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    かがり

    @aiirokagari の絵文置き場
    司レオがメイン

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    かがり

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    ぷらいべったー引っ越し(2021.12.12)
    第2回Webオンリーで展示しようとして実際大遅刻をキメた花を贈る司くんの話の完結編です。
    あとがきがつきます。

    (2023.6.25再録発行に伴い微修正)

    #司レオ
    ministerOfJustice,Leo.
    #小説
    novel

    続・左の胸に咲く花:司レオ それは、司にとっては輝かしいものでも、レオにとってはそうではなかった。「そうではない」ことを、あの人は謝ったのだ。





     アンサンブルスクエアは眠らないビルだ。常に何処かしらの部署で何らかの企画が進行していて、朝に夜にと人が動き回っている。
     早朝から夕刻まで立て続けに入っていた仕事がようやく落ち着いた中で、司は周囲の喧騒が遠のくような心地に陥っていた。
     昨夜は遅くまで実家の事業の調整を進めていたこともあって、このままだとソファに身を沈めたまま意識まで沈めてしまい兼ねない。そんな危惧があっても、起き上がるためのそもそもの気力が湧かなくて、司は行動を起こせないでいた。宙だったらこういう時に「HPの回復中」だなんて言うのかもしれない。疲弊の中でそんなことを思う。
     大丈夫? と投げかけられた心配そうな声に、反射的にびくりと体を起こした。聞き間違えようがないその声は、敬愛する「お姉様」であり「プロデューサー」のものだ。
    「お見苦しい所をお見せしました……」
     同じ現場に居たことが、すっかり頭から抜けてしまっていた。情けない所を見せてしまったことを恥ずかしく思いつつも、起き上がるタイミングが出来て少しだけほっとする。
    最近忙しそうだね、と彼女は心配してくれるが、それについては人のことを心配するより自身を顧みてほしいと思う。あまり根を詰めすぎないで、と備え付けの紙コップに入ったホットコーヒーを手渡してくれた彼女は、そのまま司の隣へ腰かけた。
    「すみません……もがくほどに、自分の思い描く理想は、まだ遠くにあるのだと実感しますね……」
     初夏の頃は新しい環境に慣れることに必死だったけれど、自分たちの輝かしい未来を思えばどうと言うことはなかった。それでも、最近になって他の事務所やユニットの状況を伝え聞くようになってきて、少しずつ、儘ならない現状への焦りがせり上がってくる。
     月永先輩に相談してみたらどうかな、と彼女は控えめに意見を出してくれるが、そもそも彼が王であった時代とは色々な前提が異なっているし、その上、彼はユニットの方針に口を出すような態度を敬遠している節があるので、首を横に振るしかない。
    「……でも、そうですね。きっとそれこそが不安なんです。『それでいい』も『それじゃ駄目だ』も、どちらも言っていただけないので」
     以前までは割と、パフォーマンスに関しては、お𠮟りを受けたりもしていたんですけどね、と司は苦笑する。それに奮い立つことこそあれ、まさか、むしろ叱責でも構わないからして欲しいだなんて、そんな風に思ってしまう未来は想像していなかった。
     その時、大きな声で名前を呼ばれたプロデューサーたる彼女は、はっと顔を上げて立ち上がる。ごめんね、と一言謝ってから、しっかり休んでね、と言葉を残して、彼女は申し訳なさそうに次の現場へと向かっていった。
     先ほどまで動いていた現場は、「専用衣装」を使用した司個人の撮影の仕事だった。撮影の終了後、そのまま簡易的な確認作業に入れば、花弁が舞う中で剣を構えて微笑む自分自身と目が合ったような感覚に陥る。周囲のスタッフからは概ね好評で、プロデューサーもイメージにぴったりだと微笑んでくれたが、鏡合わせのようなその瞳には、「ここが到達点なのか」と問いかけられるような心地にもなった。
    「王ではなく、王子のイメージで」とは、「専用衣装」の作成の際に、プロデューサーへ、司自らが課したリクエストだ。彼女はこの上ない仕事をしてくれたし、司自身も、身に纏う上で納得できる衣装であると今でも思っている。それでも、己がまだ途上なのだということも強く実感する。
     そうしてふと、あの人はこの姿をどんな風に評してくれるだろうか、と先ほど話題に上がった先代王のことを連想してしまった。
    「写真の仕事だろ? そういうのはおれじゃなくて、セナとかナルの方が詳しいんじゃないか?」「えっ、アドバイスが欲しいわけじゃない?」「ああ、スオ~に似合ってると思うぞ!」「――ところでこれ、どんなデザインモチーフなの?」
     ああ、こんなことを考えてしまうだなんて、本当に、疲れている。司が「妄想」を払い除けるように小さく頭を振っていると、撮影に随伴していたスタッフの一人から、遠慮がちに声が掛かった。どうやら、撮影の背景セットとして使われた白薔薇について、関係者で取り分けて持ち帰ることになったそうで、良ければ司にもどうか、という話のようだ。
     是非にと応じて手渡された小ぶりな花束は、普段からレオに贈っている一輪花とはまた異なった趣があって、こうした趣向も良いと思う。
     レオとは、空港で半ば告白のようなやり取りをして別れた後、目が回るような忙しさでまともに会えていなかった。あの人が話題に挙げた真っ赤な薔薇を束にして贈るのも良いのかもしれない。しかし、彼の想像が及ばないような方向から驚かせてみたい、という欲もある。手元の透き通る瑞々しい花弁に、そっと顔を寄せる。ええと、白い薔薇の花言葉は、確か――。





