犬も食わない その1ダミアン・デズモンドはアーニャ・フォージャーに意地悪だ。いつまで経っても顔を見れば悪態をつかれ揶揄われる。年頃になり、他の女の子達には紳士な一面も見せるようになったというのに、アーニャの事は揶揄ってばかりである。特に学年が上がるにつれ、それは顕著になった。
「おい、ちんちくりん。邪魔なんだよ。そこをどけよ。」
今だって同じ委員会の男子と話していると、わざわざ側までやって来てこんな事を言いだす始末だ。不機嫌な表情を隠しもせず、横柄な態度でアーニャに噛み付いてくるのだ。そのせいで一部の女子達……主にダミアンのファンである女の子達に、フォージャーさんはダミアン君に嫌われてるのよ、庶民だからね、と嘲笑を向けられている事をアーニャは知っている。オペレーション梟が完遂された後なので、別にダミアンに嫌われたところで痛くも痒くもない。……そうは思っても、理由はどうであれ悪意をぶつけられるのは不愉快だ。以前はトモダチだと言ってくれた時もあったのに。アーニャは唇を尖らせると、ダミアンから顔を背けた。
「教室の隅だし、別に邪魔になんかなってない。」
「ああ?邪魔だし目障りなんだよ。何だよお前も。ここはお前のクラスじゃねぇだろう。いつまでいるんだよ。」
アーニャと喋っていた男子にまで悪態をつく。彼は委員会の予定を教えに来てくれただけだというのに、アーニャと喋っていただけで誰もが恐るデズモンド家の次男坊に睨まれては気の毒だ。良い加減にして欲しい。案の定、ダミアンに睨まれたボブは青褪めてしまった。アーニャは溜息をつくとボブの手を取った。
「ア、アーニャちゃん?」
ダミアンの顔が更に険しくなる。
「あっそ。じゃあここから出て行くね。行こう、ボブ。」
「えっ、アーニャちゃん?」
「おい、待てフォージャー!待てって!どこ行くんだちんちくりん!」
ボブの手を引き教室を出て行くアーニャの背中に、ダミアンの声が投げ付けられた。
「ほんっと、あいつってば意地悪だよね!」
「デズモンド君の事そんな風に言えるのはアーニャちゃんだけだよ。」
教室を飛び出し、階段の踊り場までやって来た。放課後の校舎は人の気配も落ち着いている。開け放たれた窓からはグラウンドで部活をする生徒達の喧騒が聞こえてくる。
「あいつはアーニャの事嫌ってるから。アーニャだってあいつの事大っ嫌い。」
窓枠に肘を置き、つんとして答えると、ボブが躊躇いがちに微笑んだ。
「アーニャちゃんはデズモンド君と仲が良いから、彼の事好きなんだと思ってたよ。」
「げーっ、冗談でもやめて!仲なんて良くないし、ほんっとーに嫌いだから!」
べーっと舌を出す。……本当は、嘘だ。嫌いなんかじゃない。父の任務の手伝いになればと幼い頃からダミアンの一挙一動を見てきたからわかっているのだ。彼が努力家で、誠実で、正義感が強く、本当は淋しがりやで優しいという事を。アーニャの事が気になるのに、どうすれば良いのかわからなくて、つい意地悪をしてしまう事も。わかってはいるけど、それでも悪態をつかれると心が傷付けられる。好意があるなら歩み寄る努力をしてくれれば良いのに。他の女の子達に紳士的に接するように、アーニャだってレディ扱いして貰いたい。そしたらアーニャだって……。アーニャだってお年頃の女の子なのだ。
「じ、じゃあ、ボクが君に交際を申し込んでも良いのかな。」
「えっ。」
「その、アーニャちゃんといるととても楽しいから……」
突然のボブの告白に、アーニャは目を丸くした。まさか今ここでそんな事を言われるとは。……ボブの気持ちは何となく気付いていた。寄せられる好意の意味に。心の声が聞こえてしまうアーニャにはわかってしまうのだ。だけど、敢えて知らないフリをしていた。ボブは赤い顔をして恥ずかしそうに視線を落としている。勇気を出してくれたのだ。その勇気に応えなければ。だけど何て応えれば……。
