休息日の暴君:司レオ 異国じみた街並みの中で、レオは思うさまごねていた。
「か~え~る~な~~~!」
なぜか目の端に靄がかかっているような不思議な覚束なさがあるけれど、今はそれを気にかけている場合ではない。目の前の人物を引き止めることに全力を注ぐ必要があるからだ。
かくして、レオに服の裾を力いっぱい握りしめられた司は、困ったように眉尻を下げる。
「今日一日を共にゆっくり過ごしたではありませんか。私の国ではかなり、その……ともすれば糾弾され兼ねない時間の過ごし方でしたが……」
「おれの国ではこんなの『休息』の内に入らないぞ!」
高音がキンと辺りに響く。司は反響する声をどうにか受け流しながら、強い力で裾を引く手を宥めるようにして自身のそれをそっと重ねた。
「そんなに握りしめては、手を痛めてしまいますよ?」
「う……」
切なげに見つめる視線は、この別離が本意ではないことを訴えかけてくる。絆されるように力を緩めと、そのまま正面から手を握り直された。
「レオさん、あなたは『休息の国』の王さま。それは変え難い事実です」
「うん。終身名誉国王」
今日はその頭上に王冠はないけれど。なんと言ってもお忍びなのだ。
「……スオ~、おまえは『労働の国』の貴族」
倣って再確認するように呟くと、司はゆっくりと頷く。
「ええ。労働によって我が一族が築いてきたものを誇りに思っています」
互いが相容れない立場にあることを、司は言外に示しているのだろう。
それでも、二人は惹かれ合ってしまったのだ。
「分かってるけど、分かってるけど~~~! 今日みたいに遊びに来るだけじゃなくて、もっとこっちの国に居たっていいだろ〜⁉︎ おまえだって『ちょっと休んだ方が労働の効率が上がるのかも』って言ってたし!」
レオにはやはり耐えられない。会えない期間が続くことにも、会うたびに疲弊の色が残る恋人の姿にも。
レオの主張に、司としても思うところがあったのだろう。考え込むように、顎に手を添えて視線を伏せる。
「そう、ですね。では、例えばですが、週二日程度であれば、あなたの国で過ごすことも考えてみても……」
「もう一声! 週三日‼︎」
「水掛け論ではないですか!」
もう、と司は食い下がるレオに溜息をひとつ零した。司だって、今の状態で満足している訳では決して無いのだ。
「……あなたは音楽を作り、奏でて、国民を楽しませる。それは、ある意味では『労働』であると言えます」
「……つまり⁇」
納得がいかない、という渋面を意識して作りながらも、レオは先を促す。
「つまり、今は相入れない立場の私達ですが、労働と休息が分かち難いものであることが周知されれば、そのうち一緒に暮らしたりできるようになるかもしれません。そうした未来を作るために、私は働いているのですよ」
「スオ〜……」
往来で手をしかと握ったまま、熱く見つめ合う。
「……ハッ、良い感じに言ってるけど騙されないぞ⁈ そうは言ってもおまえ、漫然とやってる持ち帰り労働とかはやめない気だろ! 禁止禁止禁止禁止〜〜〜!」
♪
ヴー、と短く響いたバイブ音によって、ふと意識が浮上する。自然と開いた瞳は、カーテンの隙間から漏れ出る光に反応して、じん、と鈍く痛んだ。
視界の大部分を占めるオレンジ色は、足を絡ませて眠っているレオの髪の色だ。他者と分け合うぬくもりの中で目覚めることにも流石に慣れた。それでも、込み上げてくる多幸感には毎度新鮮さを感じて不思議だ。
先に聞いた音は「ホールハンズ」のメッセージ着信音のようだった。スマートフォンが置いてあるサイドチェストには、今のままでは若干手が届かない。片足を掛け布団から引き抜き、身体を起こそうとしたところで、動きを妨げるようにレオの頭が動いた。
「んんんスオ〜……待って、駄目」
もぞりもぞりと目を瞑ったままで周囲を手で探るレオの様子は、すっきりと目覚める印象が強い普段とは異なっていて意外に思う。
そういえば、と昨晩の記憶を辿れば、司が眠りにつく直前においても、レオは作曲に熱中していたようだった。もしかしたら、実際に就寝したのはかなり遅い時間帯だったのかもしれない。
「レオさん、あなたはまだ寝ていて大丈夫ですよ。私は少し端末の確認を――」
「や」
ただ一言の発話で拒否の意が示されて、思うより強い力で腕を引かれてベッドに引き戻された。
「ん〜〜、おやすみの日に意味なく早く起きるのはおれの国では禁止〜」
「国……?」
夢を見ているのか、レオはむにゃむにゃと呟きながら、力強く司の寝間着の裾を握っている。
「その、今のメッセージが誰からだったかだけ確認しても……」
「だめ」
にべもないとはこのことだった。
「なんかあったとして、後から『寝てました』って言えばいいだろ〜『王さま』のいうことは絶対〜〜〜」
そうして発せられたその文句は、何だか久しぶりに聞いた気がした。
「おや。王冠は私に下さったのでは?」
「ちがう。おれは『休息の国』の王さまで、スオ〜は『労働の国』の貴族……」
「はあ。ロミオとジュリエットのようですね……?」
瞼が閉ざされたままそんな風に呟くところを見るに、何やら珍しい寝ぼけ方をしているようだ。
そうして、なかなか目的が果たされないことに焦れたのか、愚図るように舌足らずに言い放つことには。
「仕事の方が大事なのか? おれのこと愛してないのっ」
「愛しているに決まってるでしょう」
もう、と司は憤慨して、レオの方へ身体の正面を向ける。
「そんな言い方をなさらなくても、私はあなたの望みを叶えて差し上げますよ」
本来、就業時間外のメッセージは積極的に確認を行うべきではないのだろうし、何よりも、そんなことで自身の気持ちを疑われては堪らない。
司の言葉を聞いているのかいないのか、レオは定位置のように司の胸元に潜り込んだかと思うと、鼻先を擦るようにして、ふふ、と満足げに笑う。そのまますぐに、規則的な寝息が聞こえてきた。
普段より割り増しで「甘えた」の恋人は、胸に沁み入るように愛らしい。仮に、メッセージを確認しなかったことによって何か問題が生じたとして、相殺どころかお釣りが来るくらいだろう。
司は羽毛の掛け布団を引き寄せてから、レオの身体に自身の腕を回す。ぎゅうと思うさま抱きしめて、そのまま意識を溶かしていった。
【終】
眩惑モジュレーション、ありがとう