     その日、レオが白い花束を抱えている司に出会ったのは、単なる偶然に過ぎなかった。
     最近はKnightsとして全員が顔を合わせる機会がなかなか作れず、レオと泉はミーティングにリモート参加することも増えていた。五人でのライブも控える中で、次にメンバーが揃った状態で対面ミーティングができるのはいつになるのか目途も立っていない。そんな状況で、ふと日本に用事が出来たレオは、好機とばかりに単身で帰国したのだった。
    「スオ~ なんか久しぶりっ」
    「れ、レオさん⁉」
     ふと声を掛けた司の様子は、驚いたというよりも、ぎょっとする様な調子で、レオは少しだけ不思議に思った。しかし、前回の別れ際を思い出すと、気まずさのようなものがあるのかもしれないと勝手に納得する。
    「今ちょっと帰っててさ! まあ、またすぐ戻るんだけど!」
     挨拶もそこそこに、レオは反射的に手を伸ばす。瞬間、司の顔にさっと緊張が走ったのが分かって、レオは綺麗に首を傾げた。
    「ん? くれるんじゃないの?」
    「……ええと、ですね、これは、撮影の際に分けていただいたもので」
     言い訳をするような調子になってしまい、司は、何はなくとも後ろめたい気持ちを覚える。白い薔薇。この花でなければ渡せたのだろうか。
    「ふうん? そうなの?」
     一先ずは納得した様子のレオは、それでもなお食い下がった。
    「じゃあ一本だけ分けて! 最近なかなか使えてなくて、部屋の花瓶がたぶん寂しがってるから! ちょっとくらい良いだろ~?」
     屈託なく強請るレオに、複雑な思いが胸中を駆け巡る。
     そうして、何とはなしに、ジャッジメントの後に薔薇のコサージュを譲り受けた、あの瞬間が脳裏をよぎった。
     司が欲した輝かしいものが、レオにとってそうであるとは限らなかったように。レオが無邪気に欲したものが、司が彼に与えたいと思うものではなかった。そんなこともあるのだろう。
    「いえ、ええと、その」
    「王」ではなく「王子」として自己を定義したこと。「いつか」と先延ばしにした分だけ、「いつ」と思ってしまう自分もいる。そんな状態で、レオにこの薔薇を手渡すことは、これまで、司なりに意味を込めてしてきた贈り物を台無しにするような行為であるように思ってしまう。これが身勝手な気まずさであることは、司自身がよく理解していた。
    「……っ、これは私がいただいたものなので、駄目です!」
    「えっ」
     レオの瞳が丸く見開かれる。普段の目つきが鋭い分、こういった瞬間に特段の幼さを感じてしまうから不思議だ。そんな表情を裏切ることになってしまうのは、どうにも良心が痛んだ。
    「申し訳ありませんが、そんな顔をしてもですね」
    「一本くらい良いじゃん! スオ~のケチ!」
    「……はあっ⁉」
     貴方にふさわしいだなんて、胸を張るには足りない。
     静かに腕に収まる花束は、小さな諍いの起点となってなお、揺るぎなく美しい。





