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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.3.22。単語お題⇨「チューリップ」

    ##花言葉

    Tulip 家を買った。
     都心からほどよく離れた、けれど不便とも言えない小さな街の隅。
     各自の部屋と、広めのリビングルーム。
     恋人が「手術室は必ず作れ」と譲らなかったので、こちらも「トレーニングルーム」をねじ込んだ。
     水色の屋根に白い壁。小さく……はない二人で生活するには充分過ぎる広さ。
     誰が掃除するんだよ?と初日は不満を口にしていた獅子神自身、快適に過ごす数日を経て、今では掃除をすることすら楽しんでいる。
     その、家の庭の片隅。
     花壇があった。
     せっかくだから何か植えないか?と会話したのは、近くのホームセンターに必要な物を買いに行った日。
     恋人も同意し、それぞれ、種やら球根やらを購入した。
    「さて、と。何から植える?」
     休日。
     二人並んで花壇の前にしゃがみこみ、地面に種や球根を広げ、問いかける。
    「そうだな……」
     休日、家でくつろぐ時限定のラフな格好の村雨は、いくつか球根や種を手に取り、袋の裏面やラベルを見ている。
     そばに生えた桜の樹の葉の隙間から落ちた木漏れ日が、艶やかな黒髪に影を作る。
    「あなたは、何を買ったのだ?」
    「ん?オレか?」
     問いかけられ、いくつかの球根を手で示す。
    「この辺……チューリップだな」
    「チューリップ」
    「ん。なんか、花壇と言えばチューリップ……?みたいなイメージ無ぇか?」
     学校や公園。或いは丁寧に手入れされた、誰かの家の庭。
     花壇には、等間隔に並んだチューリップが咲いているイメージが、獅子神の脳内にあった。
     赤・白・黄色との、歌の通りに。
    「オメーは何買ったんだ?」
     訊ねながら、種の入った袋を手に取る。
     表に青い花がいくつも描かれた、小さい袋。よく確認すれば、そればかり5つほど。
    「ブルーフラワーガーデン……?」
     パッケージに書かれた名前を読み上げる。
     それに村雨は「いかにも」と、頷いてみせた。
    「我々は、園芸については素人だ。その種を一袋撒けば、手軽に花壇が作れるらしい」
    「確かに、そう書いてあんな……いろんな花が咲くのはいいかもな」
     同意する。
     が、気にかかることが一つ。
    「にしても……なんで、青ばっか5袋もあるんだ?」
    「私が好む色だが?」
     半ば独り言のように呟けば、即答される。
     隣に目をやれば、真っすぐにこちらを見つめる、眼鏡越しの暗赤色の瞳にぶつかった。
     その目が真っすぐに『何を』見ているのかを察した獅子神の顔が、一瞬で熱くなる。
    「……そーかよ」
    「そうだ」
     躊躇いなく頷いてくるのに、ますます顔が熱くなる。
     けれど「嬉しい」とは、悔しいので伝えてやらないことにする。
     この恋人から、感情が隠せるとは思えないけれど。
    「じゃ……こっちの花壇に青い花を植えて、こっちの花壇にチューリップでどうだ?」
    「いいだろう。ところで、獅子神」
    「あ?」
    「チューリップは何色を植えるつもりだ?」
     問われ、目をぱちくりと瞬く。
    「色?」
    「ああ」
     特に、考えてはいなかった。
     球根にはそれぞれ色のビニールテープが巻かれ、何色の花が咲くかはわかるようになっている。
     売っているものすべて、適当な数を調達してきてはいた。
    「色、に何か意味があんのか?」
    「いや……花言葉、くらいだ」
     花言葉。
     そう言われ、思い出す。あれは、もう何年前だろうか。まだ恋人になるより前の頃。唐突に鉢植えを押し付けられ、花を咲かせることになった。
     日々丁寧に手入れをして水をやり、無事に咲いた花を二人で見た日。
     その花の鮮やかな美しさと、花言葉に込められていた意味と託されていたメッセージ。
    「……『あなたを誇りに思う』」
    「『いつまでもあなたと一緒』」
