各地の調査や討伐の任務で忙しなく走り回っていた清麿と水心子は、その日も何処とも知れぬ歪んだ時代に赴いて、湧き続ける時間遡行軍との戦いに明け暮れていた。
    この時代の季節は真冬らしく、辺り一面が銀世界という見た目だけなら美しい場所だ。けれど、戦うだけの身からすれば舞う雪は視界を遮るし、気温の低さは体力の消耗を早めるから厄介な場所だという認識しかない。

    任務自体はそれほど苦戦するようなものではなかったから問題なく処理できたはずだが、水心子の足元──降り積もった雪で真白に染まった地面には、広い範囲に鮮烈な血の赤が広がっていた。水心子は腕が落ちていないのなら大したものではないなどと言っているが、流れた血の量を見る限りこれは多分強がりだ。早く連れて帰らないと後に引きずるだろうと判断して、清麿は帰還の準備を始めねばと頭の中でこの後の工程を計算する。

    清麿自身も含めてだが、どれだけ深手を負ったところで手入れをすればどうにかなるという意識があるものだから、互いに多少の損壊は気にしない癖がついている。
    だが、ここ最近の清麿にはは水心子が他の何かに傷をつけられるのは嫌だという明確な意識があるから、冷静に物事を考えているつもりでいてもどこか拗ねたような気持ちが思考に混ざっていて、その正体がよく分からないから気味が悪いなと思う。
    これは戦うための存在に対して抱く類のものではないなと自覚はあるけれど、湧き上がる感情は心という機能を持って顕現したために起きているのだろうから、これはきっと理屈で片付けられるものではないのだろう。不具合や異常というわけでもなく、その理由だけがわからないから厄介だった。

    「清麿の方こそ」
    「……僕?」

    手持ちの端末で帰還までの最短経路を算出していると、応急処置だけを終えた水心子が何やら不機嫌そうな顔でこちらを見ている。大した怪我はしていないつもりだったが、なぜか刺々しい視線が向けられているので、どうしたのかと視線を合わせる。自分の方がよほど深い傷を負っているのだから、もう少しそちらを気にしてくれれば良いのにと思いながら。

    「その顔」
    「ん? ああ……本当だ」

    一歩距離を縮めた水心子に、頬に流れていたであろう血を強引に拭われる。傷があるということ自体、言われて初めて気づいた。

    「……清麿は自分の怪我に無頓着すぎる。私のことよりもう少し自分を省みてくれ」
    「うーん、あまり実感がなかったから」

    そんなに痛くないしね、と事実を正直に言ったのに、水心子はなぜか苦々しげな顔をする。その言葉はそのまま君に返すねと言おうとしたが、余計なことを言うともっと機嫌を損ねそうだからこの言葉は心の中に留めておいた。

    「ほら、すぐそれだ」
    「あはは、ごめんね」
    「笑い事じゃないだろう、全く」

    水心子が不機嫌な理由は、どうやら自分が余計な怪我を負ったためらしい。水心子はこういうとき結構顔に出るなと思いながら、自分のことを気にかけてくれたという事実について、感情としては嬉しい方の部類に入るなと分析する。

    「心配してくれているのかな。ありがとう、水心子」
    「……そんなの、当たり前だろう」

    となれば、返すべき言葉はこれなのだろう。その選択は間違っていなかったようで、むくれていた顔が少しばかり和らいだ。素直な反応が妙に可愛らしく映るのが不思議で、思わず自分の表情も自然と笑みを形作ってしまうのだが、この感想をそのまま口にしたらまた元の顔に戻りそうだということは分かるので、これも言わずにおいた。

    「…………」
    「どうしたの、水心子」

    急に何かを言いかけて黙り込んだ水心子の表情を窺うと、戸惑いと疑問と緊張が全部混ざったような、ひどく正体が掴みにくい顔をしていた。その視線は清麿の──もっと正確に言えば、その頬に走る赤い傷に向けられている。