    「今度のライブでは、『怪盗』衣装を用いたパフォーマンスを取り入れることになりました。つきましては、あなたの衣装も新規で誂えることになります」「この件の連絡調整はこの先、凛月先輩にお任せしました」「確認事項がある場合は連絡がいくと思うので、くれぐれもちゃんと返信してくださいね」
     メール文面から何処となく感じる余所余所しさは、ここ数週間の司の様子を反映しているようだ。レオの勝手な思い込みかもしれないけれど。
     むむむ、とスマートフォンと睨み合うレオから一席分を空けたソファの隣で、泉は静かに雑誌をめくっている。
    「最近は無いんだねえ」
    「なにが?」
    「薔薇」
     彼の指摘の通り、定期的に為されていた薔薇の花の贈答はしばらく途絶えている。
    司からの贈り物は、受け取ったタイミングによってはフィレンツェの住居に持ち寄って飾ることもあったため、当然のように泉の知るところともなる。こうして直接、言葉にして指摘されるまでは、レオはそのことに気付かないふりをしていた。
     発端は恐らく、少し前に帰国した際のやり取りだ。やっと会えた司がいつもとは異なる花束を持っていたから、これこそが空港での会話の「答え合わせ」なのではないかとわくわくしながら声を掛けたのだ。結果として、それが良くなかったのだろう。
     企画したサプライズの計画倒れとかを気にしているような様子ではあったけれど、あんな風に突っぱねなくても良かったのではないだろうか。自分は他人のサプライズとかをうっかりポロッとばらしちゃいそうな癖に。むっつりとそんなことを思いながら、レオは埃を被っているだろう星奏館の一輪挿しに思いを馳せてしまう。
    「……まあ、忙しいみたいだし」
    「今まで何カ月もせっせと貢いでたのに?」
    「貢いでたとか言うな」
     ふてくされたような返しをしてしまうのは、単純にただ「忙しい」というだけで、司の贈り物が途絶えているわけでは無いことを理解しているからだ。そして、こんなにも面白くない心地に陥っているのは、単に「花を贈ってほしい」という理由からでは無く、レオにとってあの行為は、一つのコミュニケーションに他ならなかったからなのだろう。
    「まあ、あいつに限って愛想つかすとかは無いんじゃないの」
     知らないけどぉ、と続ける泉らしさはあるものの、彼からフォローが入ってしまった。逆に不安が募ってしまうというものだ。
    「あんたからも贈ってみたらいいじゃん」
    「花を?」
    「花を」
     そんな泉の提案を受けてよくよく考えてみれば、楽曲以外のものを他者に贈ることは、あまりしたことが無かったかもしれない、と思い当たる。
    「曲でお返し、って感じにしてるんだけど……」
    「それはあんたにとって呼吸するみたいなものでしょ。『価値』という点だけでなら、『返し過ぎ』とも言えるかもしれないけどさあ、そういうことじゃないんじゃないの」
    「……う、……だって、なんか……」
     わなわなと震えるような指先を持て余しつつ妄想する。あの律儀で誠実な後輩の姿を思い浮かべながら花を選ぶ自分、店員に花の種類とリボンの色を伝えて、そうして、出来上がった花束を手渡す、そんなレオ自身の姿。
    「……花に意味を込めて贈るってめちゃくちゃ恥ずかしくないか⁉」
    「だからするんでしょお」
     呆れながら常識でも説くような泉の言葉に、なるほど、とレオは素直に納得した。常ならぬことをするから意味がある。華やかな花々に乗せて表明したい気持ちが、感情ができた時、人はそれを贈るのだろう。きっと司だって。とはいえ、あの大人びた態度の後輩は、常々どんな感情の下でそれを為しているというのか。
    「ん?」
     軽快な通知音と共に、スマートフォンのロック画面に通知がポップアップされた。差出人として「リッツ」の文字が記されたかと思えば、画面に重なる様に次々と、チャット形式のメッセージ文が表示される。
    「おはよぉ、月ぴ~」「今度のライブの業務連絡だよ」「まず採寸の日程と~あと、コサージュの薔薇の色なんだけどさ」





