解凍中「吐いちまったんです、エースが作ってくれたやつ。ポン酢しょうゆがとんって置かれて、豆腐ともやしと豚肉が冷たくなって青いプラスチックのお椀に浮いてたんです、血と、もやしが骨と肉と豆腐が内臓?に見えて、なんだかぬるっこいただのお湯に浮いてて、フォークをおれの前に置いて、それを豚汁っていうんです。ね?かわいそうにエースとうとう豚汁もわかんなくなっちまったんだ、せんせは豚汁知ってますよね?そう豚汁です。みそ汁じゃなくて豚汁。あいつ作ったのみそも入ってないんですよ、豆腐ともやしと豚肉湯がいただけ、すげえ冷えてたし。スマホも持ってんのに豚汁の作り方調べるって発想がないんだ、うまくつくれないの多分自覚はしてるんですよね、泣きそうな顔して無理すんなっていうんですけど食うしかないじゃないですか、だっておれお嫁さんだし、旦那が家族サービスしてくれたら乗っからねえとまたシンフォギア打ちに行くし、ああ知りませんかPF戦記絶唱シンフォギア黄金絶唱、ベガスベガスにあるんですけど。演出いいのに風めっちゃ弱いんですよね。エースに教えたらそっからはまっちゃって全然相手してくれなくて、最近隠れて行くようになっちまったんですよ、バチボコに熔け負けて胸のあたりおさえながらだっこしてって言ってくるのがかわいいから、お金いっぱいあげちゃうんですけど、でもこれエースがちゃんと夫婦って思ってくれてるからおれと財布共有してるってことですよね、あんまり素直にすきって言ってくれないけど、ちゃんと態度に示してくれてるんですよ、だからおれがカメラから見守っててあげねえとなって思ってます、はい。でなんでしたっけ、豚汁?そう豚汁だ。冷めたお湯にちぢれた肉とくだけた豆腐とぶった切られたもやしですよ、隣でルフィが喜んで食ってて怖かった、久しぶりだあって。久しぶりってことはおれと住む前はふたりでこんなもん食ってたってことか嘘こけ貧しいとは聞いちゃいたが信じらんねえ日本だぞ?ふたりしておれのこといじめてんだ、量もめちゃくちゃ少ないし、お椀の中のもん全部死んでて無理、エースもルフィもどうやってそれが発泡スチロールとフィルムにくるまれて大量にスーパーに並んでるか全然わかっちゃいねえ、おれが教えてあげねえと、でもふたりとも全然聞いてくれないんです…。いっぱい叫んで疲れて寝ちゃって、起きたらエースがおれとルフィのことすき?なんて聞いてきて、えへ、ちょっとはおれがすきって気持ちが伝わった気がするんですけど。ったくなんも考えねえで食っちまって、もやしと豆腐はまだいいけど豚なんてうええ気持ち悪い、おれふたりにはきれいでいてほしいんです、一秒ごとに骨も髪も精子も胃も爪も肉も死んでくのに体の中に豚なんていれてほしくない、エースもう20超えちゃってるんですよなんでわかってくれないんですかね、もう豚も牛もワニも熊も食ってほしくないんです…ぐすっ…え?ワニと熊?ああ…」
小さくて白い部屋に敷かれたカラフルなパズルマットの真ん中で、サボとせんせは座っていた。
サボは昨日の夜を最後に酒を飲んでいない、朝起きて飲もうとしたらルフィに抑酒剤を飲まされたからだ、そのままエースのバイクに乗せられ、月一のカウンセリングに無理やり引っ張り出されてせんせに喋ってる。
窓の外の木蓮は目を覚まそうとしていた、春が芽吹く、キリンやオオカミのぬいぐるみがアルコールが足りないサボと一緒に震えていて、せんせはさも全部わかってますよみたいな顔をして時計を確認して話の続きをうながした。