    「……これはただの感傷なのだろうが」
    「水心子?」
    「傷を付けられるのは、気に食わないな」

    傷に触れて拗ねたようにそう呟いた水心子に、清麿は自分の中心にある機構がおかしな音を立てて軋み始めるのを感じた。水心子も自分と同じような感情を覚えていることに驚いたと同時に、その機構──心臓が跳ねて暴れ出しそうになるのを、理性をもってなんとか抑えつける。

    (それは、僕もだけど──)

    そう、気に食わないのだ。水心子の口から言われて初めて、その感情に明確な色がついた。自分のものを傷つけられることへ対するこの不快感は、おそらく怒りという概念なのだろう。水心子が傷つくことは、嫌なことだ。出来るなら見たくないし、その身に誰かが傷をつけることを許したくない。それは、自分が負傷することよりも余程耐え難いものだ。

    (……なんだろうな、これ。知らない感覚だ)

    負傷による機能低下という物理的な損害を厭うのとは違う、ただ感情として不快だと思うこの感覚は馴染みのないものだ。同時に、咄嗟に「自分のもの」という考えが浮かんだことについてもまだその意味を噛み砕けてはいなかった。自分は自分で水心子は水心子なのだから、誰のものでもないしそんな風に考えることがおかしいということは理解できる。この感情は一体、何を起点に生じたものなのか。清麿がこれまで経験してきた事象の中に、明確な答えはまだ存在していなかった。


    「…………あれ」
    「水心子、どうかした──」

    思考の海に沈みかけたところで、不意に水心子の体が支えを失ったようにふわりとこちらに倒れ込んできたものだから、清麿は咄嗟にその身体を受け止めて支える形になる。物理的に近づいたことでより濃くなった血の匂いに、先程覚えたばかりの感情がまた膨らんでいくのを感じた。
    流石に血を流しすぎたのだろう。顔色もあまり良くない様子だから、これ以上長居をするべきではないと判断して清麿は水心子の身体を強引に担ぎ上げる。

    「大丈夫じゃないみたいだね、やっぱり」
    「じ、自分で歩けるから!」
    「うん、でもこの方が早いから」

    突然抱え上げられた水心子は腕の中で下ろしてくれと暴れているが、倒れそうになっている身で何を言うのかとその主張は却下する。こんな状況なのだから、効率を優先するのは当たり前だ。別に、驚いて素の顔と声で暴れ出した水心子の反応が面白いからこのまま、などとは思っていない。

    「……清麿」
    「何かな、水心子」

    強引に歩みを進めていくうちに、抵抗は無駄だと悟ってくれたようだ。出来るだけ穏やかな顔で笑ってみせれば、水心子はまだ複雑そうな顔でこちらを見てはいるが、暴れるのを止めたところを見るに大人しく運ばれてくれる気になったらしい。憮然とした顔ではあるが、素直に腕の中に納まってくれた。

    「…………その……手間をかけて、すまない。……あと、ありがとう」
    「うん、素直でよろしい」

    幾多の戦場を共に駆けてきているのだから、自分の状態も現在の状況における最適解も理解できない水心子ではない。それを知っているから、たとえ置かれた状況が不名誉なものであろうとも素直に受け入れて順応できるところは彼の美点であり、そこが好ましいなとも思う。自分もこう在りたいものだと、水心子の態度からは学ぶことが多い。

    (ああ、そういうことか)

    この感情の正体が何であるかはまだ正確に把握はできていないけれど、これはおそらく人の言う愛着というものが一番近いのだろう。それなりの時間を共に過ごしてきたことで、自分の中で水心子の存在は特別なものであるという認識がある。だから怪我をすれば気に入らない──言い換えれば、それを心配だと思うし、出来れば傷がつく機会なんて少ない方が良いと思う。それはきっと、水心子のことを大事だと思っているからだ。

    清麿が初めて何かを大切にしたいという気持ちを知ったのは、きっとこの瞬間だった。






    ──あの場では平気な顔で笑えていたはずだけれど、内心では水心子の言葉とやけに鋭い視線に眩暈のようなものを覚えたことを思い出す。小さな出来事ではあったけれど、清麿にとって水心子が特別な存在であると認識したのはあれがきっかけだったから、その時のことは噎せ返るような血の匂いと共に今でも強く記憶に残っている。