     アンサンブルスクエアに設置された衣装ルームの広大さには、何度訪れても新鮮に圧倒されてしまう。大きなウォークインクローゼットのようなその場所には、ビルの本格的な始動からそれほど時間が経っていないはずなのに、夥しい量の衣装が収納されている。
     夢ノ咲学院で使用した衣装も幾らか移して保管しているのだと「プロデューサー」から聞いて、レオは宝探しのような感覚で巨大なクローゼットを散策していた。――『霊感』の赴くままに作曲に没頭し始めるまでの間は。
    「よぉ月永。お前さん、そんな風に床に丸まって作曲するのはやめろよ、探しちまったじゃねえか」
    「なんだなんだ、その『ただでさえ小さいんだから』とでも言いたげな口ぶりは ってクロ? なんでここに?」
     集中の糸が切れて、『霊感』の波から戻ってきた瞬間、そこに居たのは、かつてのクラスメイトで、臨時ユニットのメンバーでもあった紅郎だった。
    「何だ、これを探してたのか?」
     紅郎が指したのは今回の帰国の事の発端。純白のマントと同じく白を基調としたスーツに、華麗な金糸の意匠が施された怪盗衣装は、かつて夢ノ咲学院で怪盗と探偵をモチーフにRa*bitsと合同ライブを行った際に作成されたものだ。ただし、丁重にクローゼットに掛けられている衣装の数は四着のみ。レオは個人の用事によって当時のライブには不参加となっていて、だからこそ、今回こうして、他のメンバーに合わせて改めて衣装を作成してもらう必要があった。
    「おれ、これからここで採寸って聞いたけど、クロもここ使うの?」
     ダブルブッキングというやつだろうか、と首を傾げてみれば、何ということはなく、レオの採寸はプロデューサーから頼まれた紅郎が行うことになっているとのことだった。
    「まあ、ちょっとした頼まれごとだ。別に縫製まで行うわけじゃねぇし、一人分なら見知った顔がちゃっちゃとやっちまった方が早いだろ」
     凛月からの連絡によれば、今回の採寸は、一着分多く衣装を作るレオが先行する形でスケジュールを組んでいるらしい。
    「まあ確かに、初めましてのスタッフさんでいきなりおれが作曲とか始めたらびっくりさせちゃうかもしれないもんな!」
    「自覚はあるんだな……」
     呆れるように呟きながら、紅郎はテキパキと準備を始める。
    「ジャッジメントの衣装も改めて作ったって聞いたぜ」
    「ああ! あれか! なんかKnightsの皆でこっそり指定したみたいなんだけど、マントの裏地が赤くってびっくりしちゃった!」
    「サプライズだったのかよ、あれ。まあ、衣装が歯抜けになってるとまたぞろ面倒だ、なるべく皆で足並みを揃えろよ」
     お前さんの場合はちっと事情が複雑だったんだろうが、と紅郎は気遣うように付け加える。
    「ああ、分かってるよ、おれたちは五人でKnightsだ」
     まあ、今はちょっと「新入り」がたくさん居るらしいけれど、それはそれだ。あまり関われていない新入生のメンバーを想起しながら、上着を脱いでハンガーに掛けるレオを見て、お前も変わったな、と紅郎はしみじみと呟いた。
    「でもさ、新しく作ってもらったジャッジメント衣装も気に入ってるけど、あの時のナイトキラーズ衣装も本当に最高だったな!」
    「そりゃあそうだろうよ。裸の王さまに『馬鹿には見えない服』を着せたら、本当に悪徳の仕立て屋だ」
    「うん……」
     紅郎の話を発端に、少しだけ、あの奇跡みたいなステージを想う。
    「あれは、おまえの作ったものに対しても失礼な言動だった」
    「裸の王さま」だなんて、そんな自虐に人を巻き込んでしまった。
    「……本当に変わったよ、お前」
     シュッと手際よくメジャーを巻き取る音が聞こえて、鏡の前へと誘導される。その場を離れる直前に、最後にもう一度ちらりと見やった衣装は、マントとスーツ、そしてパンツのみで、シルクハットとコサージュは別所で保管しているのだろうとレオは思う。
     Knightsのメンバーは、それぞれが自身のコサージュの色を選んだのだと聞いたし、司が選んだ「青」はレオが渡したジャッジメントのコサージュを転用しているのだということも聞いた。そして、レオも選ばなければならない。己の、左の胸に掲げる欲の色を。
    「そういえばさ、クロ。ちょっと聞きたいことがあったんだった」
    「ん? なんだよ」
    「白い薔薇の花言葉って知ってる?」
    「白い薔薇?」
    「そう、スオ~がくれなくてさ」
     前にクロから聞いた気がしたけど、忘れちゃったんだよな~と笑えば、呆れたようにじとりとした視線を向けられる。
    「ああ? 後輩に花をたかってんのか? ……確か意味は『純粋』とか『純潔』……あとはそうだな、『私はあなたにふさわしい』。こんな所か? ……おい、月永?」
    「それを躊躇ったのかあいつ」
    「あ?」
     思わず、といった調子で飛び出た紅郎の威圧的な声に対して、特に気にする様子もなくレオは自身の思考に沈んでいる。
    「うーーーん本当におもしろいというか……可愛いやつ」
     紅郎はそっとその表情を覗き込めば、いつものように『霊感』と叫んで没頭するような調子とは異なり、レオは穏やかな微笑みをたたえていた。
    「……月永、お前よぉ、……いや、野暮か?」
    「ん? なんだ?」
    「何でもねえよ。ほら、測っちまうぞ」