「これ笑わないでくださいよ、おかしいし変だなって思うんですけどでも絶対絶対間違ってない、おれが言ってることは絶対全部真実でほんとに起きた正しいことのはずだから絶対笑わないでほしいんです、いいですか?喋って大丈夫ですか?録音とかされてませんよね…よかった、こんなことエースやルフィには、いや他の誰にも喋れない、でも信じてくださいおれが今から喋ることは夢の話です、夜ごと襲ってくる夢、絶対に夢じゃなかった夢……アドレス諸島って知ってます?地球の楽園って言われてる、ポルトガルの。知りませんか、そこにいっちばん小さい島があるんですよ、コルボ島っていう。ほんとにあるんです地図にもめっちゃくちゃ小さく載ってます今すぐググってください。え、仕事中スマホはロッカーに?ああそう。そことは違うんですけど、でもそことよく似た山に、おれそこにいたんです、ずっと遠いいつかにおれもエースもルフィも、確かにその楽園の中にいた。楽園の中で毎日3人でワニとか熊とか殺して、花も草もキノコもうさぎも殺して食って生きてたんです。楽園にいるのはアダムとイヴと、ヘビ、だと思うんですけど、それでいうとおれはヘビだったっていうか。おれがイヴに、エースになんでも教えたんです。生き物を物にして、食べ物にするまでを全部。あとおとなの脅し方とか、うまいスリ方とか、ちゅーとかだっことか…そんなことばっか教えてたらルフィがどっかからくっついてきてにこにこ真似しだして、3人一緒に悪いこと全部したんです、だからなんか、罰っていうか、今思えばほんとに運がないだけだと思うんですけど、でも運がないからこそおれが許されない証明に感じるというか、だから、いろいろあってその楽園を飛び出したときにすぐに記憶ごと体を焼かれちまったんです。夢ですよ、夢の中でもおれ左顔面燃えてる。いや夢じゃないけど。で、運よく助かっちゃうんだ、運がいいんだか悪いんだか夢なんだか。それからエースとルフィと、ほんのちょっとの家族の記憶を何年も忘れて大人になったんです。大人になるまで拳法を習いながら、権力をかさに好き勝手私腹を肥やすバカ共をカッ裁いてました。貴族の息子なのに。そんなことでおれの生まれがチャラになるならエースは雪の中体に穴開いて死んだりしなかった。エースがどこにどんな墨入れたって関係なかったんです、誰倒したって何手に入れたってどう強くなったって、何悩んでも何に笑っても喜んでも、世界中の誰もがあいつの親を知っている、結末が全部最初から決まってる、こんなこと…ロジャーってのは海賊王でエースのパパです、すみませんわからないですよね、いいです覚えなくて、おれ嫌いだし。で、そのときおれはなんもしなかったんです。まだ忘れてた、ルフィが死にかけててエースが穴開いて死んでる時におれはなんもしないでいつも通り過ごしてた。新聞の一面にでっかく飾られた記事読んで全部思い出したころにはエースは墓の中。そこで目が覚めるんです、酷い夢だ。ルフィが生きてんだか死んでんだかもわからねえまま朝が来る。おれが思い出して助けに行ってたらなんか変わってたんですかね、いやそもそも、なんも知らねえでにこにこしてたエースになんも教えねえまま、街に繰り出して暴れないで、おれとおまえで、それからルフィで、自由なんて教えねえままずっと一緒にいたらよかったんですか…夢の話だろうって?夢じゃねえ、おれの顔の火傷痕が言ってんです、遠いいつかかもしれないけどおれは、おれたちは確かにその世界で生きていたし抗いたかった。あのせんせ、ほんとにカメラとかしかけてませんよね…これ世界政府に知られたらマズいんです、おれ革命軍だったし、エースもルフィも海賊だから…。せんせ、おれ、おれが間違ってるんじゃないと思うんです、全部世界が政府が海軍が、見て見ぬ振りした世界中のだれかたちが全員悪かっただけで、エースが死んだのは、今エースがおれのこと蹴るのは、ルフィもエースも貧しくてこんなにおかしくなっちまったのは、お、おれ、おれらじゃなくて…」
膝にのせてた豹のぬいぐるみが転がり、青ざめて全身震わせ冷や汗を噴き出しながらサボは口をおさえた。
ハトのハットリが大丈夫離脱症状ですよ断酒がうまくいってる証拠ですと言うと同時に、ルッチせんせはサボの背中をさすりビニル袋を広げてあげた。