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    おいちゃ

    @oitea_tya

    おいちゃ(追茶)です。表には上げにくいものを載せていく予定です

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    おいちゃ

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    尻叩き

    #リオ蛍

    バレンタインなリオ蛍ちゃん 何だか外が賑やかだ。こういう日は大抵、水の上から愉快な二人組が来ていることを示す場合が多い。徐々に執務室に近付いてくる喧騒に耳をそばだてていると、遠慮なく重々しい入口が開かれ一人分の足音が軽やかに階段を登る。
    「おーい公爵! オイラたちが来たぞ~!」
    「いらっしゃい、お二人さん。わざわざこんな日にここまで来るなんて、物好きにも程がありすぎやしないかい?」
     今日は所謂バレンタインデー。数年前までは想い人へ愛を届ける日だったが、最近ではもっぱら女性が友や自分のためにチョコレートを用意するイベントになっている。ただそれも愛を抱えた者たちには都合がいいだろう。秘めたものを友情に隠して伝えるという「満足感」を得ることが出来るのだから。
     まあ、バレンタインそのものについての話は置いておこう。何せ今は目の前には来客がいるのだ。彼女らを無視して一人思考に耽るのは、「公爵」のやることではないと言えよう。奥に移動し、予め用意していたティーセットを手に取る。今日のお茶は普段飲むものよりも少しだけ渋みが強いもの。恐らく彼女らが持ってきているであろう菓子にはこれが丁度いい。
    「へへ、悪いな公爵~」
     考えていたことを隠せないパイモンに、己の昨日の準備が誤りではなかったことを確信する。旅人は今日も口数は少ないが、その口角の上がり具合を鑑みるに悪い気はしていなさそうだ。
     二人をソファーへと案内してからお茶を淹れパイモンを挟んで座る。旅人たちが持ち込んだバレンタインらしいハートなどの形をしたステッカーがいくつも貼られた少し大きめの箱を開ければ、そこにはひとつまみ出来るチョコレートがびっしりと収められていた。どうやら長いアフタヌーンティーになりそうだ。そのチョコレート菓子は雑味が少なく口当たりもまろやかなものだった。お茶に砂糖を入れる必要もないくらいに。箱に刻まれた銘は知らないものだったため、恐らく他国で購入したものなのだろう。相変わらず彼女らのフットワークの軽さとその知識の広さには驚かされる。
     そうしてしばし互いの近況などを話し合う穏やかな時間を過ごしていたが、気付けばゲームをする流れとなっていた。
    「バレンタインだから、本音を隠しあってみない?」
     そう自信満々な表情でバレンタインらしからぬ提案をしたのは旅人だ。先程の会話の中で演じる機会があったと話していただけに、その技量を披露したいのだろう。何せ一度はこちらに騙された側。負けず嫌いが見て取れる彼女としては、やられたままではいたくないのだろう。無論断る理由はない。
    「想いを告げる日に隠すとは……面白そうだ。ルールは?」
    「……一つ伝えたい本音を決めて三十分間隠すこと。あ、せっかくなら嘘をつくこともNGにしよう」
    「そうだ! 『本音を言ってもバレなかったら、チョコを多く食べれる』も追加しようぜ!」
    「それはいい。ならバレた時や嘘を言った場合は、今日はチョコレートを食べる権利を失うということで」
    「ふふっ。本音も嘘も、口にしたらすぐちゃーんと申告するルールも付けようか」
    「えっ、……お、おう。……二人してオイラを見るな!」
     ブロックを積み重ねるようにゲームが形作られていき、あっという間に場が整えられていく。パイモンが両サイドからの視線に冷や汗を流す様を軽く笑いながら見つつ、茶葉にお湯を注いだ。彼女の姿は既にゲームが始まっているのではと錯覚しそうなまでの慌てようだ。些かその小さな体には不利な条件かとは思うが、より多くチョコレートを食べるためならば苦難を厭わないのだろう。流石は旅人の相棒か。
     一方で旅人は落ち着いていた。お茶を飲みながらパイモンを茶化し、菓子をつまんでは幸せそうに頬を緩める。リオセスリからの視線にさえ余裕の笑みを浮かべて答えていた。これからチョコレートを賭けたゲームが始まろうとしていることを知らない無垢な少女のように。どうやら彼女は相当に自信があるようだ。肉弾戦ではないというのに、己に流れる血が火に当てられて加速する。……そんな彼女の姿に、リオセスリがゲームに賭ける『本音』は自然と定まったのだった。