     芸能の世界において、「忙しい」ということは望ましいことなのだろうが、それでも、ユニット全体が軌道に乗り始めた頃合いのライブの直前ともなると、詰まるスケジュールに恨めしさを感じてしまうほどに、司は多忙を極めていた。
     レギュラー番組への出演などといった定期的な仕事に加えて、ライブのレッスンや演目の確認に否応でも時間が割かれる上、更に実家の事業も繁忙期を迎えており、まさに忙殺という表現がふさわしい立て込み方だった。そうした中でユニットリーダーに向けた確認メールを見逃しかけて、肝を冷やしたことは記憶に新しい。
     そんな時期において、レオとの気まずさも気にしている余裕などあったものではなくて、日々を必死で熟していく中で、気付けばライブの当日を迎えていた。
    「スオ~」
     会場入りが早かった順に衣装の装着とヘアメイクが施され、楽屋で個人的に本日の流れを確認していた折、ふとやってきたレオに手を引かれた。
     揃いの衣装のマントを揺らして先を歩くレオは珍しく静かで、用事について問い詰めるような気持ちも湧かず、司はその背中を追う。
     怪盗衣装の披露楽曲である「Knights the Phantom Thief」は、セットリストの一曲目に当たっていて、スモークの中からサーチライトに見立てたスポットライトに照らされ、五人の怪盗が登場する運びとなっていた。
     白を基調とした怪盗衣装は、舞台裏の暗がりの中でも大層目立っていて、こんな扮装で盗みを行うだなんて現実的ではないだろうに、と明後日の方向に思考を飛ばしてしまう。
    「スオ~に見てもらいたいものがあって」とは、レオが司を連れ出す際の言葉だったが、流石に何処まで行くつもりなのか声を掛けようかと思ったところで、観客席を臨む舞台袖に行き当たった。設営は既に済んでいるからか、周囲にスタッフの姿も無い。観客の会場入りまではまだ少しだけ時間があって、数十分後には全てが人で埋まるだろう観客席と、それに相対するためのステージの境界に差し掛かったところで、レオは真っ白なマントを翻して司に向き直った。
    「……レオさん、……あの……?」
    「ってわけで、見て! 胸元!」
     正面のレオは、舞台袖の薄闇の中で輝かんばかりの笑みを浮かべ、腰に手を当て胸元を誇示する。先日行われた通しのリハーサルの際には、その胸元には何も無かったように記憶していた。確か、マント留めのコサージュのみ手配が間に合わなかった、と。
     果たして、司が視線を落としたその先には、真っ白な薔薇が飾られていた。
    「……白、ですか」
     目にして素直に、少しだけ意外に思う。そうして、どうあっても先日の出来事を想起せずにはいられなかった。花言葉は、「純粋」、「純潔」そして――。
    「そ、白にした!」
     幼気に笑うその人は、人の機微に疎いわけではない。きっと、司自身の勝手な後ろめたさに気が付いたのだろうと思うと、ばつが悪い気持ちにもなってしまう。
    「……何か、理由が?」
    「まあ……、……その、一つのリクエストと言うか」
     リクエスト。その単語はもとより、思わぬ口ごもり方に、おや、と司は視線を上げる。
    深くまで落ちていきそうなペリドットの瞳は、普段と同じように意志の強さをたたえながらもゆらゆらと揺れていて、常ならぬアンバランスな様子に気を惹かれた。
    「これ、実は生花なんだ」
    「えっ」
    「明日以降は、造花で作ってもらったやつを使う」
    「ど、どうしてそのような……?」
    「今日が終わった後に、おまえに贈ろうと思って?」
     混乱した様子の司に、レオは少しだけ胸がすくような思いだった。いつかのジャッジメントの舞台袖を思い返しながら、覗き込むように視線を合わせる。
    「これがおれの欲だよ」
     そうしてレオは、近い位置から、司の瞳が大きく見開かれる瞬間を目にした。
    「こんな風に、おまえに贈るような心意気で、この薔薇を胸に掲げられるようになったよ、朱桜司」
     挑むように――それでも、ジャッジメントの際の自暴自棄とも異なる感覚で、レオは真っ直ぐに司を見据える。
    「おれは、今のおれに胸を張っておまえと向き合うことができる。それっておまえのおかげだ」