「断れ、フォージャー。」
突然、階段上からダミアンの声が聞こえた。
「えっ?」
振り仰ぐと険しい顔をしたダミアンが立っている。
「断るよな?」
ダミアンは階段を降りてくると、アーニャを挟んでボブと対峙した。
「お前は断れないだろうからオレが断ってやる。おい、そこのお前。こいつは万年赤点ギリギリ女だから男女交際なんかに現を抜かしてる余裕はねぇんだよ。それよりもお前、ボブって言ったか?女を見る目ねぇな。こんなちんちくりんな女に交際を申し込むなんて。このイーデンにはこいつなんかより家柄も育ちも頭も良い女は山程いるぞ。そっちを当たれよ。」
頭上から散々な言葉が降って来た。
「ちょっと!何勝手な事……!」
「ブスは黙ってろ!」
間髪入れずに怒鳴られ、カッとなったアーニャは険しい顔でダミアンを見上げた。
「アーニャ、ブスじゃない!」
「そ、そうだよデズモンド君。アーニャちゃんは、か、かわ、可愛いよ。」
ボブが及び腰ながら頬を染め、ダミアンに言い返してくれた。その事に少なからず感動する。ダミアンの舌打ちが聞こえた。面白くない、という心の声まで聞こえてくる。
「決めた!ボブ、アーニャと付き合お!」
考えるより先にアーニャの口から言葉が飛び出した。
「えっ?!本当?アーニャちゃん。」
ボブが明るい声を上げる。だが、喜ぶ自分とは真逆に、ダミアンの顔色が一気に青褪めるのをボブは見た。
「なっ、駄目だ!本気にするなよ、ボブ!」
「じなんには関係ない!」
「関係ない事ない!お前が他の男と付き合うなんて絶対認めねぇから!」
「何で?何でじなんに認めて貰わないといけない?」
「それは……」
ダミアンは言い澱んだ。この場合何と答えれば良いのだ。
(お前が好きだからだよ!)
心の大声が聞こえ、アーニャは目を瞠った。ダミアンは苦悶の表情を浮かべている。心の声でもここまではっきり聞こえたのは初めてだった。
「……とにかく、お前にはまだ早い。」
ダミアンはそう言うと、アーニャから視線を背けた。顔を俯けて上目でボブを睨み付ける。
「ボブ、こいつと付き合うって言うならオレにだって考えがあるぞ。」
「えっ?!」
「やめておく、よな?」
ダミアンは薄らと笑みを浮かべた。今度はボブが青褪めた。デズモンドの家の者に睨まれては、このオスタニアでは生きて行けない。そうウワサで聞いたことがある。アーニャはぽかんと口を開けた。あまりにも横暴な権力の使い方に呆れてしまう。素直になれない自分を棚に上げて、何様のつもりなのか。
「とにかくこんな馬鹿な女はやめておけ。いいな?」
アーニャは顔を顰めると、ダミアンの胸を思い切り突き飛ばした。色んな感情が入り混じり、悔しくて涙が滲んでしまう。ダミアンが驚いた顔でアーニャを見下ろした。
「横暴!暴君!くそぐりほんやろう!ごめんね、ボブ。アーニャと付き合うとこのクソ野郎がボブにまで嫌がらせするかもだから、やっぱり付き合うのはナシ。じゃあ、アーニャ帰るから。」
言い捨てて、アーニャはその場を逃げ出した。腹が立って歩き方が乱暴になる。女らしくない、品がないとダミアンに笑われたって知るものか。だがダミアンが笑う気配はなかったし、追いかけて来る気配もなかった。それはそれで腹が立つ。
「………………クソ野郎。」
アーニャは目元を乱暴に拭いながら、階段を駆け上った。
ダミアンは立ち去るアーニャの背中を見送った。何も言えない自分の不甲斐無さに腹が立つ。だけど自分はアーニャに好かれていないとわかっている。不器用なダミアンは好きな女の子相手にどうすれば良いのかわからなかった。こうでもしなければ、アーニャはこの男の物になっていたかもしれない。それは絶対に認められなかった。
「デ、デズモンド君もアーニャちゃんの事、好きなんだね。」
