the hog game 自分の感情と向き合った日はいつもこうだ。
何日も見続けていた悪夢が崩れた。奈落へと落ちていくひんやりとした浮遊感で狐は目が覚めた。
豚に理性を食わせ続けた代償なのか、ひどい胸焼けを覚えてソファから起き上がった。ベッドよりずっと寝心地が良くなってしまったソファは、すっかり狐の体の形を覚えてしまっている。
雑に閉められた青いカーテンの隙間から白い光が差し込んでいた。テーブルの上にいつも通りに置かれた腕時計を見ると、七時十分前を指している。という事はこれは朝日か、と狐はカーテンを開けようとし、手を止めた。今日は暗い部屋で過ごしたかった。
数日前から繰り返す悪夢のお陰ですっかり疲れていた。ベッドで寝るか、ソファで寝るかを考え、結局もう一度ソファで寝ることにした。まだ自分の生温い体温が残っている。このまま自分の体温を拝借してしまおうと、狐は起き上がった拍子に落ちたジャケットをタオルケット代わりに掛けた。
グレーのクッションに顔を埋め、じっと胸焼けに集中する。一体何がどうなっているのか分からないが、自分の感情を露呈させた日は必ず鳩尾の辺りが痛んだ。今日に至っては嘔吐すら予感させる。
狐は目を閉じて、頭の中で昨日までの悪夢の輪郭をなぞった。
真っ黒な部屋。剥製に囲まれた人間二人。一人は僕。一人は誰か。サイコロを振って、得点を数えて、雑談を交えて。
僕が勝ったら相手はいなくなる。僕は勝つたびに豚に理性を食わせる。
真っ黒な部屋。剥製に囲まれた人間二人。一人は僕。一人は誰か。サイコロを振って、得点を数えて、雑談を交えて。
僕が勝ったら相手はいなくなる。僕は涎を垂らしながら、勝った事に歓喜する。豚が喜んで理性を貪る。
真っ黒な部屋。剥製に囲まれた男二人。一人は僕。一人は夜一先生。サイコロを振って、得点を数えて、雑談を交えて。
滴り落ちるような狂気が脳髄から溢れている。豚がクチャクチャと狐の中身を食い荒らす音がしていた。正気を保ちながら狂気を自覚し、妙に興奮した。
夜一を攻撃すれば、きっと自分もいなくなれる。そう信じていた。
しかし話せば話す程強くなる違和感。攻撃的な態度を強める程に感じる相違。ずっと攻撃したくてたまらない相手だったのに、夜一の姿は狐が思っていたような形をしていなかった。
そしてゲームの勝敗が決したとき、床に倒れ伏した夜一の右目を凝視したとき、狐は頭の中の霧が晴れるかのような感覚を覚えた。むしろ、呆然とすらした。
…この人、誰?
振り上げた拳が止まる。急に何かが抜け落ちてしまった。
…お父さんでもお母さんでもない、僕でもない。この人、誰?
…欅夜一先生。でもそれ以上が無い。僕はこの人の何を見ているの?何を盗ろうとしているの?何も知らないくせに?
狐が躊躇いと驚愕で体を強張らせた瞬間、夜一は年齢を全く感じさせない俊敏な動きで起き上がった。
夜一の右手にナイフがある。
狐の目がそれを追いかける。
ナイフが突き立てられた。