     未だに、花を贈ることにも、己をそんな風に肯定することにも、気恥ずかしさや後ろめたさが全く無いわけではない。それはどうしようもなく、レオが正直に思うところだ。それでも、後ろ向きな感情をどうにか振り切って、こうしてまっすぐに立つことができるようになったのは、司が今日までずっと贈り続け、そうして、レオが憎からず受け取ってきたもののおかげであると思うから。
    「だから、おまえはそのことに胸を張ってよ」
    「……レオさん」
     司は、見開いた目元を次の瞬間くしゃりと強張らせ、涙を堪えるようなその様子をレオは静かに見守る。
    「というか、スオ~が何かに『ふさわしくない』時なんて無いだろ!」
    「……卑下では無かったんですよ、本当に。……それでも」
     納得するには足りなかったんです、と。少しばかり目を赤くしながらも、レオをしかと見つめ返して、そんなことを言う。
    「あなたからいただいた王冠を、この上なく誇らしく思っているのに、頭上に高らかに掲げることには、まだ躊躇いがあるんです。……客観的に見て、どうしても未熟な部分があることは、理解していますから」
     司は、ステージの端から暗い観客席を見やる。
    「この後のliveでは、solo曲の披露があります。その時に、私たちはそれぞれの『専用衣装』を身に纏いますね。レオさんがご存じかは分かりませんが、私の『専用衣装』のmotifは『王』ではなく『王子』なのです。……それが、今の私にふさわしいと思ったので」
     静かに続く言葉を、レオもやはり、静かに待っている。
    「でも、それについて、あなたにどう見られるのか、ということを考えると、どうしても……少しだけ、こわかったんだと思います。先日渡せなかった花束は、特に件の『専用衣装』のお仕事でいただいたものでしたし」
    「……そっか」
     司はその時のやり取りを振り返って謝ってくれたけれど、レオにも多少無神経な部分があったことを内省する。
    「おまえが思って、考えたこと全てに意味があるんだ。スオ~自身が、まだ王冠を掲げるには実力が足りないと感じていたとして、『王冠を誇示しろ』、なんておれは言わない。まして、それでおまえに足りない部分があるなんて思わないよ」
     レオは、自分の頭上にいつの間にか載っていた王冠に、大層振り回されていた。
    それが作曲の才能と組み合わさって、制御ができない機構になり果ててしまっていたことを、今になって実感している。司だって、朱桜家の当主という一つの権力を持っているのだから、そうした態度は賢明だとすら思う。
    「それに、おまえが選んだ在り方を、おれの存在や楽曲によって曲げるなんてことはして欲しくはない。だってそれは、おれが一番恐れていることでもあるから。おれが何と言おうと、言わまいと、選んだ在り方を決して曲げないおまえが好きなんだ」
     他者の方向性を自身の作品の中に閉じ込めてしまうような悔恨を思いながら、それでも、司がそうはなり得ないことを、レオは感覚的に分かっていた。育ちも聞き分けも良さそうに見える二つ歳下のこの男は、いつだってレオの「妄想」の範疇に収まってはくれない。
     だからこそなのだろう、とレオは思う。だからこそ、レオは司に王冠を手渡したし、今もこうして、自身の欲を象った薔薇を手渡したいと思っている。
    「おまえが受け取って大事にしていてくれるなら、おれは本当に、それだけで嬉しい」
     司の胸に咲いている青の造花を、レオは愛おしむように撫ぜる。
    「この、青いコサージュみたいに」
     瞬間。司は、ジャッジメントのあの日、自身の手の中に落ちてきた青い薔薇が、――その意味を覆したくて掲げた青い薔薇が、――レオを請うて贈り続けた青い薔薇が、巡り巡ってまた掌に返ってきたような、不思議な感覚を覚えた。
     手渡した薔薇があり、手渡された薔薇があったこと。それは本当に奇跡のような符合で、司は大声を上げたいような衝動を逃がすように、白いマントを固く握った。
    「……また、薔薇を贈っても?」
    「おれはずっと、次は何色なのかなって待ってたんだけど?」
     そっとレオの胸元の薔薇に触れると、少しだけくすぐったそうに彼は微笑むから、思わずその頬に手を伸ばす。
     そうして、胸に灯った欲のまま――彼に請われたようにきっと、白い薔薇の花束を贈るのだろう。