不意にかけられた言葉に、ハッと我に返る。
「ああっ?!」
不機嫌なヘーゼルに見下ろされ、ボブは悲鳴を上げて青褪めた。
「で、でも、好きな女の子には優しくしてあげた方が良いと思うけど。ああ見えてアーニャちゃんを好きっていう男はたくさんいるし、ボ、ボクだってアーニャちゃんの事、好きなんだよ。」
ボブの言葉が容赦なくダミアンの心を刺した。刺された場所から血が流れ出る。ダミアンは絶対零度の眼差しでボブを見下ろした。
「てめー、喧嘩売ってるのか?オレの言った事もう忘れたのかよ。」
「わ、忘れてないよ!」
あわあわと慌てるボブに舌打ちし、ダミアンは彼に背を向けた。イライラしながら階段を上る。
「ア、アーニャちゃんを傷付けないであげてよ。」
背中に投げかけられた言葉に再度舌打ちし、ダミアンはその場を後にした。
(そんな事はお前なんかに言われなくてもわかってんだよ。……だけどどうすればいいんだ。)
思春期を拗らせた男は自分でもどうすれば良いのかわからなかった。
あの日から、ダミアンとアーニャの仲はギクシャクしたものになった。アーニャが徹底的にダミアンを避けるようになったからだ。ダミアンが何かを言っても無視である。ベッキーは「ついに怒らせたのね。あんたもバカね。」と言って呆れた顔でダミアンを見た。ぐうの音も出ない。
避けられ続けて一週間程経過した頃、歴史の小テストでアーニャは散々な点数を取り、再試となった。いつもなら何だかんだと言って泣きついて来るのだが、今回はそれもない。放課後になると、ダミアンはアーニャの元へ行った。
「おい、ちんちくりん。このクラスでお前だけだぞ、今回の追試。どうしてもって言うならオレが勉強教えてやってもいいけど……」
不器用なダミアンの精一杯の歩み寄りだった。だがアーニャはダミアンを見向きもしなかった。
「ベッキー!」
取り分け大きな声でベッキーに話しかける。
「アーニャ再試の勉強して帰るね。あ!そう言えば五組のライアス君が歴史得意って言ってたかも!教えてってお願いしてみようかな?」
ベッキーはちらりとダミアンを見た。あんぐりと口を開けているダミアンを視認して、直ぐにアーニャに視線を戻しにこりと笑う。
「そうね、それもいいかもね。」
……ベッキーは煮え切らないダミアンに苛立っていた。大好きなくせに素直になれず親友を傷付けるばかりの男にお灸を据えてやりたかったのだ。ちなみにライアスも密かにアーニャに想いを寄せている事をベッキーは知っていた。最近何かとアーニャに話しかけて来る男子のうちの一人だったからだ。
「バイバイ、アーニャちゃん。また明日ね!」
「ばいばい、ベッキー。」
アーニャはそう言って、教室を出て行ってしまった。ダミアンはそれを苦々しい思いで見つめた。舌打ちして、追いかけようとした腕を誰かに掴まれ引き止められた。振り返るとクラスの女子達が数人立っている。
「ダミアン君、勉強ならフォージャーさんなんかじゃなくて私達としない?歴史、得意だよね?教えてくれるかなぁ?」
可愛い女の子達だが僅かに棘のある言葉を吐いた。その棘はちくりとダミアンの中のアーニャを刺した。微かな苛立ちが生まれる。だが、小さく溜息をつき苛立ちを抑え込んだ。これも感情をコントロールする練習だ。いずれ政治を志す身、感情のコントロールは重要だった。ただし、アーニャに関する事にだけ、全く役に立っていないのだが。
「お前達はあいつと違ってオレが教えなくても大丈夫だろ。」
そう言って、教室を出る。出た途端、ダッシュでアーニャを追いかけた。真っ先に五組に顔を出し、ライアスを呼び出すが、今日はもう帰ったとの事だった。ホッとしつつも直ぐ走り出す。広大なイーデンの中、図書館も自習室もたくさんある。片っ端から探して歩くが、アーニャの姿はなかなか見つからない。
