花に亡霊(芽吹)もう忘れてしまったかな
夏の木陰に座ったまま 氷菓を口に放り込んで風を待っていた
「暑すぎる…」
夏休みまでカウントダウンが始まった1学期終わり間近。学校から離れたバス停まで歩いていた。
しくじった。昨晩凍らせたペットボトルは思ったより凍ってしまい、すぐに飲める部分が少なくなってしまっていた。
ガシャガシャとペットボトルを振って歩く、
今日は生徒会だからと、いつも一緒に帰るシュウもいない。夏休み明けにある文化祭の用意が始まっているらしい。
「あれぇ、浮奇、1人?」
ふと声がしてあたりを見回すと、道路を上った木陰に座る人物がいた
「スハ先輩…!」
ちょいちょいと手招かれて反対の道路脇へ寄った。先輩は座ってるだけで涼しそうだった。
「浮奇も食べる?アイス」
「え、え…と。いいんですか」
「うん。このままだと溶けちゃいそうで」
差し出されたのはフルーツ味の丸いひとくちサイズのアイス。果実のようなそれを齧っている、
「つめたい」
「なにその初めて冷たさを知った人みたいな反応」
「暑かったから…実感こもっちゃった」
軽音学部の先輩である彼は、いつでも人に囲まれていて。どちらかといえば隅で打ち込みをしてるような俺にも声をかけてくれる。部屋の角で、埃みたいにモヤモヤしてる俺に潤いを与えてくれる素敵な人だ、
「浮奇は細いから。熱中症で倒れないようにね」
汗でセットも崩れた髪を撫でてくれる。
「大丈夫、スハ先輩に会えたから倒れなかった」
「ええ?じゃあ帰り道は浮奇が倒れてないか探さなきゃいけない」
「ふふ、探してもらえちゃうね」
「どこまで行くの?」
「バス停」
「そかぁ、まだ距離あるね」
指先で摘んで果実の氷を囓る。キンと震える感じがして、思わず喉がひゅうと鳴った
喉を通る氷が熱を奪う。ただ少し離れただけなのに木陰が涼しい。目を閉じて風を感じている先輩は、一つも暑そうではなく風そのものだった。
ああ、なんて甘い人なんだろう。
「先輩、ありがとうございました。」
「もう行くの?」
「うん、バスの時間もうちょっとだから」
「そっか。気をつけてねぇ」
誰かを待っているのだろうか。
少し離れてみていたら、ペットボトルの水を盛大にこぼしてシャツがびしゃびしゃになっていた。それを見てしまった俺はあまりにも気分が良くなって暑い気温もなんのその。帰りのバスでも思い出してくすくす笑ってしまっていたのだった。
♦︎
「あ、浮奇がいる」
「…こんにちは」
すっかり木陰を気に入った俺はバス停までのセーブポイントにすることを決めたのだ。
道路脇一歩上がっただけなのに誰にも見つからないいい場所だった。
「ここ気に入った?」
「うん、とてもいいね。涼しいし、道路から見えないとこもいい」
「そう!そこがいいよね!」
どっちが[いい]のだろう。
「時々、1人になりたくなる。そんな時にぴったりなんだ」
「…え、俺きて大丈夫だった…?」
「あ〜!気にしないで!浮奇ならいいと思って声かけたんだ。」
「そうなの?嬉しい」
人気者の先輩を独り占めできるなんて。
ちょっとドキドキしていた。2人だけの秘密っぽくて、
「浮奇は嘘つかないでしょう?」
「うん、嘘嫌い」
「だから。」
曖昧に笑った顔は逆光でよく見えなかった。
盛り上がるでもなく、ただ木陰で座っていた。
俺だって少ないけど友達はいる。でも、どちらも喋らなくっても心地良い人というのはあまりいないので『ああ、これって心地いいんだ』という感じ。ただ。暑いはずなのにぶつかった肩に安心感を覚えていた、
♦︎
雨
束の間に止んだ空は不穏な色をしていた。
海の奥の方、また雨が降る真っ黒な雲がいる。
今日も1人。
俺は急いでバス停へ向かった。
風が強くって木がさざめいている。
こんなに濡れていちゃあの場所に座れないだろうとため息をついた。
ここ最近休憩しすぎていたかもしれない。
「あっ先輩…」
カーブを過ぎた先に見えたのはスハ先輩だった。
あの木陰じゃないのに会えたことが嬉しくて、俺は小走りで向かおうとした。
しかし、歩道側に見えたのは女の子。
仲がいいのか小突きあっている。
「……ああ…」
風にスカートが揺れて。
先輩は思わず見ないふりして逆を向いた。
心臓が掴まれたようにギュウと軋んだ。
そうだった。彼は人気のある人で、俺みたいなのが仲良くなれるなんて奇跡なのだった。優しくて忘れていた。何を浮かれていたんだ。恥ずかしい。
「俺は…」
幸運なことに雨降り前にバスに乗ることができた。
少し進んだあたりで強い雨が降ってきて。
傘を。
傘を半分こしてたのが見えた。
俺は。
俺は、
「どうしたら隣に並べるの…?」
雨降りに間に合ったのに俺の心はザザ振りで、シャツの襟はびしょびしょになってしまった。
気づいてしまった。たった数回優しくしてもらっただけなのに。
上手く息を吸えなくて、最寄りに着いてバスを降りた。
梔子が香る、
「好き、なんだ…」