    【終】










    >>あとがき

    以下、完成……完成した……という気持ちのままのあとがきと言い訳になります。読まなくても大丈夫です。
    時系列パズルを頑張ろうとしましたが、イベントとの相関はほどほどに見て欲しいです。ネクドア以降が大変ふんわりしてます。この一冊における時系列は「左→続」で「秘する」が「左」の前日譚かつ裏側です。分かりにくいね。
    書いてる人間は物凄く粗忽者なので、原作ストーリーの事実誤認や一人称の間違い、目立つ誤字等あったら何からのツールからこっそり教えて貰えると大変助かります……!
    「左の胸~」は、第一回司レオウェブオンリーの際に公開していて、そちらを微修正しています。最後の台詞が蛇足ではないか、とか、ジャッジメント後はロビンフッドまで会ってないのでは、とか色々ぐるぐる考えながら楽しさを優先させた形です。オンリー展示物だったこともあり、感想等いただけて本当に嬉しかったし、頑張って続き書こうという気持ちになれました。
    「秘する花~」は花に秘した思いに司くん自らが気付くことと、本来の意味らしい世阿弥の「風姿花伝」の文言のダブルミーニングをしようとしたけれど何だかふんわりしてしまった感じのそんなタイトルでした。「風姿花伝」は「現代にも通ずるような芸能マーケティングの書」との紹介を見て、司くん読んでてほしい~~~というか読んでそう~~~と思い、なんとか要素を入れたくて試行錯誤してました。そんな訳で「100分で名著」の「風姿花伝」テキストが参考文献です。このテキストシリーズはとても読みやすくて助かってます。
    「続」は最後の方向性がサドンデスを読んでやっと決まりました。レオくんをステージに繋ぎとめた司くん、司くんをステージに連れ出したレオくん、すごい。相互作用と共鳴みたいなこの関係性を今後もずっと見ていきたいな、あわよくばまたこんな風にどうにかまとめたいなという感じで長くなりましたがあとがき締め! 司くんセンターのMVをずっと楽しみにしてます。
    長々と読んでいただきありがとうございました!

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