「あの女、どこ行った。」
他の男と勉強するとなったら大変だ。そんな事は許せない。
(どこにいるんだ、あいつ。)
最後に辿り着いた図書館の自習室で、探し人の姿を発見した。何とアーニャは開いた教科書に突っ伏していた。ダミアンは具合でも悪いのかと慌てた。
「おい、ちんちくりん。」
小声で呼びかけながら近付く。だが近付いてみて、アーニャが眠っている事に気が付いた。
「嘘だろ……こんな所で?」
何て不用心な。今ここには誰もいないが、変な男に見つかって何かされたらどうするつもりなのだ。年頃の男子は飢えたオオカミばかりだというのに知らないのか。ダミアンは皇帝の学徒のマントを脱ぎ、アーニャの肩にかけてやった。ホッと安堵の息を漏らす。無防備な寝顔が可愛くて、つい口元が綻んでしまう。
(こんな所に寝ている女を放置しておくわけにもいかない。そう、これは仕方ないんだ。オレがここにいるのはコイツのためでもあるんだ……。)
そう自分に言い訳をしながら、ダミアンはアーニャの隣に腰掛けた。自分の隣で好きな女の子が寝ている。それだけでこんなに心臓が痛くなるとは。授業中寝ている後ろ姿は何度も見ているというのに、直ぐ隣で寝ているというだけで、こんなに胸が苦しくなるのはどういう事か。頬を撫でたい、髪に触れたいと思うこの抑え難い衝動は一体どうすれば良いのだ。
(ああ……)
ダミアンは切なさに目を細めた。アーニャと同じように机に突っ伏し、アーニャと目線を合わせてみる。伏せられたエメラルドの瞳を恋しく思ったが、きっと目を開けたら逃げられてしまう。ならばしばらくこのままで居させてほしい……。
「……お前をオレだけのものにするには、どうすればいい……?」
ダミアンは込み上げる愛しさを抑えきれず囁いた。だけどこの言葉は眠るアーニャには届かないだろう。
(ど、どうしよ……)
アーニャは焦っていた。勉強するつもりでやって来た自習室。暖房の暖かさにうとうとしていたら、やって来る人の気配がした。
(どこにいるんだ、あいつ。)
ダミアンだ。アーニャは慌てて教科書の上に突っ伏した。寝ているフリをしたのだ。
「おい、ちんちくりん。」
ダミアンが声を掛けた。どうやらアーニャが具合が悪くなったのかと慌てているらしい。違う、ごめん。お前と顔合わせ辛いだけ。だから早く何処かへ行ってくれ……。そう思っていると、「嘘だろ……こんな所で?」という呆れたような声が聞こえた。悪かったな、と内心ムッとした。
(こちとらお貴族様と違って何処でも寝れてしまう野良猫なんですよ。)
そんな事を思っていると、ふと衣擦れの音が聞こえ、肩に柔らかな熱が伝った。ダミアンが着ていたマントをかけてくれたのだ。それを理解した途端、恥ずかしさと嬉しさと形容し難い胸のくすぐったさが込み上げた。マントからはダミアンが使っているであろう石鹸の匂いがした。いつまでも包まれていたいと感じてしまうとても良い匂いだ。アーニャの胸は高鳴った。こういう所はやはり優しいのだ。ダミアンの心がアーニャに触れたいと言っている。あの大きな手に触れられたらどうなってしまうのだろう。急激にダミアンに異性を感じてしまい、顔が熱くなる。起きてるって気付かれたらどうしよう。
「お前をオレだけのものにするには、どうすればいい……?」
熱っぽい囁きが鼓膜をくすぐった。これには心臓を鷲掴みにされた。こんな、こんな熱烈な言葉、今まで誰からも貰った事はないのだ。そんな事を言われたらアーニャはどうすれば良いのだ。どうすれば。教えてベッキー。お願いだから。……ところでこいつどんな顔でこんな事言ってるんだ。気になる。無性に気になる。でも目を開けたら狸寝入りしていた事がバレてしまう。そしたらまた言い争いが始まるの?そんなのは嫌だ。でも気になる。ダメ。気になる。ダメ。気になる。絶対に目を開けたらダメ……!
