《トマ蛍》不束者ではございますがお嬢がお茶を用意しようとするものだから慌てて代わろうとしたのに、トーマは座っていてくださいねと茶器すらも渡してもらえなかった。
足が痺れて苦手だと言っていたのに珍しく正座した蛍が、背すじをぴんと伸ばして正面の若をじっと見つめている。その横では空中で膝を折ったパイモンがぎゅっと口を引き結んで見守っていた。
空いていた蛍の隣に収まったはいいが、なんだ、この集まりは。何も聞かされぬまま呼ばれた先は、重大な評議を行うんだと言われても納得できる程の緊張感に溢れていた。物を聞くのも憚られるほど静まりかえっていて、アイコンタクトを図ろうにも誰とも目が合わないのだ。
こと、と置かれたお茶は、色を見るに神里屋敷にあるもので一番上等な、稲妻産のもの。
確かに蛍は賓客だけど、若やお嬢との関係性を考えればいささか不自然だ。いつも璃月産を好む彼女に合わせているのも知っているだろうに。
お嬢が座り直したのを合図に、蛍がそっと口を開いた。
「改めて、トーマ……さんとお付き合いしている蛍です」
「オイラは最高の仲間のパイモンです」
恭しく頭を下げたふたりに驚く間もなく、若とお嬢の自己紹介が始まる。
頭の中がはてなでいっぱいになりながらも見守る……というか、見ているしかできない。促されることはなかったけれど、こっそりトーマです……とだけ呟いておいた。
不思議なやりとりについて行けないトーマを誰も気遣ってくれないまま。スメールの菓子だという手土産を開けて早々、蛍が座布団から飛び降りた。
「早速ですがお義父さん」
「私は貴方のお義父さんではありませんよ」
「ごめんなさい、トーマさんのお父さん」
「はい」
「オレのお父さんでもないですよね!?」
トーマの驚きを拾うものはおらず、お嬢は湯気を見つめているし、パイモンの軽快なツッコミも飛んでこない。
あまりにも異様な空間すぎる。
「トーマさんを私にください!」
畳に頭を擦りつけた蛍から発せられた言葉のせいでついこの雰囲気に納得しかけたけれど、いや、おかしいだろう。
結婚の挨拶、ってやつだ。それはわかった。
でもこの挨拶は、男性が彼女の両親に頭を下げるのが一般的だと思っていたのだけれど。トーマが間違っているのか?
というか、そもそも。
「え、もしかしてオレたち結婚するの!?」
「うん」
そう、なんだ……。そんな話一度もしたことなかったのに、さも当然ですなんて顔で頷かれるとそうだったような気がしてくる。
違うよ、嫌だってわけじゃなくて、もちろん結婚の相手に選んでくれるのはとても嬉しい。ただ、トーマ自身は知らなかったものだから、非常に混乱している。
相談なく進めるものなのか。特に挨拶なんて、互いの細かいすり合わせがあるものだと認識していたのに。
トーマと蛍の交際だって改めて紹介するようなものでもないし、こんな格式ばった会も必要だったのか?
「私、怒りながら机を叩くのが夢だったのですが……よろしいですか?」
「ぜひ」
「では……どこの馬の骨とも知れない方に、うちのトーマをお渡しできるものですか!」
お嬢の許可を得た若は、湯呑が揺れる勢いで机を叩いて大声を張る。
がしかし、いささか迫力がない。若自身に似合わない行動なのはもちろん、事前に予告されたおかげで驚くこともなかった。中途半端に残った上品な言葉遣いがなんとも滑稽な。
わかった。この集会は別になんでもない、若だか蛍だかの憧れを叶えるためのショートコント・結婚のご挨拶だ。
ここにいる誰もが笑わずに座っていられる理由がわからない。どうやってこれだけの緊張感を作り出しているのかもわからない。
トーマの味方が誰もいないこの状況で、この茶番にどう付き合うべきなのか。幸せにしてみせます! と叫ぶ蛍の声を聞きながら、畳の目を数えるしかなかった。