     呟けば、間を置かずに返される。思い出すのは、鉢植えを押し付けられた半ば仕返しに、こちらも鉢を持って訪れた時のこと。
     咲く前の花を一目見て名前を当てられたことと、その花言葉に込めていた想い。
     今もその頃の鉢植えはあり……寿命で中身を植え替えることになっても、2人とも打ち合わせをするでもなく、同じ花を植え続けていた。
     今は二つの鉢は、広いリビングの窓辺に並べられている。
    「……で。チューリップは色ごとに違うって?」
    「ああ。だからと言って、特に気にする必要も無いが……」
    「やっぱ、赤かな」
     赤いテープの球根を手に取る。眼鏡の奥の、紅い瞳を覗き込むようにして、笑う。
    「ま、オレが知ってる中で1番綺麗な赤は、今目の前にあるけどな」
    「……そうか」
     淡々と頷く。
     いつもと同じ無表情……に見えるその薄い唇が、ゆるく微かに弧を描く。
     獅子神にしか見せない、獅子神だけしかわからない、笑い方。
    「赤をメインに植えるだろ。あとは……歌の通りならあれだな、あか・しろ・きいろ」
    「紫はどこだ」
    「紫?そこ。オマエ、紫色好きだっけ?」
    「さぁな」
    「?……あ」
     疑問符を浮かべ恋人を見つめ……その目が、あるものを捉える。
     指を伸ばし、不思議そうな顔をするその頭から、ピンっと一本の髪を抜き去った。
    「白髪みっけ」
    「……せめて抜くなら一言言え」
    「悪ぃ悪ぃ」
     痛みは無かっただろうが、不満顔の村雨に笑いながら謝罪する。
     インナーカラー以外は真っ黒で艶やかな恋人の髪に、時々混ざる白。そこに、時間の流れを実感する。
    「まぁでも、オメーももうすぐ四十だもんなー……の割には、体形は全然変わんねーけど」
    「それはあなたもだろう」
    「オレは、鍛えてんだよ!!」
     言い返し、隣の細い腰に腕を回す。目立った運動をしている様子はなく、相変わらず好きなだけ食べ……それでなお、肉は何処に行った?と言いたくなるウエストの細さだ。
    「中年太り、とかには全く無縁な体型してんなーほんとによ」
    「あなたは、私の体型が変わっても今のように抱くのか?」
    「ん?試してみるか?賭けるか?」
    「やめておく」
     ふわ、と。笑う。
    「答えが分かりきってることを試しても、賭けにならん」
    「そりゃそーだ」
     笑いながら腰から手を離し。代わりに、スコップを手に取った。
     赤いテープの巻かれた球根を手に取る。
    「今植えたら……アイツらが来る頃までに、咲くかね」
    「花が間に合わないだろう……彼らは、明日にでもきっと来る」
    「そーか?そもそも、来るのかね」
     銀行賭博で出会い、今も変わらず縁が続く三人を思う。
    「そう思ったから、あなたは広いリビングを望んだし、アイランドキッチンにしたんだろう」
    「オメーこそ、ダイニングテーブルはこれがいいつったの、絶対に二人用じゃねーよな」
     そもそも、ゲストルームが三つある。
     どれほど掃除に手間がかかろうと、二人が住む家には欠かせなかったあれこれ。
     ふと、風が吹いた。
     ほんの少しの冷たさを含んだ、冬を予感させる秋の風。
     村雨の黒髪と獅子神の金の髪を、柔らかく揺らす。
     さわ……と、桜の樹の葉が、葉ずれの音を立てた。
    「村雨」
    「なんだ?」
     一つ。額に、キスを落とす。
     軽く驚く恋人に、微笑んで。
    「よろしくな、これから」
    「……」
     何を今更、と言いたげな顔のあと。それでも「お返し」と言うようにキスをされる。
     身長差故に伸びをする体制になる身体を、咄嗟に支えた。
    「ほら、早く植えようぜ」
    「ああ」
    「春が楽しみだなー」
     もうすぐ、冬が来る。寒い日は二人同じ毛布に包まって、ココアとコーヒーで温まろう。
     シチューを作って、きっと肉を沢山焼いて。そうして二人で日々を積み重ねたその先で……
     春にはきっと、花が咲く。




    ***
    赤いチューリップの花言葉…『真実の愛』『愛の告白』
    紫のチューリップの花言葉…『不滅の愛』『永遠の愛』

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