……結局アーニャは好奇心に負けた。
突然、アーニャが目を開けた。
「えっ?」
大きな瞳がダミアンを見つめている。驚き過ぎたダミアンは声が出なかった。
「ねぇ、」
アーニャの声を聞いた途端、派手な音を立てダミアンは椅子から転げ落ちた。
(しまった、カッコ悪い……)
顔が熱い。熱すぎる。何とか体を起こし、手で顔を覆う。どんな顔をしてアーニャを見れば良いのかわからない。こんな筈じゃなかったのに。こんな所で無防備に寝てるなんて、これだから庶民は……そんな事を言っていつも通り揶揄うつもりだったのに。ここから一体どうすれば良いんだ。
「お、おま、お前、起きてたのかよ。」
「うん。」
アーニャは立ち上がり、倒れた椅子を脇に退けた。未だ床にへたり込んでいるダミアンの足の間に座り込み、首を傾げて彼の顔を覗き込んだ。
「な、何だよ。」
「さっきの言葉、もう一回言って?」
ダミアンの額から汗が滲み出た。その真っ赤になった顔が可愛い……とアーニャは思ってしまった。ダミアンをこんな状態に追い込んでいるのは紛れもなくアーニャなのだ。それが嬉しいと感じてしまった。だが。
「さ、さっきの言葉って?」
この期に及んでダミアンはシラを切り通そうとしている。アーニャはムッと顔を顰めた。
「言ってくれないならもう絶交だ。二度とじなんとは喋らない。」
ダミアンは目を見開いた。何でこの女は簡単にこんな酷い事を言えるのか。本当に酷い女だ。だけど逃がしてなるものかと、反射的にアーニャの手を掴んだ。
「クソッ……」
「そんな事言ってなかった。」
アーニャがそう言うと、ダミアンは舌打ちした。心の葛藤がアーニャの中に流れ込む。そうか、そんなに緊張しているのか。アーニャはじっとダミアンの言葉を待った。やがてダミアンは、形の良い唇を開いた。
「お、お前をオレだけのものにするには……どうすればいい……?」
つっけんどんに放たれた言葉。さっきとは全然違う。だけど気持ちは十分に伝わった。榛色の瞳が煮詰めた蜂蜜の色になり、アーニャをじっと見つめている。とても綺麗だと思った。微笑んだアーニャを見て、ダミアンの心臓は跳ねた。
「そんなの簡単。アーニャの事をどう思っているか、本心を聞かせてくれたらいい。言えないならやっぱり絶交。」
どこが簡単なんだ。やはり酷い女だ、とダミアンは思った。鼓動が喧しい。全て新緑色の瞳に見透かされている。
(ここで言わなければ絶交。そんなのは嫌だ。だけど待てよ?想いを正直に告げたら、こいつはオレの物になってくれるという事か……?)
アーニャの瞳がじっと自分を見つめている。この瞳がずっと自分を見つめていてくれたらどんなに幸福だろう。ダミアンはついに観念した。
「オレ……オレ、フォージャーが好きだ。誰にも渡したくない。」
背中を汗が伝って気持ちが悪い。だけど今はそんな事構っていられない。エメラルドの瞳が大きく見開かれた。
(……もしかして、オレは選択を間違えたのだろうか。)
一瞬不安が過ぎる。だけど次の瞬間、アーニャは嬉しそうに笑った。
「いいよ。アーニャ、じなんのものになってあげる!」
そうはっきり言って、アーニャはダミアンの胸に飛び込んだ。驚いたダミアンはどうすれば良いのかわからず、咄嗟に手を上げた。
(柔らかい良い匂い柔らかい!)
ついつい邪な考えが頭に浮かぶ。
「ねぇ、もう意地悪な事、言わないでね。」
甘えた瞳が至近距離でダミアンを見つめた。
「い、言わない。」
「アーニャ可愛い?」
「か、可愛い。誰よりも可愛い。」
「ブスじゃない?」
「ブスじゃない。そんな事一度も思った事ない。」
「ブスってしょっちゅう言ってたくせに?」
「あ、あれは嘘だ。もう二度と言わない。」
「言ったらピーマン食べさせる。」
「食う。いくらでも食う。」
ダミアンが慌ててそう言うと、アーニャは声を上げて笑った。
こうしてダミアンとアーニャは、長年の拗らせた関係に終止符を打ち、晴れて交際する事になったのだ。
その後二人は、卒業を待って結婚するのだが、それはまた別のお話である。