    あの日を境に、水心子も清麿も無駄に自身を傷つけるような戦い方をすることはなくなった。
    自分自身と言うよりは、共に戦う相手を傷つけさせまいと──そう意識して動くようになった事をなんとなく察して、連携するということを覚えたのもあの頃からだ。無茶をしなくなったのは良いことだと、当時はどちらかと言わなくても小言を食らうことの方が多かった山姥切長義から珍しく優の評定を貰ったことを覚えている。

    あの頃はまだ薄らと好意を自覚しただけで、その微かに芽生えた情のようなものがここまで育つとは思っていなかった。その小さな情は時が流れるほどに質量を増して今では随分と重く厄介なものになってしまったが、それでも根底にあるものは今も変わらずこの胸の中に根付いている。


    「……清麿?」

    懐かしい記憶を振り返りながら目の前に咲く花を眺めていると、現実の方でも水心子の声が聞こえる。その気配に視線を寄せれば、だいぶ遠いところから大きな箒を抱えたまま水心子が駆け寄ってくるのが見えた。

    「ああ、水心子。ただいま」
    「……おかえり。どうしたんだ、こんなところで」

    清麿の姿を確認するなり全速力で走ってきたせいで息を切らしている水心子は、庭掃除の名残なのか頭に橙色の花を乗せたままだ。その姿がなんだかとても可愛らしく思えたから、髪を彩る小さな飾りについて指摘するのはとりあえず後回しにすることにした。

    「何だか覚えのある香りがしたから、この花なのかなと思ってね」
    「……あ、そうか」

    この花の話をしたのはつい最近なので、水心子自身にも心当たりがあるようだ。今もやっぱり同じ香りを漂わせているから、この花が咲く季節はきっと眺めていることが多いのだろう。
    水心子が楽しそうにしている姿を見ているのが好きだという自覚はあったが、最近はこうして同じものを見て互いに感じたことを共有する機会が増えた。それが存外楽しいものなのだと教えてくれたのは水心子だ。特に今は随分と熱烈な出迎えを受けたこともあったから、思わず頬が緩むのを隠せない。

    「君の香りだなと思って」
    「……そんなに?」

    そうだよ、と肯定して花を乗せた髪にそっと触れてその香りの元を確かめれば、「うわ!!!!」という素の叫び声と共に水心子の体が思いっきり飛び跳ねる。そんなに驚くことだろうかと思いつつ、清麿が「やっぱりそうだ」と笑うと、水心子は清麿が近づいた分だけ後ずさってなぜか距離を取ろうとする。

    「……どうしたの、水心子」
    「な、なんでもない」

    どう見ても「なんでもない」という反応ではないのだが、水心子は視線を彷徨わせながらも何事もない風を装って先程まで中庭の掃除をしていただとか、その時に短刀たちが走り回って落ちた花や葉が散らばり大騒ぎになっただとか、その騒ぎに鶴丸国永が便乗したものだから更に大変なことになっただとか──清麿が不在の間に本丸で起きた出来事を色々と早口で話りだす。急に何があったのだろうかと訝しみつつも、今日も楽しそうに過ごしていたようなら何よりだなと思う。



    「あれ、清麿」
    「ん?」

    清麿の表情を窺うように向けられた水心子の視線が、急に温度を変える。先程までのキラキラしたものとも慌ただしく目を回していたものとも違う鋭い色を宿して、探るように一瞥してからその瞳が少しばかり不満げに細められた。

    「その顔。手入れはどうしたんだ」
    「……まあ、大した傷じゃないから」

    すっかり忘れていた頬に残る裂傷を指摘され、清麿がつい思ったことをそのまま口にすると、水心子の視線が一層鋭くなった。その視線だけできちんと手当てをしろだとか、適当に放置するなだとか、言いたいことは大体伝わってきた。水心子の方こそ自分の傷にはあまり頓着しない癖にと思いはしたが、逆の立場であれば自分も同じような視線を向けて手入れを促すだろうから、その小言は甘んじて受け入れることにする。