     中が少なくなった二人のカップに追加のお茶を淹れる。ふわりと揺蕩う湯気は狼煙のようだ。ポットをコトリとテーブルに置けば隣からは息をのむ音。──ゲームの開始だ。
    「さあ、遠慮せず飲んでくれ。これが無くなれば違う茶葉を用意しよう」
     さて、このゲームはいわば事実しか話せない。だがそれらを重ねつつ会話を組み立てていくのは面白みに欠けがちだ。そんなのはマシナリーにでも任せておけばいい。当然ながらこの二人……主に旅人だが、彼女はそんなつまらない展開は望んじゃいないだろう。そして俺もだ。つまりこのゲームは、旅人からリオセスリへの挑戦状でもある。
    「あ、じゃあ飲むぜ……っ」
    「違う茶葉ってヌヴィレットからのお土産のこと?」
     そして勝者の栄光だけでなく更なる報酬を得るため、隠すべく『本音』を用いる。パイモンが決めたルールは、この勝負をよりやりがいあるものへと昇華させてくれた。リオセスリも頃合いを見て勝負台へと置くつもりだが、現状会話の脈絡がなさすぎる。……さあ、どうやって勝負を運んでいこうか。近頃は事務仕事ばかりだった体には心地良い緊張感だ。
     ここまでの思考を一口のお茶と共に飲み込む。蛍の問いかけにイエスと答えて横をちらりと見やれば、やけに静かだが体はガタガタと震えているパイモンの姿。汗まで流して可哀そうに。それでは己から隠し事を言っているようなものだ。だが本人にはまだその意識はなく、ゲーム開始からいまだ五分も経っていない状況。何より旅人さえ言及しないでいることを鑑み、しばらくはパイモンをターゲットにすることは止めるとしよう。視線を外しもう一度お茶を口に含めば、その意図はすぐ旅人へと伝わった。
    「優しいじゃん。もしかして、とっくにチョコは食べ飽きてた?」
    「まさか。要塞内で貰えるチョコレートは、存外少なくてね」
     そうして話題は、予め敷かれたレールに導かれるようにバレンタインへと向かう。
     メロピデ要塞における菓子にまつわるイベントは貴重だが、とくにバレンタインは尚更だ。囚人たちが貴重な甘味菓子を誰かに贈るとなると、それこそ想い人や仲間同士が主流である。仮に囚人の輪を外れたとしても、それは特別許可券を労働の対価として彼らに直接渡す看守がせいぜいだろう。恐怖の対象とされる『公爵』に渡す者は看護師長や直接の友人ぐらいだ。例年であればそれらに不足を感じることはなかった。だが、今年ばかりは事情が違う。
     カップに細い指を通し、柔らかな髪をさらりと揺らしてリオセスリがいれたお茶を口にする女。その蜂蜜のように煌めく瞳は、こちらの返答が意外だったと言うように瞬いている。こんなにも女性らしく純粋な見目をしているというのに、その手に倒れた者の数は知れず、脳裏にはあらゆる思考を巡らせる余裕さえ兼ね揃えている。……水の上から来たというのに『公爵』に臆することの無い異邦の旅人──蛍。自分の知らないものばかりを知る人間。そんな彼女に夢中になるな、なんて無理な話で。風の中では火は躍ってしまうように、リオセスリもまた蛍の一挙手一投足に揺れる恋情を抱いていた。
    「可哀想だろ? ──だから、あんたからの『特別』を欲してもいいかい?」
    「なっ……」
     だからだろうか。自然と口をついて出た言葉に、丸い瞳を更に大きく見開いて驚きを露にした蛍。敏い彼女のことだから、その言葉に噓偽りなどないことにまで気付いてしまったことだろう。みるみるうちに薄桃色の頬に紅が差してゆく。彼女は、赤も似合うようだ。
    「……こ、ここに沢山あるから、好きなだけ食べればっ?」
     パイモンの目の前に置かれていたチョコレートの箱をリオセスリへと近付け、再びカップへと口をつける蛍。
     やっと平常心を崩してくれたようだ。慌てて逸らされた視線。指で触れたくなるようなその蕩ける瞳までギュッと閉じてしまって……可愛らしいがそれは悪手だ。──それではカップの中が空になっていることに、すぐには気付けないだろうに。
    「あぁ、有難くいただくとするよ」
    「……っ」
     喉から噴き出た息を我慢出来ず、出した声音は不自然に揺れてしまった。そんな分かりやすすぎる態度に何が起こったのかすぐさま理解した旅人は案の定不服だったようで。二度もリオセスリによって染められた赤い頬を小さく膨らませ、「お前のせいだ」と言わんばかりにその意を無言で示している。そんな彼女の姿を見ることは嫌いではないが、これ以上見ていては余計に怒らせてしまいそうだ。いや、そもそも旅人自身も本来の目的を忘れてやいないか? ……もっとも、そうしたのはこちらな訳だが。とりあえずお茶を差し出すのは控えよう。彼女の失態を補うような真似は、少なくとも今は望まれていないと見た。
