とある考古学者の話 3「……だから、デズモンドの御曹司がマフィアに捕まっちゃったんです!丘の上の古城、知ってますよね?そこに来てください。そこで闇オークションが開催されてます!嘘じゃないですって!知らないの?オスタニアのデズモンド!……悪戯じゃありませんてば!あっ……!切れた……。」
アーニャは通話の切れた受話器を見つめ舌打ちをした。ダミアンにホテルに戻れと言われたアーニャだが、当然戻るわけがなかった。電話のある部屋に潜り込み、言われた通り警察に通報していたのだ。だが悪戯だと決め付けられ、一方的に切られてしまった。警察としてはこの国で幅を効かせるラオ・ファミリーと表立って揉めたくないのかもしれない。こうしている間にもダミアンがあの女に何をされるかわからない。頭の中でダミアンとシンイーが抱き合っている姿を想像し、アーニャは頭を掻きむしった。
「あんの……女ったらし!アーニャからキスすると未だに照れて赤くなるくせに……!」
アーニャはうろうろと部屋を歩き回り、再び受話器に飛び付いた。今度はオスタニアにいるデミトリアスのプライベートの番号にかけた。アーニャが個人的にデミトリアスに連絡するとダミアンは嫌がるが、この際構っていられない。コール音が数回鳴り、受話器の向こうから落ち着いた声が聞こえた。
『……はい。』
デミトリアスの声に、アーニャは安堵から思わず涙ぐんでしまった。
「ちょうなん……!」
『アーニャ?ダミアンと一緒の時にこの番号にかけてくるなんて珍しいな。どうしたんだ?ロザリオは取り返せたのか?』
「それが……ダミアンがぁ……」
アーニャは話した。ダミアンが黒幕の女と共に地下のオークション会場に行ってしまった事を。当のダミアンがアーニャに警察に通報してホテルへ帰れと言った事を。警察に通報したが、デズモンドの名前を出しても悪戯と疑われ取り合って貰えなかった事を。
「ダミアン酷い!アーニャはダミアンの相棒なのに!」
『……アーニャを連れていると危険だと判断したんだろう。』
「そんなの関係ない!アーニャを追い返してあの女の人と浮気する気かもしれないし……!」
『ダミアンが君以外目に入らないってアーニャ自身がよくわかっているだろう?』
冷たく聞こえて実は優しい穏やかな声が冷静にアーニャを言い聞かせた。
『アーニャ、落ち着け。警察にはすぐ手を回すから大丈夫だ。オスタニア大使にも話は通してある。だからアーニャは安全な所まで撤退しろ。』
「絶対ヤダ!アーニャもダミアンを助ける!」
その時、アーニャがいる部屋の前に、人の気配が止まるのを感じた。アーニャは慌てて電話を切り、振り返って息を飲んだ。素早く辺りを見回し、カーテンの影に飛び込む。そのままバルコニーに出て気配を消し、様子を伺った。ドアの開く音と共に男の声が聞こえた。
「全く、私はこんなパーティーは苦手なんだ。何故私まで……。」
その声を聞き、アーニャはハッとした。この声はエバンズのものだ。
「そうおっしゃらず。学者先生の解説付きの方が信憑性があって高く売れますからね。」
もう一人が軽い口調でそう言った。おそらくラオ・ファミリーの一員だろう。
「中には贋作もあるというのに。私に贋作の解説もしろと言うのか。」
(贋作……?!贋作も売りつけてるの?)
さすがマフィア。やる事が悪どい。
「博士、貴方はもう国には帰れない。だったらこの国でラオ家の為に尽くすのが貴方の為だ。ラオ家なら貴方の遺跡調査にも十分な金を出します。そこで見つけた宝をここのオークションで売る。お互い利があるじゃないですか。」
男の言葉を聞き、エバンズが舌打ちした。
「もう良い。オークションまで時間があるだろう?しばらく休む。一人にしてくれ。」
「学者先生は繊細で困りますね。では、オークションの時間までごゆっくり。」
パタン、と扉が閉まる音がして、男の気配が消えた。ソファーの軋む音と、エバンズの溜息が聞こえて来た。
「デズモンドに邪魔されなければ、こんな所で燻る必要なかったのに……クソッ、何もかもあいつのせいだ!あいつさえいなければ!どうせ金の力でのし上がった卑怯者のくせに!」
本を壁に投げ付ける音が聞こえた。ロザリオを横取りしようとした自分は棚に上げ、酷い言いようだ。
(……どうしよう。オークションがいつ始まるのかわからないけど、こんなところにいつまでも隠れてるわけにはいかないのに……)
アーニャはバルコニーの外に視線を向けた。バルコニーの向こう側は崖だ。ここから逃げる事はできない。
(こんな事してる間にダミアンがあの女の人に何かされたら!)
再び頭の中でダミアンとシンイーが抱き合った。シンイーがダミアンの頬に手を添え、唇を寄せる。ダミアンが目を閉じて、そして二人は……そこまで妄想して、瞬時に頭に血が上った。アーニャは部屋の中に飛び込むと、驚くエバンズの前に飛び出した。
「なっ……、フォージャー君?!何故ここに君が?!」
「エバンズ博士!えーと……、アーニャ、貴方を追って来た!」
「は?!」
「えーとえーと……、や、やっぱりダミアンより大人の貴方の方が良いと思って……そう、貴方のこと、すごく探したの。今更だけど、アーニャを許してくれる?」
言いながら瞳を潤ませ、儚気に首を傾げてみせる。
「本当かい?!」
エバンズが立ち上がり、アーニャの側まで寄って来た。男の震える手が伸び、アーニャの頬に触れる。アーニャは伏目がちにエバンズを見つめながら、男の手に自分の手を添え、恥じらいながら頬擦りした。
「フォージャー君……、いや、アーニャ!」
男の紅潮した顔が滑稽だった。エバンズの心の中は薔薇色で、フィルターのかかったアーニャが艶かしく輝いて写っている。ぞわぞわと鳥肌が立つが、アーニャは必死に堪えた。
「ああ、アーニャ……!」
腰に手を添えられ、抱き寄せられる瞬間、アーニャは母仕込みの渾身の一撃をエバンズの鳩尾にお見舞いしてやった。エバンズが呻き声を上げ、その場に崩れ落ちる。
「嘘だよくそやろう。」
アーニャはそう言って、べっと舌を出した。カーテンタッセルを使い、失神しているエバンズの体をマホガニーの机の脚に縛り付け、手をはたく。
「でもね、博士。その人を信じる素直なところは嫌いじゃないよ。」
そう言い残し、アーニャは部屋を飛び出した。