    「やっぱり、気に食わない?」
    「……ああ、物凄く」

    ちょうど懐かしいことを思い出していたから、前にもこんなことがあったねと言えば、水心子も覚えていると頷く。
    同じような場面ではあるが、水心子の表情にはあの頃見え隠れしていた戸惑うような色はもう見えない。それは多分、自分がそう感じる理由に心当たりがあるからだろう。

    あの頃はまだ親友と呼べるだけの関係には至っていなかったが、今はもう互いを大切に想っていることは言葉にしなくても理解している。親友として、水心子が自分が想うのと同じように感じてくれていると知れるのは嬉しいことだ。

    「まあ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。本当に擦り傷だから」
    「いや、心配というか……これは……」

    しばらく何か考え込むような仕草を見せてから急に黙り込んだ水心子が、もう一歩分距離を縮めてその指先を清麿の傷口に伸ばす。
    触れられた箇所に痛みは無かったが、その代わりに小さく熱が宿ったような気がした。

    「水心子?」
    「……──、いいのに」

    慈しむように傷跡が走る頬を撫でて、水心子が何事かを小さな声で囁いた。
    その声はすぐ傍にいる清麿にすら聞こえないほどに微かなものだったから、意識して口にしたものでは無かったのかもしれない。先程まで不満げな色を浮かべていたその顔は何かを諦めたように緩められて、自然と微笑みのような形を作る。思いがけない反応に清麿が息を詰めれば、水心子はひとつ瞬きをしてすぐにその表情をどこかに隠してしまう。

    「……ねえ水心子。いま、何か」
    「なんでもない」

    なんでもないわけがないだろうと、聞こえなかった声とその表情の真意を探ろうと清麿は水心子の腕を少しばかり強引に引き寄せる。こんな衝動に任せた行動は自分らしくないと思いながらも、そうせずにはいられなかった。今みたいな顔は、一度も見たことがなかったから。

    「……あまり傷を作るなと思っただけだ。せっかく綺麗な顔なんだから、勿体無いぞ」

    いつも通りの顔に戻った水心子は、再び近づいた距離に動揺することもなく真顔のままそう告げてからもう一度清麿の頬に触れる。
    これは多分、先程零した何かを誤魔化すための言葉なのだと思う。思うのだが、これはこれで正面切って言われると反応に困る類のものだ。さっきはこちらが髪に触れただけで素っ頓狂な声をあげていた筈なのに、同じ身体で今度はこちらを惑わすような仕草で怖いことを口にする。

    「…………僕、口説かれてる?」
    「……? なんの話だ」

    返ってくる答えは分かり切っていたとしても一応聞いてみて、予想通りの返答だったことに内心で安堵のようなものを覚える。なんの衒いもなくこれを言えるところが、水心子のすごいところなのだ。
    どれだけ甘い花の香りを漂わせていようと、この親友の構造にはそれなりに物騒なものも含まれるということは清麿自身が一番よく知っている。その身に纏うものが血であれ花であれ、本質はいつだって変わらず真っ直ぐに心の深いところを攫っていくのだと、身をもって理解させられたのは一度や二度ではない。

    怪訝そうな顔をした水心子を見つめていると、不意に強い風が二振の間を通り抜けた。
    その風に煽られて木からこぼれ落ちる金木犀の花は、色も香りも違うのに何故かあの冬の日に舞っていた雪を思い起こさせる。当時は視界に入る景色について感じるものは何もなかったが、今ならあの白に染まった景色も美しいと感じられるのだろうか。

    きっと今日のことも、あの日と同じように忘れられない記憶のひとつになるのだろう。そんな予感があって、清麿は橙の花が舞う夕暮れの空を仰いだ。


    ──────

    聞こえなかった言葉のあたりについては水心子くん視点の話で回収できたらという気持ちです…
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