     ヒシヒシと肌を射抜く炎を纏った矢のような視線を受け流し、チョコレートを一つ口へと放り込む。相変わらず甘く滑らかな舌触りだが、あらゆる感情を湛えた蜂蜜の瞳には敵わない。だがカリカリとした触感はお茶に合う。共に飲み干したいところだが……しばし我慢だ。
    「この文字は……稲妻のものか」
     手遊び代わりにチョコを収めていた蓋を手に取れば、側面から先程は読み取れなかった情報が目に入った。どうやらこの菓子には璃月の特産品である琉璃袋が使われているようだ。どうりでカカオ特有のこってりとした食感が薄かったわけか。かの国は鎖国を止め開国をしたと聞いたが、その流通の成果は目まぐるしい。今度、稲妻の茶を仕入れてみるのも悪くなさそうだ。
     蓋の表面を見れば、そこにはいくつかのステッカーが貼られている。持ち込まれた時には気にならなかったが、銘の上に貼られている状態を見るにどうもこれは店側が施したものには見えない。試しに一つケーキの形をしたステッカーへと爪をひっかけてみる。すると、案の定それは簡単に剝がれてしまった。
    「これはフォンテーヌで貼ったものか?」
    「うん。要塞に向かってたら、街中でデコレーションイベントが開催されてたの。『贈り物に気持ちを添えてみませんか』って」
     曰く、どうやらメリュジーヌ達の間でステッカーが流行り出したことに企業が注目したらしい。彼女らの協力の元、お手製のステッカーを作って贈り物に貼ることが出来るのだとか。特別な贈り物に可愛らしいステッカーを添えられるということで会場はそれなりに盛り上がっていたそうだ。
    「ほら、そこにパイモンステッカーあるでしょ。結構頑張ったんだから」
    「お嬢ちゃんが、だな」
    「当然です」
     ふんと鼻を鳴らす旅人。その横顔には先程の赤は残っていない。少しばかり残念だが、おかげでゲームの続きを楽しむことが出来るのだから悪くはない。
     旅人が頑張ったというパイモンステッカー。それはパイモンがデフォルメされているが、無邪気な面や身体的特徴がきちんと押さえられていた。今にも食事を強請ってきそうな表情は、見ているだけで笑いを込み上げさせてくれる。どうやら、彼女は美術的センスにも恵まれているみたいだ。
    「やはりな。すぐに気付いてやれなくてすまなかった」
     お手製のステッカー。茶会を楽しみにしていたとはいえ、それに真っ先に気付けなかったとは紳士失格だろう。旅人自身は対して気にしていなさそうだが、これは男としてのプライドの問題だ。詫びとして彼女に何かをしてやりたいところだが……。
    「……いいよ別に。でも……うん、お茶が欲しい」
     相変わらず察しが早い。視線をリオセスリとは反対の方へと向けたまま許しの言葉を小さく放った旅人は、空っぽになっているティーカップを指差した。無論、その言葉を拒否する理由なんてない。まだほんのりと温かい軽いカップを手に取り、本来彼女の体内へと入っているはずだった茶を注ぐ。
    「仰せのままに、レディ」
     コポコポコポ。茶が新たな器へと身を移すこの音は何度耳にしようと聞き惚れてしまいそうだ。平らかなるものには広がりを見せ、閉じ込めようとするものには抗わんとばかりに空を目指す。指で触れれば陶器を溶かしてしまうのではと疑う程に熱いが、時間が経てばその熱さも湯気と共に空気へと溶けてゆく。その味は苦く、甘く。共に口にする食材を慮る懐の深さまで併せ持ち、咲いた会話の花をより鮮やかなものへと昇華させる気概。──ああ、これほどまでに面白い飲み物は他にないだろう。慣れきったはずのその口当たりは『また明日』を望み、日々の面倒事で憔悴した意気を、沸き立つ心臓共々何とも平穏な手段で黙らせて。そうして新たな感慨をこの冷たい水の下にいるリオセスリへと染み渡らせる。
     そんな感情をこれまで『茶』に対して抱えて来た。他人に言わせてみれば『重い』だなんて言葉が返ってきそうだが、勿論こんな話は誰にもしたことはない。尤も、ヌヴィレットさんやクロリンデさんにはある程度察せられていてもおかしくはない。個人的な欲を言えば、今もこちらから目を逸らしつつも器用にチョコを摘まんで食べている少女にも知ってもらいたいところ。なぜならばもし『コレ』を人間に感じた時は、間違いなくそれはリオセスリの──。
    「──……?」
     茶を注ぎ終え蛍の前へとカップを置いたリオセスリ。だが、彼の胸中は一つの疑念を抱いていた。


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